オレが隠すから、お前は✕✕てよ「おい」
短い言葉でとがめられた。
青緑の目が不機嫌そうに細められる。でも、これは怒っているのではない。何回も見てきたおかげで、今こいつの考えていることは手に取るようにわかる。
「なに」
「それ、やめろ」
何を指しているかって、今オレがデュースのベッドの上に乗り込んで、かってに腕や腹を撫でまわしていることについてだろう。明日は午前ぶち抜きで、大規模な実践魔法の合同授業が行われるのだ。その前日にはさすがに〝できない〟から、妙な気分になる真似はやめてくれということらしい。
そう言われても、オレにとってはこういう時にだけ楽しめる遊びなのだ。簡単にやめてあげるつもりはない。
「そんな曖昧な言い方じゃわかんないって」
わざととぼけてみせると、柳眉がぴくりと上がった。
ほらほら。いつものパターン。
オレがこういうことをした時のデュースの反応は決まりきっていて、それを見るのが日々の楽しみのひとつになっていた。
「テメッ……いい加減にしろよ」
まず、オレの手首を掴んで反転させて、無理やりシーツに押さえつける。それからはっとして表情をゆがめて、申し訳なさそうに一言、ごめんと呟く。最後にしおらしい様子ですごすごとオレから離れていくまでが一通りの筋書きだ。
頭にかっと血が上った時の反応がワンパターンなんだよ、お前は。本当に単純というか、本能だけで生きてるって感じ。
でも最近、同じことを繰り返していたせいで、面白がってわざとやっていることに気付かれてしまっているようだ。今日のデュースは謝ることも、眉尻を下げてしょぼんとした表情すらしなかった。
「エースは、こうされるのが好きなのか?」
逃げられないように囲い込まれた体勢のまま、真剣なまなざしで訊ねられて冷や汗をかきそうになる。
「……〝こうされる〟ってどういうこと」
「僕が、お前に無理やりこういうことするってことだ」
言いながら、オレの手首を掴む手に軽く力をこめてきた。反射で、その力に逆らうように腕を動かそうとするが、当然解放してもらえない。
ぐぐぐ、と限界の八割ぐらいまで頑張った後、あきらめて脱力する。よく考えたら、あっちがマウントポジション取ってるんだから勝てなくて当たり前じゃんか。
「ハッ、お前が腕力にモノ言わせる脳筋バカなだけでしょ」
「わかってて僕にこういう行動させてるのはお前だろ」
へー、なかなか言うじゃん、こいつ。今日は口まで達者らしい。
「だってデュースをからかって遊ぶの、楽しいんだもん」
あくまで、お前の考えてること、行動ぜんぶがオレのてのひらの上ですよー。デュースにも、自分自身にもそう言い聞かせるように、意識してゆっくりと言葉にする。そうでもしないとやってらんない。
「っ、だから……エースが強引にされるのが好きなら、僕も努力する」
「はあ? そんな訳ねーだろ」
ほとんど断定するような言い方にむかっときた。放せよ、と今度こそ全力で手を押しのける。すると、デュースはそうか、と少ししゅんとした態度でオレから離れていった。
「もういいわ。帰る」
自分と違うにおいのベッドから降りるオレを、デュースは言葉でも行動でも引き留めようとはしなかった。なんだよ、根性ないヤツ。
……実際のところ、どうなんだろう。強引にされること自体が好きなのではないと思う。
というよりむしろ、オレのことを必死に求めて目をぎらつかせる姿が見たい、とか。オレがその気であろうとなかろうと、いつでもオレを欲しがってほしい、とか。あーでも、半分正解みたいなものだからやっぱり言えるワケないわ。
「お前は隠したがりのあまのじゃくだもんな」
歩くこと数秒でたどりついた、やっぱり落ち着くにおいのベッド。その天蓋をめくった途端、背中越しにデュースの声が追いかけてきた。
ぎくりと強張る体をどうにかごまかして、シーツの中にもぐりこむ。大丈夫、まだ完全にバレたんじゃない。きっと適当なこと言ってるだけだって。そう思い込もうとしても、やけに心臓の音がうるさかった。
ああ見えて案外、デュースは人のことをちゃんと見てるヤツだ。まだ大丈夫だと侮っていたら、そのうち全部暴かれてしまうかも。
「うるせーよ、名探偵気取りのトンチンカン」
その日がくるのが怖いような、少し待ち遠しいような。そわそわとした気持ちで、エースは眠りについたのだった。