出会いし者達 真っ白い壁に囲まれた無機質な部屋に男女二名ずつの四人が倒れている。その中の一人、金髪の男が額を押さえながら体を起こす。頭痛がするのか、それとも眩暈を感じているのか、眉間に刻まれてれている皺を更に深めながら辺りを見まわし、自分の隣で横になっている黒髪の女を視界に捉えた瞬間、抱き上げてその呼吸を確認し安堵のため息を吐く。その呼吸音から異常を感じられなかったからだろう。
さて、これはどういう場所だと冷静に思考を巡らせる。実はこの男は一度だけこういった部屋に閉じ込められた事がある。その時は今抱いている女との二人だったが。
「大いなる星の意志……二度も経験するとは……」
ご大層な名称を使っているが、俗説的な言い方をすれば『出られない部屋』である。閉じ込められた部屋の中で出された条件をクリアすると扉が出現するという、どんなシステムで誰が組み上げたのかも分からない、神隠しとも言える自然災害的な現象とこの男は考えている。
男の体温を感じて安心出来たのか、呑気な寝息を立てて寝ている女に苦笑を漏らしつつ、はて、この二人は一体誰だと考える。こちらに背を向けているので顔は見えないのだが、何となく複雑な、嫌な感じを受けてしまう。
倒れている男の方は金髪の男と同じくらい体格の良い銀髪の男。その腕の中に居るのは燃える炎の様な赤い髪の小柄な女。これだけの情報で既に不安が拭えなくなる。それこそ、男が一番信頼している元次長が拾ったあの男と出会った時の様に。
とりあえずこの二人の事は起きてから考えるとして、今回の脱出条件は何だと部屋を見渡しても何も見つからない。経験したのは前に女と閉じ込められた一度だけだが、噂では何度も聞いたことがある。流石に殺し合えなんて条件ではないだろうなと嫌な予感を追い出したいと腕の中の女を強く抱きしめれば、その刺激で覚醒したようだ。まだ寝足りないと言いたげに瞼を擦りながらその髪と同じ宇宙を思わせる黒の瞳を向けてきた。
「ここ、どこ?」
「多分、大いなる星の意志に造られた部屋でしょう」
「……また、裸で、抱き合う?」
脱力してしまった。前回閉じ込められた時の脱出条件が媚薬を飲んだ上で裸で性的接触せずに抱き合えとの指示だった。それを覚えていたのだろう。とはいえ、同じ条件になる事は滅多にないと説明して脱ごうとする手を止めさせる。今回は自分達以外にも居るのだと伝えて。
「だれ……?」
この女、今では依頼を受ける頻度を落としているがそれでも高ランクの現役傭兵。見知らぬ男女を見て警戒心マックスになっている。男の首に回している腕に力を込め、自分が守るのだと視線を外そうとしない。
女の殺気を感じ取ったのか、赤髪の女が飛び起きて銀髪の男を守るようにその背面を庇い紅の瞳に警戒の炎を灯して二人を睨みつけてくる。威嚇のつもりなのか、微かに唸り声も聞こえるが、これは自分の女の声か、それとも赤の女なのかと威嚇合戦をしている猫を観察する視線を向けてしまう男。
そんな中、ようやく銀髪の男が体を起こした。半分寝ぼけているのか、赤髪の女を抱きしめて落ち着けと声をかける。
その瞬間、男は盛大なため息を吐き出した。予感は的中していたのか、と。銀髪の男の顔は、自分と瓜二つ。多分、声もそっくりなのだろう。腕の中の女が面白くないと小さく唇を突き出して更に強く自分に抱きついてきたから。これは、元次長そっくりの男の親友と言われる相手を前にした時と同じ行動。そっくりすぎて余計に警戒しているのだ。
「貴方達、この手の部屋に閉じ込められた経験はありますか?」
自己紹介をする必要もなかろう。どうせ脱出すれば会わなくなる関係だからと考えながら、女の黒髪を撫でつつ質問を投げかける。いきなり声をかけられた銀髪の男は、他にも人が居たのか、と胸ポケットに挿していたメガネをかけ、色は違えど己そっくりの男を見て嫌悪の表情を隠しもせず、そんな経験あるはずがないと首を横に振る。
「では簡単に説明します」
この部屋は特殊条件を達成しないと出入り口の扉が出現しない事。その条件は様々あるが、大抵はこの部屋の何処かにメモがあるか、勝手に壁に表記が現れる事。最悪の場合、殺し合う条件が出される場合もあると手短に話す。殺し合いとの言葉を聞いた瞬間に赤髪の女の殺気が膨れ上がった事を考えると、戦闘経験が多いのは女の方かと想像する。銀髪の男は信じられないと氷を思わせる蒼い瞳に驚愕の色を浮かべている。そこから想像出来るのは、自分の手で戦った事は皆無か極小なのだろうとの情報。最悪のケースだった場合、軍事惑星出身の自分と現役傭兵である女がいるのでこちらが多少は有利に進められるかもしれないと想定している男。
「貴方達は、どの様な状況で此処に来たのです」
とりあえず条件が出されるまで状況把握をしたいと銀髪の男が話しかけてくる。自分達は仕事の合間に仮眠を取っている所だったと先に此処に来る前の状況を口にした。
「私達は友人宅にいた所でした。珍しく眩暈がすると感じ、気づいた時には此処にいました」
金髪の男と黒髪の女は散歩のついでにご近所菜園で野菜を分けてもらおうと友人宅でお茶をしている最中。何故か急に眩暈を感じて少し横にならせてもらっていたのだと答える。
お互いに横になっていた事だけが重なる状況。他に飛ばされた条件は何だと頭を悩ませている銀髪の男。赤髪の女は、悩みすぎると皺が増えると言いたげに眉間を撫でて落ち着かせようとしている。
「二人は、恋人?」
金髪の男の膝に座って抱きついたまま二人を見ていた黒髪の女が問いかける。多少は警戒心が薄れたのか、威嚇している雰囲気は消えている。
「ワタシはこちらの方の秘書です」
眉間を撫でていた手を離し、黒髪の女の方に向き直って答える赤髪の女。自分の女よりも流暢に話せるのか。そういえば顔立ちも向こうの女は少し大人びており、分類するならば綺麗と表現できそうだと観察している金髪の男。しかし、どんな女性が現れても、自分の腕の中にいるこの可憐な女が一番だと感じているが。
「恋人じゃ、ない?」
おかしいと言いたげに首を傾げている黒髪の女。何かおかしい事を言ったのかと、こちらも首を傾げる赤髪の女。男二人も何を考えての質問か分からず困惑している。
「何故そんな事を聞くのです」
「恋人同士が、飛び込められる、じゃない?」
そういう事かと苦笑いを浮かべる金髪の男。それが捉えられる条件ならば、前回同様自分達二人だけになる筈ではないか。あの二人との接点は何一つないと説明して納得したと頷く。
そんな金髪の男と黒髪の女を見ていた銀髪の男は、自分と似通っている癖に随分幼児趣味な奴だと腹の底で嘲笑う。確かに自分の女も二人きりになると幼い雰囲気に変わるが、こうして就業中は自立した秘書としての振る舞いが出来る。そうなる様に躾けたのだ。しかし、あの男は何もしてはいなさそうだと、どこか勝ち誇っている表情を浮かべながら、戻れたら少しは褒美をくれてやるかと考える。褒美なんて言葉を使っているが、要は自分がシたくなったのを置き換えているだけだ。
銀髪の男の欲情している雰囲気を感じたのか、赤髪の女が少しだけ座っている距離を縮める。此処に来る前は仮眠中ではあったが一応就業時間だったので秘書モードで膝に座る事はしなかった。だが、本当は少しだけ目の前の二人が羨ましい。人目も憚らずに触れ合える仲なのが。
「それにしても、その条件と言うのはいつ発令されるんでしょうか」
黙って二人を見ているのが少々辛くなった赤髪の女が隣にいる銀髪の男の顔を見上げて質問する。当然知らないのは分かっているが、少しでも自分に意識を向けて欲しい。無意識下でそう感じているのだろう。
「私が知る筈がありません。こんな場所、見た事も聞いた事もないのですから」
馬鹿な質問をしてくるなと睨む様な目つきを返されて少々縮こまってしまう。苛立つ気持ちは分かるが、目の前の二人程とはいかずとも、少しだけでも良いから暖かさを向けてくれないかと思ってしまったのだ。
この二組の男女の違いは、金髪の男と黒髪の女は婚約者同士でお互いにその心を見せ合い、信頼しあっている仲だが、銀髪の男と赤髪の女はそういう仲ではないのだ。確かに性行為はしているのだが、主従としての関係が強過ぎる上に、どちらも恋愛に縁遠くその気持ちに今はまだ気付いていないのだ。大切にしたいと思っている間柄なのに。
縮めた距離をわずかに離して座り直し、とりあえず脱出条件が提示されるのを待つしかないと黙りこくる四人。少々重苦しい雰囲気になってきた所で、天井に穴が空いた。
「あぁ、この程度の距離ならアナタでもいけそうですねぇ」
「いや、わたくし一般人なんですけどっ⁉︎」
見えない何かを伝って現れた人物は背を向けており四人に気付いていなさそうだ。穴の上にいる相手に向かって話しかけている。その背に、その髪色には見覚えがあり過ぎる銀髪の男と赤髪の女。
「副長……」
「ありゃ、こんな所に居たんですか? 少々お待ち下さいね」
そう言って再び何かを手繰るように上に戻り、その背に自分とそっくりな男を背負って再び降りて来る。背負われている相手は、金髪の男と黒髪の女が頼りにしている存在。
「何なんですか、此処は」
「一番分かりやすい表現をするなら、出られない部屋系、ですかねぇ」
「いや、アナタ、その糸で壁粉砕しながら直進してましたよねっ⁉︎」
糸とは何の事かと顔を見合わせる金髪の男と黒髪の女。銀髪の男は額を押さえてため息を吐き出したいのを懸命に堪えている。赤髪の女は、その手があったのかと物理破壊の方に考えがいかなかった事を後悔するような悔しげな表情を見せていた。
「この糸、特別な製法で作られてる、鉄さえも切れる切断糸ですんでねぇ。多分、ここの造りだと他の方法じゃ破壊不可能じゃないですかねぇ」
「そんな物で人を拘束しないで頂けます⁉︎」
「加減さえ間違わなければ傷一つ付きゃしませんて」
アナタも言われた通りに大人しくして下さいましたし、と笑う副長と呼ばれた男。運ばれてきた男の方は乱れた着物の合わせを直しながらガックリと項垂れてしまった。
「元次長」
「前支店長。いきなり女傭兵と消えるから何事かと思いましたよ」
消えた直後に自分も訳の分からぬ場所に飛ばされ、目の前にそこの方がいらしたんだと語る。見た目は完全に瓜二つ。遠い遠い星から来た、双子と見間違えられていたあの男同様に、しかも髪色も瞳の色も同じ相手がいて混乱したと苦笑いになっている。
「アナタ、瞳の色青じゃないですか」
「わたくしもアナタと同じく緑のオッドアイです」
常につけているカラーコンタクトを外して副長と呼ばれた相手に振り返る。ありゃ、と目を丸くして驚いている雰囲気を見せているが、どこか芝居ががっていて胡散臭さが拭えない。
「それはそうとして、此処が前支店長が話していた大いなる星の意志ですか?」
「そうだとは思うのですが……流石にこの状況は聞いた事がありません」
基本的に破壊不可能と伝え聞いている。だが、副長と呼ばれたあの男は破壊したのだろう、と質問されて頷く元次長。
「何なんです。この規格外生命体は……」
「ありゃ、酷い言われ様」
「あの男の方がまだマシな相手がいるとは思いませんでしたよ……」
「糸て、ナニ?」
どこまでも言い合いをしそうな雰囲気の元次長と副長の間に入って見上げる黒髪の女。糸なんて見てないと聞いてみると、副長が右手の指を動かして目の前の壁を指す。その瞬間、壁に蜘蛛の糸のような亀裂が入る。
「わたくし、足が悪くて反動がある銃火器を使うのが苦手でしてね。こうして超極細の切断糸を武器として使ってるんです」
今はわざと何本かより合わせて太さを調整したから角度によってはうっすら見えませんか、と質問されて四方から見回し漸く見えた。どんな技術を使ったらこんな糸が作れるのか、興味津々で手を伸ばそうとしたのを見た副長が慌てて糸を引っ込める。
「危ないですから、無言で触ろうとしないでくれます?」
他者を傷付けたら支社長の顔に泥を塗る事になってしまう。そう言って四方の壁を叩きながら耳を澄ませる副長。しかし眉を寄せて首を横に振った。
「駄目ですねぇ。此処、完全に閉ざされてます」
「となると、此処が終着点。でしたら、脱出条件が出される筈ですよね?」
元次長の一言に身構える金髪の男と赤髪の女。一番初めに話した殺し合いが条件になるかもしれないと思い出したのだろう。この二人が一番初めからそれを警戒しているのだ。
「ですが、どこにそんな条件が?」
銀髪の男が呟くと同時に手の中に現れる一筆箋。そこには流暢な文字で一文字。
「舞……?」
どういう事かと銀髪の男の手にある物を覗き込む副長。確かにそう書いてあり、どうするかと後頭部を掻く。勿論、舞は知っているが、彼の足では舞えないのだ。銀髪の男は娯楽として見る事はあっても自分で体を動かした事はないし、赤髪の女は知識すらない。
見てみろ、と金髪の男に紙を渡して確認させると、元次長と呼ばれた着物姿の男に視線を向けた。
「まぁ、手がかりがないのでしたら舞うしかありませんね」
素人芸で恐縮ではありますが。そう言って袂に入れてた舞扇を取り出し、しばらく目を閉じて呼吸を落ち着けてから舞い始める。
唄もなく、楽もなく、静かな部屋の中に響くのは元次長が動く時に微かに聞こえる衣擦れの音のみ。しかし、そこに居る全員が厳かな音楽を聴いている。そして、見えるはずのない花弁が舞い散るのを、頬を撫で花の香りを運ぶそよ風を感じていた。
時に男性的な強さを見せる足運びを見せ、時には全てを惑わせる魔性の視線を送り、誰もが守りたくなりそうな程に儚げな女性的な指先の動きでその世界に引き込んでいく。
何もない白い壁だけの部屋にいたはずなのに、その舞を見ていた誰もが、朧月夜に満開の花畑で踊る華の化身の幻影を見た。その瞬間、元次長の動きが止まり二つの扉が現れる。
疲れたと言いながら舞扇を閉じて袂に仕舞う。さっさと帰りますよ、と金髪の男と黒髪の女に声をかけ、副長に顔を向ける。
「アナタもご苦労なさると思いますが、どうぞお元気で」
再び相見えるかは分かりませんが、と笑顔を見せる。それと同じ笑みを副長も見せた。
「えぇ、アナタとの時間。決して忘れません」
副長は完全記憶能力の持ち主。それを話してはいない。だからこその言葉。忘れられても良い。ただ、自分はいつまでもこの楽しかった時間を覚えていられるから、との意味を込めて告げ、銀髪の男と赤髪の女を連れて反対の扉を潜る。
彼等の出会いがこの先の道にどのような光を灯すのか、それは誰にも分からない。吉と出るか凶と出るのか。それでも、彼等の胸の中には同じ言葉が宿っていた。
『この出会いも絆を強める一つの道』
決して交わらぬ筈の道が再び交わる時が来るのか。その時は、もっと穏やかに笑い合えるのかと考えながら彼等は日常に戻るのだった。