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    てぃるぱちょ

    @shiromofu

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    てぃるぱちょ

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    シュガシモ。新刊小説より後の時間軸。ちゅーのあじ。シュガーらしくないワードチョイスのとこはシモンくん仕込み。

    ##シュガシモ

    🍬4️⃣ 木枯らしがひんやりと肌を撫でる。数日前までの夕方の生ぬるさが嘘のようだった。
     見上げればうろこ雲が黄昏に輝いている。

    「何してんだ?」

     待機車の前でぼうっと立っていると、背後から声をかけられた。振り返れば大きな紙袋を抱えたシモンがいる。

    「あなたを待って空を見てた」

     そう返事をして彼へ手を伸ばす。荷物を代わりに持とうとしたのだが、うまく伝わらなかったらしい。彼は紙袋の中からお菓子を取り出し、僕に渡した。
     近くの洋菓子屋のロゴが入ったオレンジ色と紫色の包み。破ってみれば、ナッツとマシュマロのクランチチョコレートが現れた。
    「甘いモンばっかりもらっちまった。シャドウテイルで配る」
     紙袋の中身はすべてお菓子なのかもしれない。シモンは仕事として部下と商店を回ったはずだが、畏怖を込めて丁寧なもてなしをされたようだ。

     チョコレートを持ったまま、歩いてくるシモンのために車の後部ドアを開けた。彼が乗り込むのを見てから自分も乗車する。
     言わずとも察する運転手が、静かに車を発進させた。
     シモンがくゆらせる煙草の匂いを嗅ぎながら前を見ていた。手の中でじんわりとチョコレートが柔らかくなっていくのも感じる。
     あと数秒もしたら「食べないのか」と聞かれる気がして、タイミングを逃したままのそれをようやく口に運んだ。
     ――甘くねっとりとした味を咀嚼する。
     加熱されたマシュマロが思ったより歯にまとわりつく。噛むのもほどほどに食べ切って、違和感のある歯の裏を舌先で舐めた。

    「美味かったか?」

     よそを見ていたはずのシモンが、いつの間にかこちらを見ていた。
     僕はいつものように、質問に対する正答を選びあぐねて黙ってしまう。――ただ、こういうときどうするべきかは知っている。

    「わからない」

     黙るくらいならそう答えるようにと命じられて久しい。
     シモンは呆れたように紫煙を吐き、そして僕のジャケットの襟を掴んだ。乱暴に引き寄せられ、唇が重なる。

    「……甘ぇ。まあ、美味い部類だろ、これは」

     長いキスが終わって、彼は独り言のように言った。
     シモンがそう言うのなら、普段食べるチョコレートと違いがあるような気もする。残る余韻を探したが、シモンのキスはいつも苦くて、口の中の味はたやすく塗り替えられていた。


    「もう暗いな」

     彼は窓の外を見ていた。空模様の話をしているのだろう。空は夕焼けから真っ暗な夜闇に様変わりしている。明るいうちは目立たなかった街のネオンが今では主役だ。ギラギラとした繁華街の様子が窓枠の中で次々と流れ去る。

     そのうちに車が停まり、運転手が到着を伝えていた。

    「おまえも来い」

     指示に従って車を降りた。シモンの後ろについて煌びやかな扉をくぐる。――キャバレー・シャドウテイルはシモンが持つ店のひとつだ。たまに顔を出すと、店の女たちは黄色い声をあげてシモンを囲む。ほら、あの通りに。
     僕は離れた場所で群れとその中心にいるシモンを眺めた。開店前でほぼ全員がそこに集まっている。派手な爪をした指が嬉しそうに菓子を受け取っているが、それらの手が本当に求めているものが甘味ではないことくらい僕にもわかる。
     店の奥から店長がやってくるのが見えた。「菓子を配りに来ただけからすぐに帰る」というシモンに、「ちょうど話したいことがあった」と切り返している。嫌な予感がした。

    「じゃ、俺は店長と話すから、おまえらはシュガーの相手でもしてやってくれ」

     遠巻きに聞こえたやりとりに、僕は内心で「ああ」と思う。車で待機するように言って欲しかった。
     肉食獣の視線が一斉に僕に向く。彼女たちはきっと思っている――彼のペットを懐かせれば株が上がる、とでも。実際に過去に店の女に言われたことがある。その女はとうに辞めていないが。

    「シュガーくん、こっちにおいでよ」

     何度か会ったことがある女(ひと)が僕を呼んだ。彼の部下の命令も聞くように言われているから、仕方なくソファへと進む。うながされるがまま座ると、あっという間に両隣や周囲の席が埋まる。テーブルにシモンがキープしているボトルが置かれた。手早く炭酸水割りのグラスが作られ、手渡される。飲めというプレッシャー。酔わせて口を軽くしたいのだろう。僕は受け取ったグラスを両手で持ったまま膝の上で固定する。

    「今日もオーナーとお仕事してたの?」
    「最近寒くなってきたよね」
    「最近はどう?」

     他愛のない声掛けに無言を返し続けるが、接客に慣れている彼女たちは驚くほどめげない。
     数分、数十分が永遠のように感じられて、早くシモンが戻ってこないかとバックヤードと繋がる扉ばかり見ていた。

     手の中のグラスは、氷が溶けてなくなりつつある。どれほど話題が移り変わったのかもうわからない。仕舞いには僕のことなど放って女たちで盛り上がりはじめていた。もちろん話題はシモンのことだ。店の稼ぎの要であろう華やかな女ほど――否、シモンを求めてやまない女ほど店の要になるような華のある女になって――シモンに詳しい。ある特定の分野において。主役の女の話に、取り巻きの女たちは興味津々で聴き入っている。

    「彼、とっても優しいのよ。普段からは考えられないくらい」

     それを知っていることが何よりも誇らしいことのように女は話す。
     何度かこの店に寄り、家で出くわした物事から知ったが、キャバレーの売上に特別に貢献することはシモンと一夜を過ごす切符を得ることらしい。その切符が、彼女たちがお菓子より求めてやまない褒美なのだ。
     シモンは確かに美しく強いオスだから、メスである彼女たちが焦がれるのも理解できる気がする。――気がするだけだ。わからない。繁殖したいのとは違うようだし、娯楽としてのセックスがしたいだけなら回りくどいことをせずに頼めば済む話じゃないのだろうか。ああやって遠巻きに権利を求め、思い出を語る理由がさっぱりわからない。
     そもそも、さっきからシモンの話をするたびにチラチラと僕の顔を見るのも不可解だった。

    「……みんなはシモンが好きなの?」

     なんとなくそう発した途端、周囲の音が消えたかと思った。とんと全員が黙ってしまったのだ。
     さきほどまであんなに賑やかだったのに、なにかまずいことを言ったのかと不安になる。
     女たちが周りと目でやりとりしていた。そしてようやく、隣に座る女が「そ、」と声を絞り出していた。妙に声が震えていて、どうにも大きくなってしまいそうな音量を無理に絞っているかのようだった。

    「それって……やきもち?」

     一人が喋った途端、堰を切ったように全員がいっぺんに喋り出し、音量に思わず首をすくめた。

    「シュガーくんから喋るの初めてじゃない?」
    「気になってるのそこなんだっ? やっぱりそういうかんじ?」
    「片想い? もしかしてもうっ……!?」
    「きゃ〜〜〜〜!!」

     浴びるような勢いで話しかけられて目眩がした。かけられた言葉の一つも処理できずにうつむき、握るグラスの水面を覗く。

    「ちょっと、また殻にこもっちゃったじゃん」
    「怖がらないでえ」

     撫でるように肩を触られた。隣に座る一際華々しい女は、僕の顔を覗き込むようにして艶っぽく目を細める。

    「玉の輿を狙わない女なんていないけどね、ここにいるみんな、彼に憧れてるだけ。キミが言うような"好き"とは違うわよ。――それに、心配しなくていいと思うわ。だってね……」

     そう言葉を続ける彼女は、どこか諦めたように微笑んでいた。


       ■ ■ ■


    『だってね、オーナーのキスの味を知ってるコはこの店にひとりもいないのよ』

     帰りの車内はほんのりと酒臭かった。僕は結局一口も飲まなかったが、シモンは店長と話しながら飲んだらしい。
     相談事というのも大したことなかったようで、ほろ酔いで上機嫌の彼は意味もなく僕の髪留めを取り去ると、オールバックの前髪をほぐすように頭をくしゃくしゃに撫でた。

    「伸びたな。切るか、髪?」
    「あなたがそう望むなら」
    「便利だよなぁ、その返事」

     すくいあげた髪に口つけて、彼は上目遣いに僕の目を覗く。隻眼の瞳が求めるものを察し、僕からキスをした。薄く開いた唇へ舌を差し込めば素直に受け入れられる。
     彼が受け身のとき、どう動けば一番喜ばせられるか考えはするのだが、ざらついた舌と舌が触れると痺れるような快感が流れ込んできて、気がつくと夢中になって彼を貪ってしまう。やり場のない手がシモンの腕を掴んでいた。手のひらからにじむ汗をスーツの生地が吸っていく。シワになってしまうと思いながら離れられない。

     は、と口呼吸を思い出したとき。ずくずくと痛む下肢に彼の手が伸びていた。

     到着を告げるブレーキと同時にシモンがドアを開け、僕の腕を掴む。
     反対側のドアを開けるのも待ちきれない様子で引っ張り出され、僕らの家へ連れられていく。

    「クチん中、まだ甘かったな」

     僕は相変わらず苦い。
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