お兄ちゃん、ガチャ「お前の兄ちゃんさ──……」
「あ、兄貴? もうさ──……」
なぜか"兄貴"という言葉に昔から反応してしまう。俺には兄貴はいない。なのに気になってしまう。
とりあえず、俺はチームメイトの与太話には気にしないフリをして練習を続けた。
そろそろ帰るか。
散らばったサッカーボールを集めて、カゴにいれる。それをガレージに押し込んで、ようやく片付けが終わる。
はぁ、と一息ついて、エナメルバッグを担いで、サッカーコートを後にした。
アイスでも買って帰るかといつもの帰り道から外れ、コンビニのある通りへ出た。コンビニに行くときにはいつも通る道のはずだった。
は?こんなところにゲームセンターなんかあったか……?
ゲームセンターなんてくだらない場所、いつもはスルーするはずなのに、今日はつい入ってしまった。
やべぇ、つい入っちまったけど、なんだよここ……普通のゲームセンター……じゃねぇな……
いくら俺だって普通のゲームセンターを知ってる。そしてここは普通のゲームセンターとはどこか違う雰囲気を持っている。ガレージのような内装のレトロな雰囲気のゲームセンターだ。
──とりあえず、あのエレベーターから乗ってみるか
怪しい雰囲気だが、進むことが止められない。エレベーターに乗り込み、三階のボタンを押した。
「はっ!?」
三階を押したはずがなぜか下に進むエレベーター。どうすることも出来ず、俺はただ呆然とした。
チンッという音と共に、扉が開いた。
「あ、来た来た〜ようこそ、三階という名の地下研究所へ」
「……」
目の前には頭にアホ毛を生やしたヤツ。待ち構えていたようで、わざわざ腕を広げて待っている。そしてその奥には大きなガチャの機械。
「あ、俺は潔。ここの研究所の助手。ここに来たってことは君もお兄ちゃんが欲しくて来たんだろ?」
「は?」
お兄ちゃん?は?どういうことだ?
「これはお兄ちゃんガチャ。君の理想のお兄ちゃんを見つけられる不思議なガチャだよ」
お兄ちゃん……ガチャ……なんだよ、それ……。人間がガチャから出てくんのか……?
俺は、さっさと踵を返した。
「え!?ちょ、まって!ガチャは?しないの!?」
「そんなくだらねぇもんするかよ」
「ねぇ、お兄ちゃん、欲しくない?」
「……」
なぜか昔から"兄ちゃん""兄貴"という存在にどこか惹かれていた。それはなぜだか分からない。何か惹かれるものがある……。
「……一回だけだ……」
「そうこなくちゃ」
すーっと大きく深呼吸をして、ガチャのハンドルに手をかける。こんなにも緊張して、ハンドルを回すことなんて初めてだった。
一周回し切るとガコンとカプセルが出てきた。カプセルの中身の見た目はただのバスボムだった。
「それを一晩お風呂に漬けてね。するとお兄ちゃんが出てくるから」
「ほんとにこれで出てくんのかよ……」
恐る恐るカプセルを開いて、中身を見る。ますますただのバスボムにしか見えない。
「入れるか」
ドボンとバスボムをお湯の中に入れる。
──入れたら、中は覗き込まないこと。
そんなことを言われた気がするので、バスルームを後にした。
朝起きると真っ先にバスルームに向かった。
"兄ちゃん"が出てくる?そんなことありえないだろ。あれはただのバスボムだ。
そんなことを祈りながら、バスルームのドアノブに手をかけた。
「……」
開けるとそこには上半身裸の男がバスタブに入っていた。
コイツが俺の兄ちゃん──……。
「蜂楽だよ〜君のお兄ちゃんになればいいかな?」
「……却下」
「おい、潔。コイツは却下だ」
「あら、残念だったね蜂楽」
「うーん。もっと俺を知って欲しかったなぁ〜」
「まぁ、凛が気に入らないっていうからしょうがないよ。で、これはガチャだから、何回も引き直しは出来るよ」
「コイツはどうすんだよ」
「蜂楽は──……消去するよ」
「消去……?」
予想外の回答に思わず声が出てしまう。
「このガチャはね、死んだ男の子の魂を使って出来てるんだ。死んだ男の子の魂をガチャに込めている。消去したお兄ちゃんは、再利用されてまたガチャに戻るだけだ」
「……わかった……消去だ」
「ざーんねん。凛ちゃんのお兄ちゃんになりたかったなぁ〜」
おかっぱが消去ボックスに入ると白い煙が箱の中を多いあっという間に消えてしまった。
「で、今日もガチャしてく?」
「当たり前だ」
俺はそれから毎日ゲームセンターに通った。納得のできる"兄貴"がいなかったからだ。
ある日は女たらしな兄貴候補、ある日はクソネガティブ野郎、ある日は筋肉野郎など、全くピンとこないヤツらばっかりだった。俺はこんなガチャになんで夢中になっているんだと思いながら、通うのを止められなかった。
「今日も来たんだ」
「あたりめぇだろ」
「理想の兄貴に会いたい?」
「うるせぇ、今日もやらせろ」
「はいはい、どうぞ。本当に気に入ったお兄ちゃんと本契約すればいいから」
コインを入れ、ハンドルに手をかける。ゆっくりと回すと少し重く感じる。なんだこの感じ……といつもとは違う感覚に違和感を覚えながら、一周回し切る。
ガコンという音と共にカプセルが出てきた。
「今日はどんなお兄ちゃんが出てくるかな?楽しみだね」
お湯を張ったバスタブを見つめる。はぁとため息を吐きながら、カプセルを開けた。
今日こそという願いを込めてお湯の中にバスボムを沈めた。ぶくぶくと泡が上がってくる。俺はバスルームをあとにして、眠りについた。
「……ん?やべ、寝すぎたっ」
俺は起きると慌ててバスルームに向かった。今日の兄ちゃんはどんなヤツだろう……。ドアノブをぎゅっと握りこんだ。
いつものようにバスタブから煙が溢れ、段々とその姿が露わになる。
「……お前が俺の弟か……?」
いつもの兄ちゃんとは違う第一印象だった。それはなぜだか分からない。これが俺の兄ちゃんだと思った。
「っ……!」
ずっとどこかで惹かれてきた"兄ちゃん"という存在。コイツが、俺の──……。
「お、俺の……兄ちゃんになってくれませんか……」
「は?それはムリに決まってんだろ」
「え……」
「まだ何も知らねぇのに、簡単に兄ちゃんになるわけねぇだろ」
「でも……」
理由は分からない。でも、コイツが俺の兄ちゃんになって欲しい。それだけなのに……。
「本契約するまで、俺のことはサエって呼べ」
「分かった……サエ、よろしく」
こうして俺とサエの日々が始まった。サエは、本契約はすぐには結んでくれないが、それ以外は俺にめちゃくちゃ優しかった。
「凛、腹減ってないか?」
「あ……腹減った……」
「今、兄ちゃんが作ってやるから待ってろ」
サエにお願いするとあっという間にパスタが出てきた。ガーリックの香りが食欲をそそるペペロンチーノだった。
「美味そう……」
「ほら、食べていいぞ」
サエの料理はどれも美味しかった。今日のペペロンチーノだけでなく、その前はパエリアやチャーハンなども作ってくれた。サエは本当に優しかった。本契約をしてくれない以外は。
「なんで、サエは本契約してくれねぇんだ?」
「こっちだって兄弟になるんだから、見極めたっていいだろ」
サエは今までの兄ちゃんはちょっと違った。今までの兄ちゃんは、みんな選ばれたくて必死だった。本契約をして、正式な兄ちゃんとして選ばれるために。それなのにサエは、すぐに本契約を望んでいない。それが不思議だった。
「まだ本契約してもらえないの?」
ガチャは回さないが、今もゲームセンターには通っていた。潔は俺とサエの関係を心配してくれてるようだった。
「うーん、サエはSランクだからな……もしかしたら前世の記憶があるのかも」
「Sランク?」
「今までのお兄ちゃんにも一応ランクがあったんだけど、気にしてなかった?CからA、Sがあって、Sが最高ランク。Sランクのお兄ちゃんには朧気だけど、前世の記憶があることがあるんだ。もしかしたらサエは前世の記憶があって、どこかで凛を拒絶してるのかも」
「……」
じゃあなんで俺のところに来たんだよ。サエをさっさと消去して、新しい兄ちゃんを迎えるほうが幸せな気がしてした。でも……サエはどこか惹かれるところがある……。
「俺は……サエがいい……」
俺はゲームセンターを後にした。
「凛!」
「サエ……」
「迎えに行くの遅くなった。よかった凛と行き会えて。帰るぞ。夕飯作ってある」
「うん……」