眠いけどエのために起きてるデュ 夜も始まったばかりだというのにデュースはベッドに入っていた。たしか、陸上の大会が近いから、練習メニューが通常よりハードなものになっているのだとか。
「まだ寝ないでよ」
「……あぁ」
必死にマジカルペンを動かしながら天蓋の向こうに声をかけると、おざなりな返事が返ってくる。あ、これ半分くらい意識飛んでるヤツじゃん。早くしないと本当に寝てしまいそうだ。
エースはリドル寮長から頼まれていた雑用——今度のお茶会で使う茶葉の発注票記入をどうにか終わらせた。うん、ラインナップが前回と変わらないことはさておき、この組み合わせならハートの女王の法律違反にはならないはず。怒られないだけで及第点。
ペンを置き、すっかり閉め切られた天蓋を急いでめくると、デュースは大あくびをかましているところだった。隙間から差しこむ部屋の明かりが眩しいのか、わずかに目を細める。
「……ん」
一緒に寝たいから詰めて。そんなこと今更言わなくても伝わるらしい。デュースは気怠そうな仕草でパーカーのポケットに突っ込んでいた左腕を伸ばして、できたスペースを顎で示してきた。照明を消してそこにもぐりこむ。真っ暗な天蓋の中、ふたりだけの世界の完成だ。
「今日の練習で、フロイド先輩がゴール壊しかけてさー」
「そうか……」
「もー、ちゃんと聞いてねーだろ」
「きいてる……」
「明日の日替わりランチにオムライスあるんだって。お前が好きなふわとろのやつ。ソースも選べるらしいよ」
「おー……」
興味がありそうな話題にしたのにこの反応。やっぱり聞いてないんじゃん。思わず拗ね言が出そうになったが、続くデュースの行動で黙らされる羽目になる。
オレが頭を乗っけていた左腕、その手で後ろ頭をくしゃりと撫でられた。猫っ毛の間をデュースの指が何度か通っていく。手つきはちょっと雑なのに嫌な感じはこれっぽっちもない。むしろ、……いや、やっぱなんでもない!
エースの葛藤なんてデュースは何も知らないのだろう。そのままぐい、と頭を抱え込まれた。当然、オレの視界に入るのはデュースの胸元だけになる。暗くてわかりにくいけど、ドピンクのヒョウ柄。テンプレ不良のイメージを遥かに超えていくセンスだ。初めて見た時は息ができなくなるくらい笑った。
今となっては。
この部屋着すら、デュースらしくて好きだとか。……お前には絶対言ってやんねー。
すう、すう。
しばらく黙っていると穏やかな息づかいが聞こえてくる。とうとう寝やがった、コイツ。デュースの腕に収まったままの頭を捻って顔を覗き込むと、案の定、オレのヤンキー彼氏様はあどけない寝顔をさらしていた。あーもう、何から何までずるい。
「バーカ」
半ばヤケクソになって零した言葉は、あたたかな暗闇に溶けて消えていった。