恋する二人とお兄ちゃん おまけつき きっとそれは、一目惚れというやつだった。
初めて見た時、天女かと思った。羽衣をヒラヒラさせて、怪我をした俺を気にかける。ハンカチを渡されて、胸が高鳴った。細い身体をしならせて去っていくその姿に、このハンカチを返す時、関係を迫ろうと思った。
運命だと思ったのに、DIOの刺客だった。少々がっかりしたが、これから俺のものにすればいいと、お持ち帰りをする。敵意のこもった鋭い視線も美しかったが、操られていたのだと、洗脳をといた瞬間、その潤む菫色が優しい色をしていて、俺は再び落ちることになる。
少々プライドが高くて、扱いにくいのだろうか。そう思っていたが、共に過ごすうち、それは奴の背伸びであったのだと気がついた。本来の花京院は、穏やかで優しく、頭が良い分色々なことによく気がついて、相手の先に回って気遣いの態度をとっていた。俺の理想とする大和撫子。
ただ、人に甘えるのが下手なのは、可愛いが少しいただけない。もっと寄り添って欲しかった。きっと、じじいも、アヴドゥルも、そう思っている。最年少なのだから、もっとそのように振る舞って構わないのに。
しかし、気に食わないことが一つ。ポルナレフだ。あのわけのわからんフランス人は、下半身の脳みそが緩くて、大変公序良俗に良ろしくない。花京院の純潔さに、悪影響だと、思った俺は裏切られた。花京院は、奴に大変気安かった。感情のままに言いたいことを言って、やいやいと喧嘩をして、その後にはすぐに笑っている。妹がいたと聞いた。その敵を探しているのだと。歳下の扱いが、抜群に巧かったのだ。花京院はポルナレフには心を許している。思う存分甘えている。それが俺の気に食わなかった。
「おいポルナレフ、ちょっと飲みに付き合え」
「え、なになに奢り?そんなら乗っかるぜ」
この軽薄さ。誘っておいてなんだがイラッとした。もうホテルの部屋は取ってある。あとは休むだけ、となった段で、俺はポルナレフを花京院から引き剥がしてとっちめようと思っていた。花京院がついてこられない場所、を考えて、酒の席に決めた。花京院が俺たちのやり取りを見ていて、「君たち、緊張感とか。大体承太郎は未成年じゃないのか」と呆れたため息を吐いていた。俺は牢屋でビールを飲む男なんだよ。
「と言うわけだからポルナレフ、花京院に懸想とかすんじゃねえぞ」
「待って待って、話が全然見えない。こわいこわい。お前たち、出会ったばかりじゃあねえの」
「時間なんて関係ない。俺はあいつを好きなんだ」
ホテルに併設された、立ち飲み屋然とした暗いバーで、酒を呑み交わす。隣に立ってちびちびとグラスに口をつけるポルナレフが、はーん、と鼻を鳴らした。
「見る限り、ゲイってわけでもないんだろうに。なんなの。ジャポネってみんなそうなの」
「なんだって?」
「いや、こっちの話。まあ、安心しろよ。俺は偏見とかないし、応援するぜ」
「言質は取ったからな」
「お前は俺をなんだと思ってんのよ」
「下半身の緩いどピンク頭」
「ひど!俺は頼りになるお兄ちゃんなんだぜ」
笑って、残りの酒を煽っていた。
「承太郎、君に言いたいことがあって」
潤んだ瞳で俺を見上げてくる。それに期待しない男はいないだろう。澄んだ菫色に俺だけが映って、その先が欲しくて両肩を強く掴む。唇が触れ合いそうになった瞬間に、恐ろしい言葉が花京院の口から飛び出した。
「僕、ポルナレフが好きなんだ」
なんだって?固まる俺を尻目に、突如現れたポルナレフに肩を抱かれて、花京院が微笑む。
「君なら、僕らのこと、祝福してくれるよな」
「そういうことな。わりーな、承太郎」
殺してやろうか。ポルナレフを睨んだまま何も言えない俺に、花京院が畳み掛ける。
「僕のダーリンを睨まないでくれ」
最悪だ。こうならないように、先手をうって、釘を刺したのに。
「承太郎、承太郎」
脳天の上から、花京院の声がした。これ以上何かがあるのか。もうやめてくれ。立ち直れない。ぐらぐらと身体が揺れる感覚がして、意識が急に浮上した。
目を覚ますと、俺は汗だくで、シーツを皺くちゃにして眠っていたようだった。俺を揺り起こした花京院が、心配そうにこちらを見る。
「随分、うなされていたけれど、大丈夫かい。昨日飲み屋で何かあったのか」
夢か。起き上がって、花京院の顔を見る。お前はまだ、誰のものでも無いよな。少々混乱していて、まだ半分夢の中のような心地でいたせいか、思わず口にしてしまった。
「お前、ポルナレフと付き合ってたり、しないよな」
「はい?!」
目を剥く花京院の大声に、現実であると意識が引き戻されて、まずったと思った。まだ、告白の時では無い。先走って、気持ちを知られてしまっては、逃げられてしまうかもしれない。
「いや、すまん、なんでも無い」
「お酒のせいで、溜まった疲れが形になったのかな、君寝ぼけてるだろ」
花京院の手に背を撫でられて、その触れる体温にじんわりと心が温まる。
「ああ、そのようだ。悪い」
「君が変なこと言うの、ちょっと面白いけどな」
笑って、よしよしと頭を撫でてきた。くそう可愛い。納得してもらえたようなので、胸を撫で下ろす。その変なことを心配して、気が気ではないのだと、言うのはまだ今ではない。どうにかしてこいつを俺に惚れさせなければならない。いつも人間は勝手に寄ってくるものだったので、花京院のように節度を持って理性的に触れてくる人間をどうしたら御せるかが、わからない。頼むから、正夢にはなってくれるなよ。そう願いながら、おとなしく花京院の手を受け止めていた。
現実になってしまったのだろうか。一瞬そんな考えがよぎった。
その日の部屋割りを、相談していた時だ。ホテルのロビーで、じじいがルームキーを手のひらに乗せて広げた。
「今日はシングルがみっつ、ツインがひとつじゃ」
俺は当然のように、花京院とツインを取ろうとした。花京院はいつも、学生同士がいいと言って、俺と同室を望んでくれたのに。
「あ、今日はポルナレフと僕でツインを取るので、みなさんゆったり一人部屋で寝てください」
「「はあ?!」」
俺と、ポルナレフが同時に声を上げる。
「安全のために二人部屋はいいけどよ、俺は一人で寝てえよ」
「いつもと同じでいいじゃねえか。なんでポルナレフなんだ」
花京院はきょとんとしている。
「なんだ君たち、必死になって。承太郎は昨晩うなされていただろう。ゆっくり睡眠をとった方がいい。一人の方が気が楽だろう」
「お前、俺が心配じゃねえのか」
「心配だよ、だから、」
「だったら、お前が見守ってくれ」
その場の全員が、固まった。しまった、つい願望が。じじいがにまにまと笑った。
「そうじゃな、寝付くまで花京院に手を握ってもらうといいじゃろ」
「ジョースターさん、あまり煽らないで」
「おい花京院、俺を巻き込むなよ。それに承太郎のお守りはお前がした方がいいぜ」
俺は血の巡りがおかしくなったことを感じていた。下手を打って花京院に逃げられたら困るのに、周りは勝手に囃し立てる。花京院は自分にかけられる言葉に、不思議そうな顔をしていた。分かっていない。それに少しホッとする。ぎゅむ、とじじいの足を踏んで、手の中からツインのルームキーを掴み取ると、花京院の手を引っ張って歩き出す。背後でオーノー!というじじいの叫び声と、大丈夫ですか、とそれを心配するアヴドゥルの声と、若いねぇと口笛を鳴らすポルナレフの声がした。
「ちょっと、承太郎!いいのかい?」
キーをドアに差し込む俺の後ろで、花京院が声を上げた。
「何がだ」
「何がって。わざわざ僕とツインの部屋を選ぶなんて、まさか、」
部屋に足を踏み入れながら、思わず唾を飲み込んだ。とうとう、気がついたのか。
「本当に、こわい夢を見て、誰かに手を握ってもらわないと、眠れないのかい。だったら僕よりも、ジョースターさんにお願いした方が、いい気がするんだが。あ、実のお祖父さんだと、逆に恥ずかしかったりするのかな」
後半は独り言のようだったが、盛大な勘違いをしているようだった。さっきのじじいのからかいの言葉を真に受けている。擦れてない、可愛い。思わず胸がキュンと鳴ったが、問題はそこでは無い。花京院に、こわい夢を見て手を握ってもらわないと寝られない男子高校生だと思われている。そっちの方が問題だと訂正しようとしたら、花京院が手を握りしめて、俺を見上げて言った。
「君みたいな完璧超人にそんな弱点があるなんて、可愛いじゃないか。君を揺り起こした時も僕の手に安心してくれていたみたいだし、僕も君の役に立てるなら、嬉しい。今夜は、手を繋いで寝よう」
なんつーことを。いや、二重の意味で。これは、勘違いを正さない方が、良いのでは無いか。お手て繋いですやすや。なんだ、パラダイスか。今朝俺の背や頭を撫でたあの優しい手を、指が細くて長くてすらりと美しいあの手を、握ったまま眠りにつけるなんて。
「あ、でも、手を握ったまま寝るとなると、同じベッドで寝なきゃならないな。狭くなるかも。大丈夫かい?」
迷うな空条承太郎。己のプライドより、初めての同衾の方が、ずっと大事だろう。
「いや、まったく構わねえ。お前さえよければ、一晩よろしく頼む」
口をついて出た言葉は、欲望にシンプルだった。花京院が握った手にきゅ、と力を込めて、「悪夢を見ないといいな」と笑った。
「君、こういうの慣れていたりするかい?」
「はあ?」
同じベッドにもぐって、両手をしっかり握り合って枕を隣に顔を寄せ合う。花京院の質問に、思わず顔が歪んだ。こんな近くを許すのは、お前だけだ。
「あ、気を悪くしないでくれ。変な意味ではなくて。僕は兄弟はいないし、両親はいつも忙しかったから、物心ついた頃には寂しいのに慣れていて。親ともこういった触れ合いをした記憶が無いんだ」
距離が近いから、自然と声も小さくなる。誰も咎めやしないのに、それが内緒話であるかのようで、胸が高鳴る。部屋の暗さに目が慣れてきて、間近に花京院の少し寂しそうな表情を視認できた。血の繋がった家族ともしなかった事を、俺のためと買って出てくれた。それが堪らなく嬉しい。
「ホリィさんのような母親なら、息子の手を、握って寝かしつけたり、してくれるだろうな、と思って」
確かに、幼い頃、母は眠るまでそばにいるからね、と布団の上から撫で続けたりしてくれたものだった。それを羨ましいと思ったのだろうか、なんと答えたらいいかわからなくて黙っていると、花京院は沈黙を肯定ととって再び話し始める。
「君は、愛されて育った人間だね、承太郎。僕は愛が無かったとは思わないけれど、まあ、ご存知の通り色々複雑だったから。知ってるかい、愛されて育った人間は、愛するのも愛されるのも上手になるんだよ。君という存在が輝いているのは、周りの人たちのおかげでもあるんだね」
これは、褒められているのだろうか。なんとも返しがたい花京院の言葉は、憂いてはいなかったけれど。
暗い部屋の中、ぎゅうぎゅうに同じベッドに横たわって、触れている手が次第に汗ばんでくる。しかし離したくはないから、きゅ、と力を込めると、花京院も同じように、強く握り返してくれた。
「初めて君を見た時、敵だ、って思ったのに、なんて美しい人なんだろうって、一瞬我を忘れたんだ」
初めての、出会い。俺は目があったあの瞬間、お前を好きになった。再現映像だって、いくらでも脳裏で再生できる。美しいのは、お前だろう。言ってしまったら終わりな気がして、言葉にはならなかった。
「最低の事をしたのに、君は僕を見捨てなかった。僕の肉の芽を抜いてくれた君の真剣な顔を、忘れたことはないよ」
死なせはしないと、必死だったのだ。俺のものにしたいと、腹の底から欲望がぐるぐると渦巻いて身体中を支配していたあの瞬間を思い出した。DIOの手下なんかで、死なせちゃならない存在だと、心が大声で叫んでいた。こいつは、俺のもんだ。常から胸に巣喰っているその思いが、今この場で爆発しそうになった。
「あの後は優しさばかりに触れて、少し、混乱したけれど。したいと思ったことを、しようと思ったんだ。自分に後悔を残したくなかった。君たちの、役に立ちたくて」
ゆらゆらと光を揺らす菫色が、俺の目を捉える。暗がりで、それでも互いの表情の見える距離で、息まで触れそうに近くにいる花京院は、微笑んでいた。
「僕は、こんな些細なことでも、承太郎の役に立てるのなら、嬉しいんだ」
ああ、愛おしい。このまま俺のものにしてしまいたい。しかし重要なのは、花京院の心だ。俺と同じ思いを持ってもらわなくては、意味がない。
「些細なんかじゃねえ。お前の存在が、俺を幸せにする。ありがとうよ、花京院」
今言える、ギリギリまで。こいつは勘がいいくせに、自分に寄せられる好意には無頓着だ。育った環境。花京院の言った、要するに自分は愛するのも愛されるのも下手なのだという嘆きが、如実に現れていた。そんな心を溶かしたい。でろでろに甘やかして、俺に寄りかかるようにしたい。とにかく、時間をかけなければ。そう思ったのに、花京院は思ってもみなかったことを口にした。
「そんな、僕は、ただ、君が好きだから。でも、嬉しい、ありがとう」
なんだって?君が好きだから。確かにそう言った。思わず握った手に力がこもって、細い指を折ってしまいそうになった。
「承太郎?」
「お前、今なんて」
「…ずっと、考えていたのだけれど。君を見ていると、心がざわざわするんだ。ドキドキもする。どうしたらいいかわからなくて、ポルナレフにも、少し、相談に乗ってもらっていたんだ」
出た、ポルナレフだ。おのれ、と思ったが、「ジャポネってみんなそうなの」。あの時の不可思議な台詞がよみがえる。もしかして、花京院もずっと、俺と同じ気持ちでいて、悩んでいて、相談相手を間違えた、ということだろうか。
「二人が酔っ払って帰ってきた時、ポルナレフが言ったんだ。お前の悩みは近々解決するから、とにかく承太郎に思っていることを言えって。意味はよくわからないけれど、あれでも年長者だし。ぐずぐずしているのは性に合わないから、この際言ってしまおうかなって」
「それで、俺が好きで、どうしたいんだ」
「うーん、ただ、君が好きで、そうか、って言ってもらえたら、僕はそれで満足なんだけれど。これって、何か特別な進展が必要なことなのかな」
愛され下手にも程がある。見返りを一切求めない愛情の示し方に、胸が苦しくなった。
「その好きは、どんなものなんだ」
「よく、わからない。とりあえず君みたいな人間に惹かれない人種は稀有だろうから大前提として最初から好意的に捉える、というのはあるけれど」
感情の機微に疎い、幼い表情。腹のあたりで握っていた両手を持ち上げて、互いの胸の位置まで持ってくる。花京院の手を俺の胸に押し当てて、俺の鼓動を教えてやった。
「俺は、お前に好きだと言われて、こんなに心拍数が上がっている。俺もお前が好きだと言ったら、お前もそうなるか、花京院」
え、と困惑の声が上がった。身体を密着させて、胸で両手を挟む。互いの心音を、互いの手で感じ取る。それは呼応するように、激しくなっていった。
「君も、僕と同じ?」
「それ以上かもな。お前に惚れてる」
言ってやった。勝算が見え隠れしていたので言えた台詞だ。ここで、捕まえられなければ、この先きっとこんな好機は無い。
親指で、すり、と花京院の手を摩る。ぴく、と反応があった。意図を持った俺の指の動きに、どうやらやっと花京院は思い至ったようだった。
「君も、僕を見てどきどきしたり、目が合ったら嬉しかったり、こんな風に触れ合ったら、心臓が爆発しそうになるのかい」
「もっと重症だ。お前を眺めているだけで幸せで、常に脳内がお前のことでいっぱいになるし、あわよくばと妄想している。他の奴に盗られやしないかと、気を揉みすぎておかしな夢まで見る始末だ」
花京院がぱちぱちと瞬きをして、真剣な顔で俺を見た。手の熱さと、鼓動を共有して、互いの思いを吐露して、今きっと、今までで一番近くに、二人はいる。
「あわよくば、はよくわからないけれど。じゃあ、君の悪夢って」
「お前が別の人間と幸せになる夢だ」
「それが悪夢なのか?」
「これ以上ないくらい、最悪な夢だ。ただ、お前がこうして一緒にいてくれたら、その夢も、きっと見ないだろうな」
「…それは、よかった」
花京院の顔は、赤かった。暗がりでもわかるほどに。うむむ、と少し唸ってから、意を決したように俺を見た。
「ポルナレフは、そのうちわかるぜって、教えてくれなかったのだけれど。君は、僕のこの感情、どういったものか、わかるかい」
「知りたいか」
「ああ、自分で気づけないのが情けない話なんだが、その、そっち方面では、僕は疎くて」
そっち方面、と発言があるあたり、もう、花京院はわかっているのだろう。しかし、この瞬間に俺のものにするために、俺が宣言して、陥落させる必要がある。きっとポルナレフはそのつもりだったのだ。あいつ、流石はフランス人というところか。
額をこつんと合わせて、息が触れ合う位置で、視線を外さないままに。
「お前な、それ、なんていうか教えてやるよ。恋っていうんだぜ。俺と、同じだ」
ちゅ、と唇を吸っても、抵抗はなかった。むしろうっとりとした潤む目で視線が絡まって、誘われるまま、何度も口付ける。ふ、と花京院が熱い息を漏らして、つぶやいた。
「僕は、一生、恋なんてできないと思ってました」
「だったら、俺たちは運命だったんだな」
ただ握り合っていた手を、指を絡め合う形に変える。とくとくと伝わる花京院の心音。心地いい。互いを思って高鳴る鼓動を分け合いたい。
「初めて見た瞬間から、お前が好きだぜ」
宣言したら、花京院の瞳から、ひと粒ぽろりと雫がこぼれ落ちた。泣かせたことに慌てる俺に笑って、花京院が赤い顔のまま、ちゅ、と口付けてきた。
「このまま、眠りましょう、承太郎。明日も早い。ただ今晩のことを、僕は一生忘れないよ」
いじらしい。好きだ、大好きだ。花京院が俺のものになった。喜びと安心感に、忘れていた睡魔が襲ってくる。今から見る夢は、きっといい夢。だって、花京院と手を繋いでいるのだから。
すり、と花京院が俺の方に寄ってきて、身体が密着する。体温を分け合う。心地いい。ゆらゆらと意識が揺れていく。花京院の髪の匂いを感じながら、気がつけば二人、眠りについていた。
翌朝目が覚めると、目の前にある花京院の寝顔が視界に飛び込んできて、絡めた手はそのままで、昨晩のことが夢ではなかったことを示していた。かきょういん、思わず名を呼ぶと、ううん、と唸った花京院が目を開けた。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
繋いだままの手を確認した花京院が、ふふ、と笑った。そのまま首を伸ばして、俺の頬にキスをする。
「好きですよ、承太郎」
自覚した花京院は、とんでもないモンスターだった。この先この調子でやられたら、心臓が持つだろうか。お返事は?と強請るので、俺も花京院にならって頬にキスを落として、
「愛してる、花京院」
花京院は頬を染めて笑っていた。
ロビーに集合したタイミングで、公表した。
「俺たち、付き合うことになったからな。文句のある奴ぁ表出ろ」
「承太郎、言い方!」
二人きりの時はあんなにとろとろだったくせに、仲間に打ち明けるのは恥ずかしい、と何やらもにょもにょと言っていた。奥ゆかしさにまた惚れ直したが、とにかく悪い虫をつけないためにも、理解は得たいと思った。こいつは俺のもんになったんだ。
「よかったのう承太郎。おじいちゃんお祝いに新居用意しちゃう」
「流石、俺のおじいちゃんだ」
「ジョースターさん、感覚がおかしいです。二人とも、おめでとう。花京院のことだから羽目は外しすぎないと信じてはいるが、君は承太郎に流されがちだから。年相応の節度あるお付き合いをするんだぞ」
言い聞かせるように、祝辞の後に当たり前のような小言がついてきて、思わず俺は顔を歪めた。節度あるお付き合いってなんだ。俺が花京院を悲しませるようなことをするわけがないだろう。俺に問題があるみたいな言い方はやめてもらいたい。
「アヴドゥル、ジャパニーズオカンじゃな」
じじいが代弁してくれた。
「俺はぜーんぶお見通しだったぜ、俺の功績を讃えて欲しいくらいだ」
「「黙れポルナレフ」」
俺と花京院の声が重なる。
「え!酷くない!?俺影の立役者じゃない!?立派なお兄ちゃんやったでしょ!?」
手を広げるオーバーアクション。そうだな、確かに見守ってはくれていたんだろう。しかし。
「あなた、僕の話を聞いて、面白がっていただろう。答えを教えてくれてもよかったのに」
花京院が目元を赤らめて恨めしげな目をしてポルナレフを睨め付けた。俺が伝えるまで明かさなかったいう花京院の恋心について、もっと早く知りたかったと、花京院は根に持っているようだった。
「俺にとっちゃ、おめーはとんでもないお邪魔虫だったぜ。ジェラシーってやつだ。お兄ちゃんに盗られないか、ひやひやしたぜ」
「承太郎、それはないよ。僕は最初から、君に夢中だもの」
「花京院…」
じじいが、ピュィー!と指笛を鳴らした。
「かーっ!ペッペッ!!もう、勝手にいちゃつけよ!俺ぁ今後関知しないからな!喧嘩しても仲裁してやらないからな!」
そんなことを言って、きっとこいつは俺たちの間に何かあったら、心を砕いて世話を焼いてくれるのだろう。まあ、もしもは無いけどな。
朝っぱらからホテルのロビーで繰り広げられる外国人の集団の異様なやり取りに、周囲の視線は釘付けだったが、俺たちの中でそれを気にする人間は一人もいなかった。花京院も、周りに大分毒されてきたようだ。いい傾向だ。この調子で人目があってもいちゃついてくれるようになると嬉しい。夜と関わらず、あの体温の低い手を、握りしめて指を絡めて温めてやりたいのだ。
俺たちの旅は忙しい。戯れあった後は、すぐに出発だ。ただ、大事な目的を持つこの旅で、俺は得難いものを手に入れた。惚れた人間の心。俺たちの出会いはそもそもジョースター家の因縁が無ければ絡み合うことはなかった。俺は全てを守ることを胸に誓った。母親の命も、仲間も、もちろん、花京院も。すべてを手中に収めて、高笑いしてDIOの野郎を足蹴にしてやる。待ってろよ。
今日も元気に敵をぶっ飛ばす、と意気込んで、隣に立つ花京院の手を取って、歩き出した。
end
おまけ
「お前ら、いい加減にしろよ」
ポルナレフの言葉に、俺たちは首を傾げた。確かに視線は俺と花京院に向けられていたが、その意味が分からない。
「なんの話だ、ポルナレフ」
訝しんだ花京院の声だ。俺の膝の上で、背後から腹に回った俺の腕にきゅ、と手を合わせていて、花京院の後れ毛が俺の首筋をくすぐっていた。
「なんだお前らは、磁石か。それとも引力があって離れられねえってやつか。ベタベタベタベタ、人目も気にならねぇってか」
なるほどどうやら、先日結ばれた俺たちが、互いの体温を求めて常に身体を触れ合わせていることについての、文句のようだった。お前に不平不満を言われるような筋合いではない、と思ったので、その通りに俺は口にした。
「別にてめえに迷惑かけてねえだろ。俺たちがどうスキンシップを取ろうが、お前に文句を言われても、聞く耳は持っちゃいねえな」
「おっまえらなあ!昨日の敵の目を見なかったのか?!刺客として差し向けられた先でいちゃいちゃする男どもを見せられた奴らの気持ちを考えろ!いい加減あちらさんもげんなりしてるだろうよ、そして俺はもうすっかりげんなりしている」
そのげんなりしている表情で、俺たちを睨め付けるポルナレフ。食事を囲む席で、食後に花京院をひょいと膝に乗せたことに、苦言を呈しているらしい。花京院は、ポルナレフの台詞の内容に首を傾けた。
「僕らが触れ合っていて、どうして君がげんなりするんだ?」
本当にこいつ、どこまでも擦れていないな。まあ、そこが好ましいのだが。分からないという顔をして、花京院の長いまつ毛が上下する。
「あーはいはい、花京院ちゃんはお子ちゃまでちゅねー。本来おめーは承太郎の暴走を止める立場だろ。なんでなんでもないような顔してんだ。緊張感を持て」
む、と花京院が唇を尖らせた。
「君にお子ちゃま呼ばわりされる筋合いは無い。だってもう、」
「あー!あー!聞きたくない!そうですね、承太郎も花京院も、すっかり大人の階段上っちまったもんな!」
「聞けよ。もう僕は、承太郎と、き、キス、したんだぞ。立派な恋人同士なんだ。ちょっとスキンシップ過多になるくらい、いいじゃあないか」
花京院の宣言に、ポルナレフが瞠目した。つつ、と俺に視線を移して、目を眇めた。
「承太郎、お前」
「みなまで言うな、ポルナレフ。俺は花京院の純粋さを、大切にしてえんだ」
今まで俺たちのやりとりを見守っていたアヴドゥルが、頷きながら声を上げた。
「二人とも、偉いぞ。正しい学生同士のお付き合いができているようで、喜ばしい限りだ」
「ワシはもうちょい、色々あった方が面白いと思うがの。性癖一致は大事じゃぞ」
じじいまで、勝手なことを言う。性癖ってなんだ。別に俺は花京院におかしな願望を抱いたりしていない。ただちょっと、来たる日には泣かせたい、とは思っているが。ひたすらに愛しい存在を、手に収めて愛でていたいだけだ。
「大人の階段はな、一段ずつ上るのが楽しいんだぜ。まあ、そのうち、上り切ったら報告するから、楽しみにしていてくれ」
「いや、そこはこっそりしてくれねぇと、俺ぁ耐えられねえ。詮索するような無粋な真似はしねえから、どうか、穏やかに、ことをすすめてくれ、承太郎」
観念したかのようなポルナレフの声。思わず喉で笑う俺と、話の内容がさっぱり分からないという顔の花京院と、微笑ましそうに笑う年長者たち。俺たちのつくテーブルが異色を放っていることを、当事者たちは知らなかった。
後日、朝から壮絶な色気を放ってぼーっとしている花京院を目に留めて、ポルナレフは「お前らは全く分かりやすすぎる。勘弁してくれ」と昨晩の花京院の艶姿を脳裏でリピートしている俺の肩に手を乗せた。
おわり