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    「クリスマス」お借りしました

    つなとらワンライ「クリスマス」 乾いた風が手の水分を奪っていく季節になった。秋口に入った頃には、すでにクリスマスや年末年始に関係する撮影などが行われている。雑誌の印刷業務に対応するためだ。それでいてラビチューブや歌番組などではイベント当日に合わせた撮影が行われる。季節感があるようでないこの業界では当たり前のことらしい。

     龍之介も虎於もそんな業界に身を置いている。
     今年のクリスマス何しようか。
     今日の撮影のことを思い出したらしい龍之介が声をかけた。

    「次の休みが合う日はこの日とこの日だけど……こっちの休みは先に悠くんとアフタヌーンティーの予約入れたって言ってたよね」
     共有のスケジュールアプリを見ながら、じゃあその後の休みかな、と話す。
     龍之介がどうかな?と声をかける。

    「あ、うん。いい。その日にしよう」
     龍之介の声に少しだけ反応が遅れた。気にかかることでもあるのかと尋ねると、少しだけ言いにくそうに俯いた。
    「その日……俺のプランに付き合ってくれないか。……クリスマスの」
    「え」
    「あ、だめならいいんだ。龍之介の希望があればそっちで」
     龍之介の言葉を拒否と受け取ったのか、慌てて弁明の言葉を返した。
    「あ、ごめんごめん。そうじゃないよ。付き合うよ。虎於くんからそういうこと言ってくれると思わなかったからちょっと意外で」
     俺何か用意するものとかある?あったら言ってね、と優しく声をかける。虎於曰く、基本的には何も用意するものはなく、夜は必ず空けておいてほしいとのことだった。

     休みの当日。
     夜は必ず、との話だったがせっかくの休日。昼から会おうという話になり、龍之介は虎於の家に上がっていた。夜に食事を用意していると聞いたので、軽いおつまみを作り少しだけ飲んで過ごした。

     冬の日の入りは早い。外がとっぷりと暗くなったころに、外に出るから用意してくれ、と聞かされる。
    「どこか行くの?」
    「連れて行きたい場所がある」
     エントランスを出るとすでに車が停まっていた。運転手に手を挙げて挨拶する虎於を見ると、御堂家の車らしい。
     俺が虎於くんの家から出てくるの変じゃない?と、虎於の耳元に顔を寄せる。吐息が直接耳にかかってくすぐったい。その感覚が、夜を思い出させて背筋に刺激が走る。こんなところで。虎於はその感覚を振り切るように努めていつもの声で、変じゃないだろ、と返した。

     車内に乗り込むと滑らかに走り出す。着いた先は東京湾を望む埠頭。龍之介にしてみれば海に来るのは久しぶりだった。地元にもずっと仕事で帰れていなかった。おどろいてうれしくて目をきらきらさせながら窓の外を見る。
    「龍之介を海に連れていきたかったんだ」
     車から降りる際に、虎於はいたずらが成功したような顔で告げた。

     それにしてもなぜ埠頭?と思っていたら、景色の一部として見ていた目の前のクルーズ船に乗り込むらしい。
    「え!?これに?」
    「これ。御堂家のクルーザーだから心配ない」
     一瞬よぎった懸念も見透かされる。龍之介も虎於もイメージを大事にする仕事をしている。クリスマスシーズンに二人でクルーズディナーとあっては、あまり褒められたものではないだろう。そんな気持ちも全て織り込み済みで手配をしてくれていた虎於の采配がただただありがたかった。

     クルーザーに乗り込むと、船特有のふわふわとした足元の感覚が久しぶりで懐かしい気持ちになった。龍之介が覚えのあるその感覚はもちろん漁船の方だったけれど。
     ひとつの家庭で所有しているクルーザーとは思えないほどの大きさと豪奢な内装。クリスマスに合わせてツリーやオーナメントも随所に飾られていた。関係者を集めたパーティーなどにも使用されているのだろう。たった二人のために用意してくれたなんて、うれしいと恐れ多いがないまぜになる。

     二人は食事とシャンパンを楽しんだ後、夜風を浴びにデッキに出てきた。肌寒いがアルコールで熱った身体にはちょうどいい。埠頭へ目をやると、華やかな夜景が目に眩しい。
     車で連れ出されてから気になっていたことを、虎於に尋ねた。
    「どうして海だったの?」
    「……この間テレビで旅行特集やってた時、あんた沖縄のときだけ熱心に見てただろ。多分海が恋しいんだろうなと思って……でも流石に今すぐ沖縄は難しいと思って。東京の海だったら一緒に行けるだろ」
     言い終わるや否やふい、と視線を逸らした。

     虎於がやりたいことを恐る恐る提案していることに、龍之介は気づいていた。その時だけは、いつも龍之介の顔色を伺っている。今回のも完全に虎於によるプランニングで、龍之介の意思は入っていなかった。虎於なりにどれだけの勇気を出して提案したのだろう。龍之介が喜ぶことの提案。それを考えてくれたという事実だけで胸がいっぱいになった。

    「……虎於くん、こっち向いて」
     ゆっくりと振り向いた虎於は、瞳が濡れていた。アルコールのせいだけではないはずだ。
    「虎於くんが、俺が喜ぶと思って色々考えてくれたことこそがうれしいよ。ありがとう」
     すっかり冷えてしまった手を龍之介が両手で包んだ。

     虎於の瞳がじわりと滲んだ。波間に掻き消されそうな声で、小さくうん、と頷いた。
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