しくじった。
6時まであと10分。バッテリーはあと僅か。
普段ならこんなヘマはしない。いつもはアニマトロニクスの襲撃に焦ることもないし、バッテリーに余裕を持って朝を迎えている。自分は夜型だから、眠気に悩まされることもない。同僚たちはいつかアニマトロニクスに殺されるかもしれないとビビっているけれど、そんなのはどんな仕事も同じこと。むしろ何も考えずに手順に従っていればいい分、他の仕事よりも楽だと思う。
つまりこの仕事は、猫じゃらしを振っているだけの簡単な仕事。そのはずだったのに。
今日はやたらとフォクシーの襲撃が多かったから。今日はなんだか気が焦って、扉を必要以上に閉めてしまったから。次々に言い訳が頭の中に浮かぶが、そんなものは何の役にも立たない。
何故なら、自分は今から死ぬからだ。アニマトロニクスに悪意があろうとなかろうと、自分は彼らの手によって殺される。
上司や同僚はアニマトロニクスが警備員を襲う理由を、警備員を骨組みがない着ぐるみや着ぐるみを着ていない骨組みだと見做しているからだと推測している。彼らは哀れな警備員を、着ぐるみの中にブチ込むか骨組みを捩じ込むかして殺害するのだろうと。
だが自分はアニマトロニクスが警備員を襲う理由は、もっと単純なものだと考えている。シンプルに、食べるためだ。
少し考えてみれば分かることだと思う。アニマトロニクスは生きている。目を見ればすぐにわかる。だから当然お腹が空く。電気なんかじゃあダメで、お腹いっぱいになりたいのだ。そんで彼らは肉が好き。ピザの具なんかじゃなくて、美味しい肉が食べたい。だけどこの店でそんな肉なんて人間くらいしかいない。バレたらいけないから昼は我慢して、夜になったら一人で残っている警備員を襲って食べる。けれどもかわいそうなことに、彼らには内臓がない。内臓がないから、どれだけ食べてもお腹いっぱいになることはない。彼らは少しでも空腹を満たそうと、毎日必死になって警備員を襲おうとしている。
かわいそうだとは思うが、だからといって食べられたくはない。自分にだってやりたいことがある。例えば甘いものを食べたりだとか…甘いものを食べたりだとか。ああ…こんな事になると分かっていれば、キッチンの生クリームを何本か盗んでくればよかった。
ぐるぐると思考を巡らせていると、右手にチカの姿が目に入った。反射的に扉を閉める。6時まであと7分。バッテリーは…バッテリーは、あとどれくらいもつのだろうか…
6時まであと5分。チカは去っていったようだ。ひとまず安心…できなかった。
目の前が真っ暗になった。
ついにバッテリーが切れた。
直感で理解した。
逃げる余地はなかった。
左手にフレディがいた。
目が真っ直ぐこちらを見つめていた。
オルゴールで音楽を流しながら。
何の音楽なのかは知らない。
知らないが、この曲が終わった時。
自分はフレディに殺されるのだと分かった。
普通の人間なら、このような状況に陥ったら何をするのだろうか。今から自分を殺そうとしている相手から、死のカウントダウンをされている時には何をするのが正解なのだろうか。
パニックになる?半狂乱で逃げ出す?一か八か立ち向かう?それとも命乞いをする?大体はこんな感じだろう。
しかし自分は違った。どうしてかはわからない。多分、恐怖で頭がおかしくなったのだろう。きっとそうだ。
だって、そうじゃなきゃありえない。
「おいで、フレディ」
自分はフレディに呼びかけた。
「食べていいよ」
暗闇だったが、フレディの姿はよく見えた。
「お腹が空いているんだろ」
フレディに向かって両腕を広げる。
「せめておいしく食べてくれ」
まるで抱っこをせがむ子どものように。
「少しでもお腹いっぱいになるといいな」
音楽はまだ続く。
「どうせ大した人生は送ってこなかったんだ」
フレディは動かない。
「なあ、フレディ…」
恐怖はなかった。麻痺していたのか、それとも違う何かか。ただ一つ言えることは、自分はフレディを受け入れていた。
何故だか、フレディになら殺されてもいい気がした。脳みそを齧られようが、強火で焼かれようが、それでいいと思った。
思えばつまらない人生だった。ずっと我慢していた。もう自分が何をしたかったのかも分からなくなってしまった。甘いものは大好きだけど、他に何かあった気がする。大切なものを水底に沈めてしまったような心地だ。
でも…そうだなあ…
強いて言えば…フレディと…
背後で大きな音がした。
反射的に振り返ると、自分が持ち込んだ時計だった。音の正体はアラームだった。
時刻は6時を指している。
フレディがいた方に視線を戻すと、フレディはいなくなってしまっていた。それを確認すると同時に、オープニングスタッフたちがガヤガヤとやってくるのを聞いた。
つまり、自分は生き延びたということだ。
フレディに見逃されて。
気持ちの整理がつくと、自分はゆっくりとアニマトロニクスたちがいるステージへと向かった。
ステージはカーテンがしまっていた。カーテンを少し開けて覗き込むと、そこにボニーとチカと共にフレディがいた。まるで先程まで起こっていたことが嘘だったかのように。
今まで、アニマトロニクスたちは生きてはいるが、あくまで意思のない動物のようなものだと思っていた。犬や猫より下の動物。
しかしつい先程、そうではないと知った。彼らは動物なんかじゃない。明確な意思を持っている。それだけじゃない、フレディは自分を見逃してくれた。お腹が空いているはずなのに。絶体絶命だったところを救ってくれた。自分を犠牲にして!まさにフレディはヒーローだ。昼の間ずっとたくさんの子どもたちの相手をして疲れているだろうに、こんな自分も救ってくれるのだから。
ふつふつと、何と表現すればいいのかわからない感情が湧き上がる。死の危機に瀕して気が狂ってしまったのだろうか?そのような類いのものではないと思う。もっと純粋なもの。ワクワクする、とかかな。少なくとも、これまでの人生でこんな気持ちになったことはない。
フレディと友達になりたい!
こんなに楽しい気持ちになったのは初めてだ。