魔法少女を求めて 2授業が終わると同時に教室の中がざわめきに包まれる。フィンも座ったままで固まった体をぐっと伸ばして、ほっと息を吐いた。しかしまたすぐ次の授業が始まる。しかも体育だ。更衣室に行かなければと立ち上がりながら隣を見ると、マッシュが目を開けたまま鼻ちょうちんを出している。
「また寝てる! マッシュくん、授業終わったよ。着替えないと!」
ゆさゆさと揺らすと、パンと勢いよく鼻ちょうちんが割れた。
「はっ……え、なに?」
「次体育だから着替え!」
ぼんやりしているマッシュをせっつくと、ようやく荷物を纏めだす。しかし「あ」と何かに気づいたようにフィンを見た。
「体操服忘れちゃった」
「え!?」
「ちょっと取ってくる。みんな先に行ってて」
そう言ってバビュンとあっという間に教室を出て行く。
「あいつ結構忘れ物多いよな」
「全く……前日にちゃんと用意しておかないからだ」
呆れたようにランスが首を振っている。それもあるが、マッシュの足の速さは異常なので忘れても寮に取りに帰ればいいと思っている節があった。日常生活も筋肉に物を言わせている。
「まぁマッシュくんなら本当にすぐ取ってきちゃうし、僕らも行こ」
二人を促して教室を出る。
「今日何すんだろなー」
「あんまり動かなくていいやつがいいなぁ」
「お前、体育だぞ。そんなわけがあるか」
ぐだぐだと喋りながら着替えを終え、グラウンドへと向かおうとしていた時だった。三人が行く先に何かが落ちている。それは丸く厚みがあり、真ん中にはハートマークに削られた宝石が嵌め込まれ、その周りにも小さな石が散りばめられてとにかくキラキラしているコンパクトだった。
「デジャヴ!!」
「うおっ!? 何だいきなり!」
頭を抱えて急に叫んだフィンにドットが大袈裟に身を震わせる。だが今はそれどころではない。
「いやいやいやいや何で!? あの時マッシュくんがもうどうにもならないくらいくっちゃくちゃにしちゃったのに!! 何であのコンパクトがまたここにあんの!?」
「コンパクト? ってこれのことか?」
落ちているコンパクトに近づいたドットが拾い上げようとする。
「あっ、ドットくん待っ」
「触るんじゃねえぇぇぇぇ!!!」
「ぐおっっ!!」
どこからか弾丸のように飛んできた白い塊が顔面にぶち当たり、ドットはたまらず吹っ飛ばされていく。
「わーッ!! ドットくん!」
「不用意におかしな物を拾おうとするからだ、馬鹿め……」
慌てるフィンに対し、ランスは冷淡だった。倒れているドットからすぐに目を逸らし、同じように地面に転がっている白い物体を見つめる。
「それで、何だこいつは。新種の魔法動物か?」
「違うんだよランスくん、それ魔法動物じゃなくて元人間のお化けで」
そう言った途端、ランスが飛びのく様にフィン達から距離を取った。
「えっ、ランスくん……?」
「……お化けだと? そのおかしな生物が? そんなわけがあるかその理屈でいくとこの世にいる魔法生物全部がお化けになるだろうが」
「いやだから魔法生物じゃなくて……まぁ確かに本人? もお化けじゃなくてマスコットだって言ってはいたけど」
「ほらみろ、あんな生物がお化けなわけがないんだ。オレのおばけセンサーもそう言ってる」
お化けセンサーって何。
何だかランスの様子がおかしい。アンナが絡むならいつものことではあるのだが、一体どうしたのだろう。そちらに気を取られていると、衝撃から立ち直ったドットが呻きながら起き上がる。
「イテテテ……一体何が……」
「あっ、良かったドットくん。無事だったんだね」
「いや無事ではねぇよ。オレの鼻もげたりしてねぇ? 大丈夫?」
「鼻血は出てるけどもげてはないよ、大丈夫」
「鼻血出てんなら大丈夫ではねぇだろ!」
鼻を押さえながらドットが食ってかかってくる。意識はしっかりしているようだ。イライラと未だ地面に伸びている白い物体をむんずと掴み上げる。
「ぶつかってきやがったのはコイツか!? 一体オレに何の恨みがあって顔面潰そうとしたんだテメェ! どうせならあっちのスカシピアスにしろや!! 潰しがいがあるムカつく顔してんだろーが!」
「お前みたいな間抜けと違ってあんな攻撃当たるわけないだろ」
「アァアン!?」
だらりと脱力したままの物体にギャンギャン噛みついていたドットが物凄い形相で煽ってきたランスを振り返る。フィンよりも後ろにいるので何だか自分が睨まれているようで嫌だった。さりげなく立つ場所を変えて、恐る恐る自称マスコットのお化けを見る。
「おかしいな……確かにマッシュくんがコンパクトを壊した後、成仏したっぽいのに……」
「……成仏だと……?」
ぴくりと動いたお化けがおどろおどろしい雰囲気を出しながらフィンを見る。飛び上がって未だ距離を取ったままでいたランスの後ろへと駆け込む。
「ヒエェ! 動いた!! 生きてる!」
「やはりお化けじゃなかったんだな。オレのセンサーは正しかった」
「だからそのセンサーって何!?」
腕を組み、訳知り顔で頷くランスにしがみつきながら叫ぶ。だが答えは返ってこない。その間にも息を吹き返したマスコットが燃え上がるようなオーラを纏いながら力強く喋りだす。
「オレのウン十年かけた結晶がぶっ壊されて成仏なんかできるわけねーだろーがァァ!! まさかあんなことされるなんて思ってなかったから、あまりのことに砂になっちゃったんだよ!」
(ああ、確かにさらさらしてたな……)
あれはそういう表現で、成仏したわけではなかったのか。紛らわしすぎる。
「オレはこの世に魔法少女を生み出し、彼女が悪と戦うその姿を見るまで絶対に消えたりしない!!」
「なん……何て? まほうしょうじょ?」
マスコットの暑苦しい決意に、何それとマスコットを掴んでいるドットがフィンを見るのでランスの後ろからこの前起こったことを手短に教える。マッシュが最終的にコンパクトを壊したところでは、
「あー……そいつは相手が悪かったっていうか……」
「そうだな、あいつはそういうところがあるからな」
揃って遠い目をしていた。何だか微妙な空気が流れてしまったからか、ドットが気を取り直したようにマスコットの肩をポンと叩く。
「なるほど、話はよくわかったぜ……。可愛い女の子にモテたくて、この世のイケメンを全滅させたいってことだな?」
「何ひとつわかってない! そんな話どこにあった!?」
「世界中の二重イケメンは敵だ! つまり悪! そいつらを一掃できるならオレも協力するぜ同志よ!」
「えっ、あの……」
先ほどまでの勢いはどうしたのか。勝手に盛り上がるドットの勢いに、マスコットはどう反応していいのかわからず狼狽えている。だがドットは気にした様子もなく、さっさと話を進めて行こうとしていた。
「じゃあさっさとそこのスカシピアスからやっちまうか」
そう言って、ドットがポチッと赤いハートを押す。ぎょっとした。
「えっ!? 何でドットくんも押しちゃうの!? 変身するって聞いてたじゃん!」
「え? だって変身して悪と戦うんだろ? 押さなきゃ変身できねぇじゃねーか」
「そうなんだけど! 根本的なところが違うんだよ!」
「本当に馬鹿だな、こいつ」
「え? 何が?」
わいわい騒いでいる間に、ドットの人差し指で押し込まれていた赤い宝石がカッと光を放つ。
「うわ!」
あまりの眩さに思わず目を覆った。目を潰さない程度の煌めきだと言っていたはずなのに、話が違う。
「うおおおおお何だこりゃ!?」
ドットの悲鳴に薄目を開けて様子を窺う。赤い光を放つコンパクトの前にいたはずのドットが何だかおかしなことになっていた。全身が輪郭だけを残して他は一色というか、玉虫色というか、ぐんにゃりとした形容しがたい色合いに染まっている。どう見ても異常事態だった。
「ドットくーん!」
友達の一大事に駆け寄ろうとするが、キラキラと星が散るような空間の中で身動きを取ることができない。その間にもドットの体があちこち飛び跳ねるように動き、そのたび胸元にリボンがパッと出てきたり腕に白い手袋が嵌められたりして、どんどん元の色彩を取り戻して玉虫色ではなくなっていく。
そうして全身がひらひらと可愛らしくも露出の多い衣装に包まれたと同時に、ドットの背後にまた大量の星を巻き散らされた。ばちんとウインクして顔の横でピースサインをし、ノリノリでポーズを決めているその姿に言葉を失う。
「グラビオル」
「ギャアアアア!!」
いや、絶句していたのはフィンだけでランスは違ったようだ。いつものように杖を下向きに構えて、侮蔑するようにドットを見下ろしている。
「不愉快だ。殺す」
「イデデデデデちげぇって体が勝手に!!」
「知らん。死ね」
「ギャ────ッッッ!!」
ズンとさらにドットの体が地面に沈み込む。胸元についているコンパクトがバキンと音を立てて割れる音が響いた。
「うわ──ッッ!! オレのコンパクトが!!」
今までドットの変身姿を見て吐いていたマスコットが慌ててコンパクトを取り戻そうとドットに駆け寄り、ランスの重力魔法の餌食になった。悲鳴が二重になる。
どんどん重力を上げているのか、コンパクトに広がる亀裂が深く大きくなっていく。フィンはランスの服を引っ張った。
「ランスくん! それ以上やったらドットくんの骨もバキバキになっちゃうって!」
「わかっている。そのつもりでやってるからな」
「そのつもりでやってんの!?」
友達の殺意があまりにも強すぎる。このままでは本当にドットが全身骨折で医務室行きになってしまう。もう一度制止しようとする前に、コンパクトがバカッと割れてドットの服が元に戻った。それを見て、ランスが杖を引くように上げる。
「ドットくん大丈夫!?」
「……な、何とかな……ひでぇ目に遭ったぜ」
助け起こしたドットの体はダメージを負ってはいたが、深刻な骨折などはないようだった。しかし酷い目に遭ったのは自業自得の部分もある。
「ドットくんもマッシュくんも、わけわかんないものを簡単に押しちゃ駄目だって。ていうか今回は女の子の格好になるってわかってたのに何で押すんだよ」
「いや変身っつーから何かブースト的なアレかなって思ったんだよ。まさか強制的に変なポーズ取らされるなんて聞いてねぇし」
格好はいいのか?
そう思ったが、ドットは自分がどん服を着せられたのかよくわかっていないのだろう。すぐさまランスが魔法をぶつけていたので、服装を見下ろす暇もなかったはずだ。それにしても二人とも『変身』という言葉にだけ反応して、マスコットが求めているのは魔法少女だということが全く届いていない。とりあえずドットもマッシュもまず人の話を聞くところからちゃんとして欲しいなと思う。
「あ、そういやあのお化けどうなって……ヒッ」
ランスが重力魔法をかけるのをやめたので復活していてもおかしくないのに、妙に静かだなと振り返ってみれば地面に白いドロドロとした液体が広がっていて声が引き攣る。
「えっ、もしかしてこれ……あのお化け?」
「おいフィン、お化けじゃないと言ってるだろ。さっきこいつの気持ち悪いポーズを見て吐いていたからそのまま溶けたんじゃないか」
「好きでやったんじゃねーわ!! つか自分でやらせといて吐くのはおかしいだろテメェふざけんなよ!!」
頑なにお化けだと認めようとしないランスと、怒りを爆発させるドットの声を聞きながらあちこち割れてバラバラになっているコンパクトを見つめる。前回の例から、きっとこの有様を見てまたショックのあまりあんな状態になってしまったのだろう。
どうしたもんかなと思って眺めていると、今まで怒っていたドットが急に平静に戻って口を開く。
「よし、埋めるか」
「えっ」
「強制的に変なことさせられたとはいえ、一度は同じ志を持ったヤツだしな……。イケメンを憎む気持ちは無視できねぇ」
マスコットからすれば一度も同じ志を持ったことはなかっただろうが、すっかりそうと信じているドットは杖を取り出して地面に向ける。
「エクスプロム!」
ボンと勢いよく地面が爆発し、その部分の土がごっそりと抉れた。その中に割れたコンパクトと白い液体をせっせと移し、上に土を被せていく。そしてドットはパンと勢いよく顔の前で手を合わせる。
「これからもオレはイケメンを滅するために戦うからよ。お前は安らかに眠ってくれ……」
一体何を見せられているんだろう。
そう思っていると、肩を叩かれる。
「フィン、そろそろ行くぞ。遅刻する」
「あ、うん」
さっさとグラウンドへ行くランスの後ろについていきながら、肩越しにまだ手を合わせているドットを振り返る。何も立っていない、ただ土の色が変わっているだけの場所を見つめて──
「……まぁいいか」
これ以上、深く考えることをやめにした。