重い空気がじっとりと肌にまとわりつくような日々が続いていた。長雨が降り頻る、夏にはまだ遠い梅雨の最中の息苦しい夜だった。地上よりも天に近いマンションの一角。外界から囲われた部屋の中では、『除湿』に設定したエアコンが静かに音を立てていた。
「『人生で心に残っている日はどんな日ですか?』」
さらりとした感触の右の手のひらを真上に向けて、開いては閉じて、空を掴んだ。虎於はソファの上に膝を折って座りながら、照明に透ける手のひらをじっと眺めていた。
今日は互いに仕事が早く終わった。楽屋に戻って『これからどうだ』と虎於からラビチャを送れば、『俺もさっき終わったとこ! スタッフさんおすすめのナッツをもらったから持っていくね』と即座に返信が届いた。意図せず緩む口元に気がついて、ここが楽屋でよかったと安心した。せめて外では「御堂虎於」のままでいたい。寄りたい場所があると適当に話して宇津木の迎えを断り、タクシーを掴まえるべく楽屋を後にした。
3924