年末のつなとら 時計の短針は2時を指している。朝から深夜まで動き続けた身体をソファに横たえた。
季節の変わり目、特に年末年始は特別編成の番組が多いため、収録も長時間にわたる。今日も朝から雑誌の撮影、インタビュー、アンケートの回答を行い、歌番組の事前収録を終えてようやく解放されたところだった。
ありがたいことに、明日も朝から仕事が入っている。シャワーを浴びて、すぐにでも寝て回復させたいのに、身体が動かない。肉体が疲れているというよりも、目まぐるしく進む芸能界に対する心労といったほうが近い。ソファと一体になったかのようにだらだらと時間だけが過ぎていく。
何か音が欲しいと思ってテレビでも付けようかと目をやると、テレビ横にちょこんと置いてある世界四大文明戦隊ヒストレンジャーの一員であるメソポタミアブルーの小さなフィギュアが目に入った。
虎於これ好きだったでしょ?と、悠が手渡してきたものだ。学校の帰りにゲームセンターに寄った際、ガチャガチャにあったのを見つけたらしい。
その時は悠もガチャガチャなんてやるんだな、と茶化したけれど、本当は心の底から嬉しかったことを思い出す。自分が好きなものが、誰からも否定されずに、好きでいることを許される。大切な思い出だからこそ、心の裡の宝箱にしまっておきたい。本来人が幼少期から感じる当たり前の感情と環境を、虎於はようやく得られるようになっていた。
そうこうしているとテレビ下のレコーダーが点灯し始めた。この時間帯であれば先日収録した深夜の音楽番組の予約だろう。元来真面目な性格の虎於は、自身が出演した番組は全て録画して時間のある時にまとめて振り返っている。どうせこのまま動けないのならと思い、だるい腕を持ち上げ、どうにかリモコンに手を伸ばした。
電源をつけ、目的のチャンネルへとザッピングすると、パーソナリティからインタビューを受ける歌手の姿が映った。疲れもあってか、しばらくは見るでもなく見ていた虎於だったが、ŹOOĻが出てきた時からは重い身体を引きずり起こした。ここの発言はトウマに譲った方が良かっただろうか、これよりはあのエピソードの方が受けが良かっただろうか、などをいつもの癖で考え始める。
歌唱パートも終わり、ŹOOĻの出演出番はこれで全てのはずだ。懸念点はあるものの、ファンに満足してもらえるような立ち振る舞いだったことに安堵する。
番組は、次第にパーソナリティと出演者の出番の繋ぎである映像企画へと移っていった。年末ということもあり、「記憶に残る名場面集TOP10」という企画らしい。
生放送時のトラブル、世界的ミュージシャンの出演、アーティスト同士の伝説的なコラボレーションなど様々な映像が流れる。どれもこれも、この一年SNSで話題になっていたことが思い起こされる。
そんな中で一際身に覚えのある映像が流れた。
グレーとダークピンクが散りばめられたオーシャンブルーのペンライトの海。スポットライトとペンライトに負けず劣らず一層輝くひとりのアイドル。
ŹOOĻがTRIGGERを陥れたことにより、新曲を一人で歌うことになった十龍之介の映像だった。
『3人で歌うはずだった新曲だけど、一人で歌い切る十さんがとってもかっこよかったです!』
『みんなが十のペンライトで応援してるのを見たら涙が出た』
『あの時のTRIGGERはいろいろあったけど、あの場で一人で歌う覚悟は本当にすごい』
『TRIGGERのファンだからこそ見ていられなかったけど、龍之介の姿を見届けられてよかった』
この映像に票を入れたファンの意見が次々に流れる。泣きながら答えるファンの姿もあった。
罪悪感と共に、喉の奥がつんと熱くなる。脳裏に浮かぶのは、アウェーの中で出演したレッドヒルフェスティバル。
あの時、この十龍之介のように一人で歌えるだろうか。メンバーがいなくてもステージに立つ覚悟が決められるだろうか。もしあの龍之介が自分だったら。
詮無いことを考えては、喉の奥から込み上げてくるものがある。
あの時、紛れもなくあんたはヒーローだったんだな。
本人に伝えることはないだろう。それでも、この胸中を抱えてきっとずっと生きていく。
あのスポットライトの先の姿に、追いつくことを信じて。
明日の仕事もまた、誠心誠意尽くそうと決めて、テレビを消した。