「どうだ?」
秋が始まった頃。エンジェルズシェアの三階で、ディルックは稲妻から取り寄せた酒の試飲をガイアに頼んでいた。鎖国が開け、大きな争いも落ち着き、人々が生活を取り戻した今。稲妻の酒は七国でも珍しく、細かな温度調整ができる酒として注目され始めている。
「香りが豊かだな。舌触りも良い。稲妻では穀物や芋を使って酒を造るんだったか?この稲妻酒は蒲公英酒を呑むモンド人の舌には合うと思うぜ」
ガイアが答える。唇についた酒を舐めとる舌が赤い。
「そうか、良かった。それは米で作られている。糖質があって旨みが強いそうだ。」
そう言ってディルックはおちょこと呼ばれる小さな陶器のグラスに顔を近づけた。
「米の削り具合や、醸造アルコールを含むかどうかにもよって細かな名前が変わってくると言っていた。グラスの種類も変えると。何より、一番は温度を調節出来る強みがある」
言い終わるとおちょこを傾け酒を口に含む。ディルックは匂いを確認し、舌全体で転がすようにテイスティングした。口の中に残った稲妻酒をアイスペールに吐き出す。
「温度なぁ………」
ガイアはおちょこを揺らし、波打つ白濁の液体を見つめた。ゆっくりと二回、瞬きをする。
「次はこっちだ。これは芋で作られている」
「あー、少し、待ってくれ」
「どうした?」
ガイアは別のおちょこに新しく酒をつごうとするディルックの動きを手で制した。
「はぁ………どうも俺の体には、稲妻の酒は合わんみたいだ」
ディルックは悔しそうに顔を歪めるガイアを見て驚いた。
「君に飲めない酒があるなんてな」
「俺も驚いてるぜ。今日のところは終いにしてくれないか?」
テーブルに伏せるガイアはディルックを見上げる。
「そうしよう。残りはロサリアに頼むよ」
「そうしてくれ」
ガイアは深く息を吐き、腰を伸ばして椅子を後ろに移動させた。
「アルコール度数は午後の死より相当低いんだが、気分はどうだ?」
「そこそこだ。多分俺個人の体質だと思うぜ、あぁだが………ソフトドリンクを用意しておくに越したことはないな」
「そうだね。ソフトドリンクメニューも揃えておこう」
「ん、んん………三ヶ月後か。楽しみに、してるぜ」
ガイアはそのまま目を閉じて、眠りについた。
「あぁ。期待に応えるよ」
ディルックは笑ってガイアの頭を一撫でし、深く寝入ったガイアを持ち上げた。床が軋む音とともに仮眠室へと歩く。
「おやすみガイア。良い夢を」
ベッドの上へとガイアを寝かせ、薄手のブランケットを体にかけたディルックはそっと赤い頬に口付た。仮眠室の扉が閉まりディルックは片付けに向かう。仮眠室の部屋には月明かりが差し込み、ガイアの規則正しく小さな呼吸がかすかに音を立てていた。
◇
エンジェルズシェアで稲妻酒を飲んだガイアが寝落ちた日から三ヶ月後。紅葉も終わり、もう二、三週間後には雪もチラつくだろうという頃。エンジェルズシェアではディルックの発案で稲妻の酒造組合と協力し、イベントを開催していた。イベントの目玉は二つ。
一つは酒場の席の配置だ。今回のイベントは稲妻で制定された『立ち飲みの日』の限定イベントで、エンジェルズシェアの椅子は店内も店外も全て片付けられている。二つ目の目玉は店外で出店を開くキャッツテールの存在だ。エルザーの念願が叶い、一日限定でキャッツテールとアカツキワイナリーは契約を交わした。日没までディオナが店頭に立ち手ずから特製のソフトドリンクを振る舞い、日没からはチャールズが二店舗が共同開発したこの日限定のアルコールドリンクを提供することになったのだ。