スタゼノ小説の序盤抜き出し部分「いいよな隊長は……。相手はゼノとは言え、恋人と一緒に過ごせるんだからな」
「だよな。羨ましい……いや、羨ましいっつーか……気まずいんだよな」
「そうそう! 人前であんなに距離近いと、こっちが見ちゃいけねぇもん見てる気になるだろ」
「頼むから、人のいないとこでやってくれっての」
……何が気まずいって、具体的に言えばこうだ。
ゼノを見かけたら、隊長は必ずすぐ傍に寄り、自然な仕草で腰に手を添える。
足場が悪いわけでもない。転ぶ理由なんてこれっぽっちもない。
支える意味なんて、あるのか?
食事の時間になれば、二人は配給場の端で向かい合い、あたり前のように食べ物を口に運び合う。
見せつけているつもりはないのだろう。だが同じ列でその光景を目にする俺たちにとっては、地獄のように気まずい時間だ。
……頼むから、もっと隠れてやってくれ。
そして極めつけ。ゼノが疲れているときは、躊躇いなくお姫様抱っこで抱き上げる。
俺たちに対しては、きつい言葉か命令しか返さないあの隊長が、だ。
ドクターゼノだけは特別に扱う。その事実を突きつけられるたび、胸の奥が妙にざわついて、顔のやり場がなくなる。
岩を砕き、汗にまみれた手で荷を運ぶ。その合間に、そんな愚痴がぽろりとこぼれる。
疲れ切った喉を潤すために口をつけるアルコールの瓶を回し合いながら、俺たちは笑い、そして心の底からそう思っていた。
疑いようもなく。
俺たちは全員、二人が当然のように恋人同士だと信じていたのだ。
だが、その場にいたブロディが、鼻で笑った。
「何言ってやがる。二人は付き合ってねぇぞ?」
……時間が止まった。
酒瓶を回す手も、砕いた岩を運ぶ手も、みな同時に凍りついた。
場の空気が、氷点下まで冷え込んだのが肌でわかる。
「……は?」
最初に声を漏らしたやつの顔は、完全に理解不能の色で固まっていた。
「いやいやいや! だって、あれだろ!? あんな献身的にゼノに尽くす隊長が、片思いなわけ――」
「バカ言え! 俺のメアリーだってジェニファーだって、一目見ただけでメロメロになったんだぞ!?」
「そうだ! あの顔だぞ!? あの立ち姿だぞ!? 銃より鋭い眼光を持つ世界最強の美丈夫が!?」
「ありえねぇ! そんな男が片思いとか……嘘だろ!?」
まるで爆弾が落ちたかのように、次々に叫び声が上がる。
声を張り上げるやつ、頭を抱えるやつ、地べたに座り込むやつ。
気づけば全員、同じ衝撃に呑まれていた。
「……ま、待ってくれ。もし片思いだとして……いつからなんだ?」
誰かがかすれた声で問いかけた。
沈黙が落ちる。
重く、逃げ場のない沈黙。
やがて、一人が震える声で答えた。
「……俺、聞いたことあるんだ。十一の時から、一緒にいたって」
「…………」
「……嘘だろ」
「じゃあ……隊長って……」
「もしやチェリーか!?」
その言葉が合図のように、全員の理性が崩壊した。
衝撃に頭を抱える者。
地面に突っ伏して拳で地面を叩く者。
ごつい肩を震わせ、嗚咽をこらえきれずに鼻をすすり上げる者。
「うわあああああっ、隊長おおお!」
「そんなんアリかよ! あの完璧超人が十代から片思いとか、純情すぎんだろぉぉ!」
屈強な髭面が、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていく。
分厚い胸板が嗚咽で揺れる。
筋肉に刻まれた無数の戦傷が、やけに情けなく見えた。
あの完璧な美丈夫、国を動かすほどのカリスマを持つスタンリー隊長。
その男が、たった一人の科学者に、十代からずっと純情な片思いをしているだと!?
俺たちの世界は、完全にひっくり返ったのだ。
その日、俺たちは悟ったんだ。
我らが誇り、スタンリー隊長。
冷酷無慈悲、任務のためなら仲間をも切り捨てると言われた特殊部隊の鬼。
銃を握れば百発百中、敵に回せば国家ごと震え上がる。そんな男だ。
だが同時に、誰よりも先陣を切り、誰よりも冷静に勝利を掴み取る背中を、俺たちは幾度も見てきた。
地獄みたいな任務でも、その背中があったから生き残れた。
だからこそ、恐ろしくもあり、心の底から尊敬している。
その隊長が、顔ひとつで国を取れる美丈夫でありながら――
たった一人の科学者に、十代からずっと純情な片思いをしているだと!?
「……神よ、こんなギャップを作っていいのか?」
「鬼のように冷徹な最強の男が……恋には不器用なチェリーだったなんて……!」
それは俺たちにとって、雷に打たれるような真実だった。
だから俺たちは、決めた。
「よし……何とか俺たちで、隊長の恋を実らせようぜ!」
「おう! 全力でな!」
こうして、俺たち元アメリカ軍特殊部隊の命を懸けた計画が始動した。
(続き作成中)