ゴーストパイレートと小さな狼獣たちが住まうとある港町にはとある噂が広がっていた。なんでも、港を統一している狼の屋敷に『世界に一つだけの宝』があるという噂であった。
皆が寝静まった夜、ベッド近くの窓からは満月が部屋を覗き、それを眺めている少年がいた。可愛らしい狼の耳をピコピコと動かししっぽを振っている。
屋敷に住む少年、桜であった。
いつもは寝ているはずの時間。今日は久しぶに顔を出した満月を見るために起きていたのだ。
だが眠気は優しく桜を包み込もうとする。ベッドの上でウトウトとしていると突然別の窓からガタガタと激しく揺れる音が鳴った。
ビクリと体を震わせ、シーツを握る。
ガタンッという音とともに窓があき、潮風が友達を連れて遊びに来たようだった。
白い髪に三角帽子、船乗りのような格好の人物が部屋に来た。部屋は真っ暗なため桜は月明かりでしか相手の容姿を確認することができなかった。
「だ、誰?」
するとその男は一瞬固まったが、ゆっくりとこちらを見た。
「俺は、梅宮」
「梅宮?」
首をコテンと傾げる。そんな名前の使用人はいなかった気がする。
「そう、船乗りをしているんだ」
「船乗り!?」
その言葉を聞いた途端桜は嬉しそうな声を上げた。
両親から寂しくないようにと配給された本に書かれていた船乗りは世界中を旅してまり、色々な人々を助け回ったと書いてあったからだ。
桜はベットから飛び降り、梅宮に近づいた。
しっぽはブンブンと勢いよく左右に振られている。
「そう、船乗りさ。お前は、ここの屋敷の息子か?」
「うん!船乗りさん、船乗りさんって世界を旅してるんでしょ?」
「あぁ、色んなところに行ったことがある」
そういうとさらに桜は目をキラキラと輝かせた。
桜にとってそれはとても魅力的な言葉だったからだ。
「それじゃ、お話聞かせてよ!外の世界はどうなってるの?」
「外の世界って…ずっとここにいるのか?」
「そう。みんなここから出してくれない。それに、外の世界について教えてくれない…だから船乗りさん、俺に教えて!」
「もちろん!」
そいうと梅宮は近くにあった子供用の小さな椅子に座り話し始めた。
嵐の時に現れる大きな怪物クラーケンを倒したり、謎を解きながら隠されし秘宝を見つけたりなど様々な話を桜に話した。桜はとても興奮した。そして想像の中で船に乗って旅をした。
だが部屋が明るく染った時、梅宮は話をやめて立ち上がった。
「ありゃ、そろそろ帰らないとな」
「えっ」
それ同時に桜は想像という名の船から降ろされてしまった。
桜は無意識に梅宮のズボンの裾を引っ張っていた。垂れ下がった耳としっぽと悲しそうな表情の桜が梅宮の目に映った。
少しの間の後、桜はボッと赤くなってしまった。
「ちが、そうじゃなくて…」
すると梅宮は優しく桜の頭を撫でた。
「また明日な。桜」
とても優しい笑顔だった。そしてそれは桜が初めて自分に向けられた優しく笑顔だった。
桜はコクリと頷きまた世界が眠りにつくのを待った。
その日から梅宮は毎晩桜の元に来た。
梅宮が海となり風となり桜の乗せた船を動かしてくれる。そして色々な所へと連れていってくれた。
いつしか桜の世界には梅宮が居るようになった。
あの時と同じ満月が顔を出した夜、梅宮はいつも通り桜の部屋に来ていた。
「実は明日にここを出ようと思うんだ」
「えっ」
突然の出来事だった。桜はその場で固まってしまった。
「桜、一緒に来ないか?」
梅宮はそういうと桜に手を差し伸べた。
桜の頭には断るという考えはなかった。幼い子供にはあまりにも選択の余地が少なすぎた。
桜は梅宮の手に自分の手を乗せる。すると勢いよく風が吹き桜と梅宮を包み込み空に誘い込んだ。
「わっ!」
桜は梅宮の手をしっかりと握りながら港にある梅宮の船に足をつけた。
「すごい、すごい」
桜は目をキラキラさせ梅宮を見る。
「だろ?これからもっとすごいものが見れるぞ桜!」
「まじか!」
これから起こる大冒険に桜は胸をふくらませた。
こうして屋敷にある『世界に一つだけの宝物』は盗まれてしまったそうだ。
そしてこの港では満月の夜には決して窓を開けるな。海賊に宝を盗まれるという言い伝えが広まったそうな。