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    無味無臭

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    無味無臭

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    しゅごせーならずに楽士さんやってる水様と、レ私設騎士団にいないルノーくんの話です
    創作しすぎて原作の影も形もないです。すみません……

    続きはあるかもしれないしないかもしれない……

    その町はずれにある小さな教会に立ち入った時、男は思わず視線を上げた。入ってすぐ、床にちらちらと光る七色の陽光は、壁の上部に作られたステンドグラスを通して映し出されたものだった。前時代の様相ながら、精巧に作り込まれている。思わず感嘆の吐息が漏れる。昼間なのに人の気配はない。中の空気は少し埃臭いが、男の心を落ち着かせるには十分な場所だった。旅の合間を縫ってまでここに来た甲斐があったと思った。
    彼は一介の楽士であった。客に雇われてそのハープを弾きならしては、賞賛の声を与えられた。彼はまだ年若く、はじめは名もない楽士ではあったが、その音楽の才と類まれなる美しい容姿から、彼の名が知れ渡るまでに時間はかからなかった。彼はいずれ正式にとある楽団の一員となり、様々な星の間を旅して演奏をするのが彼の生業となった。客は彼の音楽にみな心を動かされ、瞬く間に楽団は人気を博したが、仲間のうちには彼をよく思わない者もあった。彼を何とかして貶めたいと願う者、そのような行為を許すまいと正義を振りかざす者、2派の抗争に巻き込まれたことに耐えられず楽団を抜ける者など、彼をめぐって起こった問題は数多くあった。その中で流されたあらぬ噂から客もいつしか彼を見る目が変わっていった。……ある日、雇い主に呼び出された彼は、鞄に詰め込まれた多額の手切れ金と手持ちのハープを抱えて楽団を去ることとなった。
    彼は悲しく思った。
    人々が我が為に争うこと、人の考えが空よりも簡単に移り変わってしまうことを。ただそれでも、彼は他の誰のことも憎まなかった。このような事件が起こってもなお何も行動を起こせない自らの無力さだけを憎んだ。故郷に帰る途中、行くあてもなく星を彷徨いながら、彼は自分自身について考えていた。
    (私が俗世に生きる人間でなければ、このようなしがらみから逃れて生きることができたのでしょうか。)
    時々このような存在しない"もしも"を思って涙した日もあった。年中いつでも花が咲き誇る庭園や、森の奥の美しい湖、何にも心を揺るがされないどこか遠く、隔たれた場所でただ悠久の時を過ごすことができたら、どれほど幸せだろうか?
    人という生き物はいつでも、自分にないものを望むのだった。

    …………ふと、男は教会の奥に人の姿を見た。身体の大きさから見て、子どもであろうか。天使の像の前に跪き、頭を下げてじっと動かないままでいる。彼がここに来る前からずっとここに祈りを捧げていたのだろう。男がその子どもに近づくと、布擦れの音に気づいた子どもがはっと後ろを振り返った。男もそれに驚いて立ち止まった。青い瞳をした、可愛らしい少年だった。歳の頃は12,3歳ごろだろうか。2人はしばらく見つめあって、男の方から目を逸らした。
    「あ……申し訳ありません。あなたのお邪魔をするつもりはなかったのです。ただ……」
    「天使さま?」
    「……え?」
    少年は立ち上がると、弾むような声を上げた。
    「て、天使さま、本当にい、いたんだ」
    「あ……」
    その瞳からは冗談やからかいのようなものを一切感じられなかった。どうやら目の前に立つ男を見て、純粋に歓喜しているらしかった。
    「やった、やった。僕のお、お願いが叶ったんだ。天使さまが来てくれた……!」
    「それは……私のことですか?」
    「だって、そうだよね。僕こんなに、き、綺麗な人、初めて見たんだもの……」
    少年に見上げられ、男は困ったように眉を寄せた。
    「落ち着いてください。私は……あなたの探している天使様ではないのです」
    「え……?」
    「……私はただの旅の楽士。あなたと同じ、人間です」
    「……」
    少年はころころとした瞳で男を見つめた。
    「そ、そうなんだ……ごめんなさい。」
    「いいえ……。よくここには来るのですか?」
    「うん、毎日お祈りしてるんだ」
    「そうなのですか……」
    男が微笑みかけると、少年もまた太陽のような笑みを返した。天使像の前に立つと、たしかに荘厳な空気を感じられた。この寂れた教会で、1人きり祈り続ける少年の姿を思った。


    像を前にして、長椅子に腰かけながらひとときの会話をした。
    「僕が小さい時、母さまが言ってたんだ。信じる心があれば、どんな願いも叶うって。だ、だから……」
    少年は再び祈るように目を閉じた。
    「……兄さまが、帰ってきますようにって……」
    男の心臓がドクン、と跳ねた。
    「ぼ……僕のお家ね、父さまがいないから、僕と、母さまと、2人っきりなんだ。だから早く、兄さまが帰ってこないかなって。」
    「……。」
    男は少年の言葉に吃驚してしまい、思わず言葉を詰まらせた。彼の口ぶりや、天使に祈り続ける姿を見ると、彼の兄は恐らく既にこの世に帰らぬ人物なのであろう。その兄のために、このような場所で、毎日、ただ1人……。それだけではない。似ていたのだ。男にもかつて、父と兄がいた。……今は、どこか遠くで暮らしている。
    「そう……ですか。……そう……だったのですね。」
    「うん。……兄さまは……僕のためにいなくなっちゃったから……僕がお祈りしないと。みんな、僕を笑うんだけど、ね」
    少年と男とは似ていた。けれども違っていた。それは少年には分からないことだったが、男にははっきりと違いが分かっていた。
    「お兄さんは、優しいね」
    家を離れる父兄の背中に、言いたいことはいくつもあった。諍いの止まない仲間たちに、自分から出来ることはいくつもあったはずだった。……そうしなかったのは、自分の感情が乱されるのが怖かったからだ。すでに深く抉られた他人の心の傷よりも、発生するかもしれない自分の心の傷を優先したからだ。優しげに微笑んでいれば、波風は立たない。
    「いいえ。私は……私はただ……」
    少年のまっすぐな瞳に貫かれると、自分の弱さを隠せなくなる。天使が、神が、私を見ている。男は後ずさって、少年から目を逸らした。
    「私は、ただ……」
    教会の扉が開かれた。
    「ルノー、またここにいたの」
    「お母さま!」
    優しげな母親の姿が現れる。ルノー、と呼ばれた少年は彼女に駆け寄ると、子犬のように抱きついた。
    「その方は?」
    「あ、あのね、お家に帰る前に、旅をしてるんだって。天使さまみたいな人。すごく優しくて、兄さまみたいな人」
    「まあ……。」
    母親は男を見ると、深々おじぎをした。
    「息子がお世話になりました」
    「いえ……」
    「日が傾いてきましたから、よければ今晩はうちに泊まりませんか?狭い家ですけど……食べるものはありますから」
    「いいえ、お構いなく……。大丈夫です。もうじき街を出るつもりでしたから」
    「お兄さん……帰っちゃうの?寂しい……」
    「ありがとう。……あなたの優しい心を、どうか忘れないでくださいね」
    「うん」
    帰ろう、と手を繋いで家へ帰る2人を見送って、その教会には男1人きりになった。ステンドグラスに日は入らない。……天使、とはあの少年のような心を持った者のことだろう、と静かに考えた。

    日が落ちてもまだ、彼は教会で物思いにふけっていた。時々ハープを演奏して気を紛らわせようとしたが、弦を弾(はじ)く気になれなかった。

    (また、私は)
    これ以上あの少年と共に過ごすのは怖かった。恐ろしいほどに純な彼の前に、自分の弱さを、愚かさを、偽物の優しさの無力を思い知らされるのが。彼の母親の厚意を受け取らず、自分の恐怖を優先させてしまう己の矮小さを思い知らされるのが……。激しい自己嫌悪が嵐のように、心が波を立てて彼を襲う。
    「私にはない。なにもない。優しさも、強さも。そしてわずかな、安らぎさえも。」
    古い教会の壁から、冷たい風が吹きつけ始めていた。男はみずから、目の前の像に跪いた。
    「神よ、……どうか。私の成すべきことをお導き下さい」
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