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    tohatuka1020

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    ティターニア(No.0700♀)

    #とはつか家うちの子
    #ポケ擬
    pocketComputerSimulation

    甘酸っぱいの隠し味 自室で新曲の作詞をしているティターニアが椅子から立ち上がる。
     煮詰まった頭をすっきりさせるために、コーヒーブレイクを挟むことにした。買ったばかりのコーヒーミルにお気に入りの豆を入れて手動で砕く時間も、気分転換の一環だ。
     甘い外見に似合わず苦いものを好むティターニアは、部屋に漂った香ばしいコーヒーの香りを吸い込み、少しだけ口端を上げる。
     行儀悪く歩きながら慎重に熱々のコーヒーを啜り、元いた席に戻ってきた。

    「はー、美味しい……。やっぱりコーヒーはブラックに限るわ」

     砂糖やミルクなんて邪道ね、邪道、と自分しかいない空間で呟く。
     体が内からじんわり温まっていくのを感じながら、先ほどまで苦戦していた作詞ノートを見やった。ペンが転がっているノートには一文字も書かれておらず、進捗どうですかと聞かれたら自信をもって進捗駄目ですと言い切れてしまうほどの驚きの白さだ。

    「こんなペースじゃまずいわ。締め切り、いつだったっけ……」

     卓上のカレンダーを指でなぞりながら、ティターニアは拗ねたように下唇を突き出した。
     今ティターニアが手掛けているのは、ある商品とのタイアップ曲。先方の要望は『青春を謳歌する少年少女たちが甘酸っぱい恋を通して大人に成長していく過程を感じられるラブソング』。若者人気があり、今までに数多くのラブソングを歌唱してきたティターニアが適任だろう、ぜひお願いしたい、ということで、ありがたくお声がけをいただいた。
     話をもらった最初こそ、数多くのアーティストの中からわざわざ自分を選んでくれた企業のために良い作品を提出したいと意気込んでいたのだが、いざ机に向かってみると、これが面白いくらいに何も浮かばない。頭の中の引き出しをひっくり返しても、これだと言えるフレーズや曲調すら出てこない有様である。
     あーうーと唸りながら、すでに何時間、いや何日経過したのだろうか。考えるだけで恐ろしい。他の仕事の時はさすがに控えているものの、それ以外の時間、食事や風呂の最中でもティターニアの脳内にはずっと単語や文章が飛び交っている。挙句の果てには寝ている間に言葉のひとつひとつに殴られる夢を見て、ここのところすっかり寝不足だ。

    「というかそもそも、今の私にキラキラしたラブソングなんて書けるのかしら?」

     二度も失恋を経験して、今現在は独り身の私が?
     はぁ、とコーヒー臭の苦いため息を吐く。

    「なーにが『ラブソングの歌姫』よねぇ……」

     自虐的に笑いながら頬杖をついたティターニアは、すっかり大人の女性の顔付きになっている。
     デビューした当初はティターニアが夢中で作ったラブソングが面白いくらいに受け、当時の恋する乙女たちの耳を喜ばせたものだった。いつしかメディアから『ラブソングの歌姫』などと絶妙に恥ずかしい呼び名を付けられ、持て囃されていたのも、ティターニアにとっては遠い昔のことのように思える。

    「昔は私だって若かったのよ。恋に恋する乙女だったわよ。ファンの子たちと一緒で」

     歳を考えれば今でも充分に若い娘だが、やけっぱちになっているティターニアには慰めにも何もならない。

    「乙女だって恋を知って大人になるの。現実はそう甘くないって、苦さを経験して成長するのよ。このコーヒーみたいに!」

     眉間に皺を寄せて、美味しいコーヒーをもう一口。
     ラブソングに共感して涙を流し、恋愛に夢を見ていた時期は、確かに自分にもあったのだ。
     ティターニアの初恋は、聞く人が聞けばそれはそれはひどいものだった、と思う。
     見た目も声も好みの男からちょっと優しくされて、気にかけてもらえた。たったそれだけの理由で、世間知らずの少女はあっさりと恋に落ちた。
     髪が短いほうが楽なんじゃない、という言葉を曲解して受け取って、言われたその日の内に腰まであった髪の毛をばっさりと肩まで切り落としたり、初めてステージで歌う前に手を握ってくれた彼から励ましの言葉を一つもらっただけで、瞳が潤むほど胸をときめかせたりした。
     心配する兄たちの忠告を聞かず、大勢いた恋のライバルたちと誰が彼を射止めるかで毎日のように火花を散らしたし、それすらも恋愛の醍醐味と楽しんでいる自分がいた。
     しかし彼は、最終的に自分の護衛だった同じ種族の女性を選ぶと、ぽかんとしている周囲を置いてけぼりにして、あれよあれよという間に婚約、そして結婚した。
     ティターニアを含めた他の女性陣にあれだけ思わせぶりな態度を取っていたにも関わらず、彼の視線が再びティターニアたちに向けられることはなかったのだ。

    「結婚式でウェディングソングを歌ったのは私の意地よ!!お兄ちゃんたちはわかってない。あれは私の彼への決着で、女の闘いだったんだから!!」

     思い出したら無性にむかむかして、天井に向かって大きな声で叫ぶ。今日は情緒がめちゃくちゃだ。
     彼の結婚が決まってから泣き暮らしてばかりのライバルたちの中で、ティターニアはひとり意地になって涙を堪えていた。彼の優しさは嘘ではなかったはずだと信じていたが、好きだと伝えた自分の気持ちをないがしろにされたことだけは、どうしても許せなかった。
     嫌なら嫌だと綺麗さっぱり振ってくれていたら、悲しみこそあれ、ここまで苦しまなかっただろう。まるで『最初からなかった』とでも言うように放置されたことが、悔しくてたまらなかったのだ。

    「でもね、私は『可哀想』だなんて思われたくなかった。泣きながら『なんで私じゃないの』って言うのは誰にでもできるし、簡単なことだけど。……そんな惨めなこと、私は絶対にしたくなかった。してたまるかって思ったのよ」

     彼の結婚披露宴の話が聞こえてきた時、ティターニアは決意する。
     恨めしく来賓席から彼に視線を送るなんてことはしない。どうせなら私が一番得意とする『歌』で盛大に見送ってやろう。私を選ばなかったことを後悔するくらいに、とびっきりの笑顔と歌を披露して、気持ち良くおさらばしてやる。
     それからのティターニアの行動は素早かった。恋に破れた妹を慮って披露宴に出ることをためらっていた兄たちを説得し、曲は何を歌ってやろうかと吟味を重ね、仕事の合間を縫って練習をした。
     迎えた披露宴当日。
     ついに訪れた余興の時間。
     裏に控えていたティターニアは鏡の前に立ち、口角をきゅっと指で押し上げ、颯爽とステージに上がる。

    「本日はおふたりの晴れ舞台にお招きいただき、ありがとうございます。『Uranus』のティターニアです。披露宴の余興ということで、私からはお兄ちゃんたちと一緒にウェディングソングを贈らせていただきます!……ふたりとも、結婚おめでとう!末永くお幸せに!」

     ティターニアは兄たちの演奏のもと、幸せ溢れるウェディングソングを練習していた通りの笑顔と歌声で、彼と彼の選んだ女性に贈ってやった。さようなら、と声に出さない思いも込めて。
     周囲の盛り上がりを見るに、ステージの上では完璧に『歌姫ティターニア』を演じられていたと自画自賛する。
     彼の晴れ舞台を、ティターニアは『仕事』と捉えた。プロはいつどんな時でも、『仕事』ではプロでなくてはいけない。そう置き換えることで、己の心を守れたはずだった。
     当時を思い返していたティターニアは、瞳に宿っていた怒りをふっとしぼませる。

    「頑張ったなー、あの時の私。……まあ結局、裏に引っ込んでから泣いちゃったんだよね。お兄ちゃんたちには色々とわがまま言って迷惑かけちゃったな……」

     歌い終わり、無事にやり切ったティターニアは笑顔で祝福をしながら裏に戻った。
     途端、堪えていた我慢の糸がぷつりと切れる。大きな瞳からは涙が滝のように流れて止まらない。ぎょっとした兄たちが慌てふためく姿を見ても、瞼も体もぴくりとも動かない。
     ああもうこれで、本当に彼とはお別れなのだ。
     涙と一緒に、彼への思いが抜けていく。

    「っ、ぉっ、にい、ちゃ……、わた、しっ、がんばった、よね……っ?も、いいっ、よねっ……泣いても……」

     悲痛な表情をした長兄の胸に抱かれながら、体中の水分を出し切る勢いで、ティターニアはメイクがぐちゃぐちゃになるほどに泣いた。見栄を張るのも限界だった。
     赤子に戻ったかのようなティターニアの泣き声が披露宴会場に届かなかったことだけが、その日のティターニアにとって唯一の幸いだった。
     ひたすらに泣き叫んだ結果、ティターニアに残ったのは傷付いた恋心と、生まれて初めての喉の痛み。歌手になってから死ぬ気で大事にしていた商売道具を、たった一日で潰してしまった。
     幸せになった彼とは大違いね、と対比をして空しくなった記憶がある。
     ティターニアは天に向かって両手を上げた。

    「そんな感じで私の初恋は終わりを迎えたのでした!……お兄ちゃんたちの私に対する恋愛面での過保護っぷりがより強くなっちゃったのは、確実にこれのせいよね。しょうがないんだけどさ」

     ティターニアは五匹もいる大好きな兄たちを想う。彼らはいつだってティターニアの心強い味方だ。
     ティターニアが初恋で散々な目に遭ったせいで、兄たちは元々嫌っていた彼に対する憎悪を膨らませるのと同時に、ティターニアの恋心に過剰に敏感になってしまった。
     もう二度と愛する妹にあんな経験はさせまいと相談でもしたのだろう、団結しているのが手に取るようにわかった。

    「次の時はそれでちょっと大変だったしなぁ……」

     二度目の恋は、ティターニアの恋心が時間経過で少しずつ癒えていたころにやってきた。
     好きになったのは今回も自分からだったと思う。農家だという彼は、陽だまりが似合う優しい眼差しの男性だった。初恋の彼とは見た目も性格も真逆だったが、共通していたのは『顔が良い』という点だ。
     ティターニアはここでようやく、自分が面食いであることを自覚した。顔の良い兄たちに囲まれて育ったティターニアは、兄たちが世間の標準なのだと思い込んでいたのである。

    「あれはちょっとショックだったわ……。でも、優しかったなー!ほんと」

     最初こそ、私は顔が良ければ誰でもいいのかとショックを受けたが、それを引いても二度目の彼は性格も所作も素晴らしかった。会えば微笑んでくれるし、話も真剣に聞いてくれるし、何よりちゃんとティターニアのことを覚えてくれている。初恋の彼とは大違いだった。
     彼と交流するたびに思ったのは、このひとなら私を放置せずに大事にしてくれるかもという淡い期待。初恋の彼から『なかったこと』にされたティターニアは、再び恋をすることで自分の存在を確かめたかった。
     二度目の恋心にティターニアは焦る。会えない間に、他の誰かに彼が盗られたらどうしよう。あんなにいいひとに今まで相手がいなかったのも謎だが、もしかしたら実は好きでしたという子がいないとも限らない。
     そんなの嫌だ、ということで、ティターニアは告白のためのリボンを大急ぎで用意した。ティターニアの種族であるニンフィアカラーのそれは、初恋の彼には受け取ってもらえなかった。でも、きっと彼なら。
     が、それを持って彼に会いに行く前に、ティターニアの動きを警戒していた兄たちに見つかってしまう。
     今度は大丈夫と訴える妹と、まだ早いと叱る兄たちとで、しばらく攻防戦を繰り広げた。
     最終的に、ティターニアとは双子の兄が、彼に見つからない位置にこっそり控えて現場を見届けるという条件で他の兄たちを納得させ、ティターニアはやっとの思いで彼の元へ走ったのだった。
     震えるティターニアが差し出したリボンは、彼の大きな手に納まった。

    「付き合うことになったから!って言った時のお兄ちゃんたちの顔!今思い返しても、ひっどかったわねー。妹の告白が成功したんだから、あんな変な顔することないじゃない。今まで心配かけてごめんなさいは、そうなんだけどさ!」

     微妙な顔をしている兄たちを尻目に、ティターニアは新しい恋を楽しんだ。
     初恋では味わえなかった経験がティターニアをどきどきさせる。彼の長く美しい青い髪の毛を櫛で梳いてあげて、自分のリボンでまとめる満足感。兄たちやファンから呼ばれる『ティア』という愛称とは別に、『ターニア』という彼だけの呼び名に答える特別感。
     何もかもが新鮮で、景色が輝いて見えた。鏡に映る自分の肌すらも、幾分若返ったように思えた。

    「そのまま上手くいってれば、良かったんだけど……」

     恋は人をこんなにも変えるのだと身をもって実感したティターニアだったが、現実はそう甘くはないということも経験する羽目になった。
     ふたりの恋の障壁になったのは、物理的な距離と、仕事の都合。
     彼はティターニアが住むカロス地方とは遠く離れたアローラ地方に住んでいた。それに加えて、人気歌手と農家の組み合わせ。お互いがどう頑張っても、時間や距離が合わないことのほうが多かった。
     片思いの時は耐えられていたが、両思いになってからは、ただただもどかしい。特にティターニアは前回の失恋を通して、恋人には愛されたいという願望が人一倍強かったせいで、徐々に不満を募らせていった。

    「告白する前に一度冷静になって気付けてたら、また違ったんだろうな……。遠距離恋愛で愛を育むって憧れてたんだけど、難しいものね」

     最初こそ、口うるさい兄たちが愁眉を開くほどに順調な交際ができていたというのに、ティターニアが不満を感じ始めてからは歯車が狂い始める。
     あんなに好きだった彼の優しさが、一転して頼りなく思えてきたのだ。彼はティターニアの言うことに肯定しか示さない。それを心地良いと思えていた自分がいなくなっている。たまには自分の意見も言ってほしい。私は全部吸い込むだけのスポンジではなく、他でもない貴方に話しかけているのに。優しいばかりじゃ、つまらない。
     会いに行くのが自分ばかりというのも気に喰わなかった。せっかく付き合っているのだから、恋人のために一度くらいは遠い地方に来てくれても良さそうなものだ。彼はティターニアの曲自体は聞いてくれていたが、それだけだ。ライブに来るなどという素振りは一切見せない。農家だからすぐには難しいのかもしれないが、恋人を想うなら多少なりとも行動に移すのが愛情ではないのか。
     一度は彼との将来を想像していた自分が、気が付けばあらさがしばかりしている。
     ティターニアは嫌な気分になった。前はあんなに楽しみにしていたデートも、ここ最近はイライラしてばかりで、彼と会話をすることに疲れている。彼を好きでいたいのに、肝心の彼の態度が邪魔をする。
     もしや、好きなのは私だけなのだろうかと疑いもした。彼には何度も色々なお願いをしたが、毎回あの微笑みで受け入れられるだけだった。今では受け流されていたとも感じる。
     何回目かのデート中、ふと思った。ここで拗ねて帰るふりをしたら、彼はどうするのだろうか。
     試しているようで気が引けたが、ティターニアはそれで自分と彼の気持ちの差を確認しようとした。好きなのは自分ばかりだと思いたくなかったのだ。
     願わくば彼が引き留めてくれることを祈って、いかにも具合が悪そうに振る舞う。

    「ごめん、今日はちょっと具合が悪いの。こんなんじゃデートはできないわ。だから今日のデートは中止ね。……じゃあ」

     早口で素っ気なく伝えて、顔を見ないようにさっさと彼に背を向ける。
     歩みは止めなかった。ただ、彼が一言でも声をかけてくれれば、すぐにでも立ち止まれる用意だけはしていた。
     名前を呼んで。腕を掴んで。引き留めてよ。ねぇ、早く。恋人の私がひとりで行っちゃうのよ?貴方はそれでいいの?こんな時にも何も言ってくれないの?
     ティターニアは泣きそうな顔で前を向いたまま願い続けたが、結局彼はティターニアを引き留めなかった。お大事に、と体調を気遣う一言だけをティターニアの背中に残して。
     彼から離れてひとりになったティターニアは、空虚な心を抱えながら静かに泣いた。

    「まあ、でも、円満に別れたほうだよね。彼とは」

     恋人関係を続けていく自信をなくしたティターニアは、自分から申し出て彼と別れることを決めた。
     別れましょう、今までありがとうございましたというティターニアの他人行儀な淡々とした言葉を、彼はいつもと同じ調子のまま受け入れていた。あまりにもあっさりと終わった二度目の恋に拍子抜けする。けれどもここで未練がましく縋り付かれていたとしたら、きっと自分は彼を許してしまっていただろう。ティターニアは最後の最後に、好きだった彼の優しさに感謝した。
     別れましたと報告をしてきた妹の大人びた雰囲気に、兄たちが気まずそうに顔を見合わせ、何と声をかけたものか迷っていたのが、思い出すと笑えてくる。

    「そんなこんなで今は元気におひとり様、っと……。あーっ、こんな恋の経験ばっかじゃキラキラのラブソングなんか、もう無理じゃない?今の私にできるのかしら?」

     猪突猛進に作詞作曲をしていたあのころの自分の眩しさが羨ましい。昔の自分に今の仕事を振ったら、一日も経たずに完成させてみせたはずだ。もう無垢な少女には戻れないことに、一抹の寂しさを覚える。
     ティターニアが発表したラブソングは中高生の女性を中心に人気だったが、一部からは現実味がないなどと批判を受けていた。それなら現実を知った今の私が作るラブソングであんたたちは納得するのか、創作物にまで現実の辛さを求めるのは疲れないのか、とアンチに対して内心毒突く。

    「夢見たっていいじゃない。昔は信じてたんだからさ、自分を迎えにきてくれる白馬の王子様を。女の子は誰でも一度は想像するわ。自分がヒロインになって、甘くて切ない恋物語を素敵なヒーローと繰り広げるの……」

     だが、知っての通り現実は非情である。
     とんとん拍子に上手く事が運ぶなんて滅多にない。
     長らく恋のときめきから遠ざかっているティターニアは、温くなったカップを持ち上げた。

    「恋って甘酸っぱいだけじゃないわよね……。人によるだろうけど、甘酸っぱいのあとには大なり小なり苦い経験がやってくるっていうか……。……ん?」

     脳にかかりっぱなしだった靄が急に晴れていく。
     頭の中で急速にイメージが固まり始め、ティターニアは慌ててカップをコースターに置いた。浮かんだものをひとつも書き洩らすまいと、大急ぎで握ったペンをノートに走らせる。

    「甘い、酸っぱい、ときめきのあとに……苦みを通して、少年少女たちは……」

     ぶつぶつと確かめるように呟きながら、曲の土台を積み上げていく。
     集中するティターニアには、外の音も自身の恋愛の愚痴も、すでに入り込む隙間はない。スマートフォンの通知すらうっとおしくて、作業途中に電源を落とした。
     仕事モードになったティターニアは、淹れたコーヒーがすっかり冷めるまで机に向かい続けた。
     その後、完成した新曲『グレープフルーツ』は企業にも世間にも気に入られ、音楽ランキングにもランクイン。ティターニアにとっては久しぶりの会心作となった。

    「苦い経験が私の曲の深みを増してくれたと考えれば、二度の失恋も悪くない思い出なのかも」

     だからね。恋愛できる内はしておいたほうがいいよ、糧になるから。
     少女から大人になったティターニアは、ファンたちに向けて新曲用のコメントを出す。

    「ま、私はしばらく恋愛はいいかなって感じだけどねー!」

     苦くて美味しいコーヒーを飲みながら、ティターニアは笑った。
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