有栖川夏葉はとにかく張り切っていた。
順に成人を迎えた樹里、智代子同様、凛世にもとっておきのシャンパンを振る舞うと決めていた。
以前から凛世と飲む約束は取り付けていたのだが、彼女の口から意外な言葉が飛び出し予定が大きく変わった。
曰く、世間一般で言う大衆向けの居酒屋で飲みたいとのこと。
凛世の誕生日からは3ヶ月ほど月日が経過していたが、その間に大学の友人とも飲んでいたのだろうか。
随分と俗世に染まった姿を見て、あの頃の自分と同じようなお嬢様ではないのだと気づき、少しだけ寂しくなる。
「夏葉さん……もし、このような場所がお嫌いでしたら……凛世の事はお気遣いなく」
「え!?嫌いだなんてそんなことないわよ!」
「そうなの……ですか?」
「ええ。そりゃあ仕事とか外交の場だともう少し雰囲気のあるお店に行くけど……こういう居酒屋だって行ったことあるわよ」
「ふふ……そうでしたか」
「もう!そんなにおかしい?それより早く入りましょう凛世」
このまま店の前に居てもマイペースな彼女に調子を狂わされてしまうだけだと考え、夏葉は少し強引に手を引いた。
「……あ、夏葉さん」
仲間で友達だけど、年上と年下の関係。この4年で築き上げてきたものはそんなことで壊れてしまうぐらい、ヤワではないことは夏葉自身も承知している。
ただ、凛世にだけは。
こんな意地の汚い幼さを見せて幻滅されることを恐れていた。
*****
「凛世……それって日本酒?」
「はい……以前プロデューサーさまと席をご一緒した際……魅力に気付きました」
「そ、そう……」
夏葉が飲んでいるチューハイよりも遥かに度数の高いものを嗜む凛世。
以前お酒はあまり好んで飲まないと聞いていたが……。
(もしかしてこの子……私より飲める?)
しかしここで対抗して勝負事に持ち込むのは淑女がすることではない。二次会は夏葉の家で行うことになっている。ここでの量はセーブしないと。
「夏葉さん……こちらのサワー……大変美味でごさいます……」
「ええ、ぜひ頂くわ」
その次。
「夏葉さん、このカクテルもおすすめでございます……」
「え、ええ」
またその次。
「夏葉さん……!こちらも美味しいです……よければ、是非」
「……え!?あ、あ……す、少しだけ、頂こうかしら……」
(抑えないと、いけないのに……!)
グラスが空く度凛世が酒を注いでくれる。
出会ったばかりの頃はまだ高校1年生だった彼女にそんなことをしてもらえるなんて、それはもちろん本心から嬉しいのだが……。
夏葉は人並みに酒は飲める。だが、あくまで人並みだ。
これ以上は翌日以降のスケジュールに影響が及ぶと考え、夏葉はぼーっとする思考を振り払い口を開こうとする。
「夏葉さん……もしかして、ご無理をなされていないでしょうか?」
「え……」
「申し訳ございません……凛世は……今日の予定を心待ちにしており……」
夏葉は、自分の幼さを酷く痛感した。
今日はなんたって、記念すべき日なのだ。彼女が満足するまで付き合うのが……道理であり、義務だ。
「ええ!まだまだ飲むわよ凛世!」
「はい……夏葉さん」
*****
(……あ、れ?)
夏葉は、自分が今どこに居るのか分からなかった。
火照った体を北風が撫でる。思わず身震いをすると右隣から暖かい感触。誰か温めてくれているのだろうか。
「__までお願い……いたします」
耳許で聞こえるのは抑揚がないのにどこか安心できる声。
このままこの暖かさに抱かれていたい。この柔らかな声に包まれていたい。ぼんやりとした夏葉の頭が処理できるのはこの2つだけだった。
「んー……りんぜ……?」
「このような状態になるまで付き合わせてしまい……大変申し訳ございません……」
「ん……ぅ……」
「……聞いていませんね……。今日はもう遅いですし、狭いですが、凛世の家に___」