「それで…今は警備のアルバイトをしているんだったか?その…大変じゃないか?」
「うん…でも、夜間警備だから楽な方だよ」
「…どんな店なんだ?」
「…飲食店、かな」
「そうか…」
「…じゃあ、そろそろ行かなきゃ…あっ」
「なんか落としたぞ………なんだ、これは…?」
「…仕事先のバッジだよ」
「………これは、まさか…そんな…」
「…どうしたの父さん」
「フレデリック」
「…何?」
「ここの仕事は辞めなさい」
「…なんで」
「その…なんだ、俺の…知り合いがな、ここはブラックだって言ってたのを聞いたことがあってな…」
「…大丈夫だよ。警備の方はわりと普通だよ」
「その…それがな、その知り合いは警備…特に夜間警備がブラックだって言ってたんだ」
「…別にそんなことないよ。どこも似たような感じだと思うし」
「いや…でも…」
「ねえ、そろそろ行かなきゃなんだけど。ソレ返して」
「…行くな」
「何?」
「行くなと言っているんだ」
「…そんなに心配しなくて大丈夫だって。今のところ普通にやってるし。そんなに酷いところじゃないよ」
「いや、行かせられない。今すぐ辞めなさい」
「だから別に」
「駄目だ。辞めなさい」
「…」
「あの店には近づくな。ロクな場所じゃない。当面の生活費なら俺がなんとかする。だから今の仕事は辞めなさい。いいね?」
「…嫌だ」
「フレデリック」
「…父さんが心配してくれているのはわかったよ。でも、自分のことは自分で決めるよ。ヤバそうだなって思ったら」
「そうじゃなくて…!」
「…それに、僕は今の仕事先、なかなかいい場所だと思っているし。楽しくやっているよ」
「な…!?」
「だから大丈夫だってば。そろそろ行かなきゃだから、バッジ返してよ」
「…駄目だ。行くな」
「遅刻するから」
「悪いことは言わないから辞めなさい」
「いいから」
「駄目だ。辞めなさい」
「…」
「辞めなさい。あそこは危険だ」
「…」
「分かったか?」
「…ソレ、返して」
「辞めなさいと言っているんだ!!!」
父親は息子を力の限り殴り飛ばした
息子は宙を舞った
「…」
「…」
「…」
「…今すぐに辞めなさい。ここで店に電話しなさい」
「…」
「早く」
「…今まで碌に父親らしいことなんてしてこなかったくせに、今更父親気取りか」
「それは…」
「アンタには関係ないだろ。俺がどこで何をしようと、どこでどうなろうと。今までずっとそうだったじゃないか。俺のことなんか見向きもしなかったくせに」
「フレデリック、俺は…」
「黙れ。俺のことなんか少しも愛してくれなかったくせに。俺のこと何にも知らないくせに」
「…」
「…今日から俺とアンタは他人だ。ずっと前から他人みたいなもんだったけど」
「待ってくれフレデリック…」
「ほら、ソレ返せよ!」
「あっ…!待って、待ってくれ…行くな…!」
「…おはよう」
「これ?これはね…父さんに、殴られたの」
「喧嘩しちゃって、それで…」
「父さん、すごく怒ってた…」
「父さんはね、僕のこと嫌いなんだよ」
「きっとそうなんだ」
「ずっと昔から、僕のこと嫌いだったんだ…」
「母さんだってそう」
「僕は…僕はずっと…愛され、たかった…父さんと、母さんに…でも、だめだった…」
「僕が…僕が悪かったの、かな…僕の、せい…?」
「そうだよ…そうだったんだ」
「いらなかったんだ。僕なんて」
「僕なんて、最初からいなきゃよかったんだ。父さんと母さんは、僕なんていらなかったんだ。僕なんて…」
「…」
「…そうなの?」
「みんなは…僕のこと、愛してくれるの…?」
「ぼく、は…」
「…寂しかった。ずっと…痛かった、よお…」
「うう…ぐすっ、うわあああああん…」