鳥串と大和のバレンタイン準備号 時姦、魔物の苗床、モブレなどから救出された者は《ちんぽ依存》の後遺症が残ることがある。
郊外にある青い屋根の一軒家は、ちんぽ依存症の男が集まるシェアハウスだ。彼らは普通の生活に戻るべく、ちんぽへの欲求をこらえて共同生活を営む。――のだが、現実はそう上手く運ばない。一度でも快楽堕ちを味わった者は狙われやすくなる。何に。エロシチュに。そういう運命なのだ。
彼らがシェアハウスに集まる一番の理由は、自衛だった。
「それでは、緊急集会を始めます。明後日に控えたバレンタインについてです」
広々としたリビングに主要な住人が集まっている。
ソファやカウンターテーブルの椅子に座る面々へ、立って話しかけているのは大和(やまと)だ。
「二月は食べ物関係のトラブルが多いので、改めて注意喚起します。まず、テーブルやキッチンの見知らぬチョコを勝手に食べないこと」
「食べたらどうなるんだ?」
「だいたい媚薬入りなので大変なことになります」
しっかり者で依存症克服への意志が強い大和は皆に頼られており、自然とリーダー役を担っている。
清潔感のある黒髪に、鍛えられた肉体。爽やかな好青年然とした人気ヒーロー(休職中)である彼は厄介なファンに絡まれることも多く、ちんぽの誘惑から逃げきれずに苦労していた。バレンタインのようなイベントデーでは特別気を揉むらしい。
「普段食べない銘柄のチョコや、人からもらったチョコを外で食べるのも良くない。私は毎年これで困ったことになる」
ソファに座る鈴木がそう付け足して、カップの紅茶を飲んだ。彼は世間知らずでお人好しなエルフだ。異世界で聖騎士を務めていたところオークに敗北し、なぜか現代に飛ばされて救助された。白い肌と長い耳、しなやかで美しい風貌には現代の服が妙に似合わない。元々着ていた鎧は部屋で大事に飾られたままだ。元の世界に戻る方法もわからず、仮の名前で暮らしている。
「自分で作ったやつは?」
カウンターテーブルで漫画を読んでいた明(あ)くるが会話に割って入った。最年少かつやんちゃな性格の彼は、シェアハウスの皆から弟のようにかわいがられている。お気に入りの甚平スタイルが幼さを際立たせていた。
「変な材料を使ってなければ……。でも時間を停止して細工してくる敵もいるのでオススメはしません。どうしてもバレンタインがしたいなら、お花とかどうでしょうか?」
大和の受け応えは丁寧だ。友人の気持ちを尊重しようとしている。明くるには離れて暮らす弟がおり、季節ごとの文通だけが二人を繋げていることを知っているからだ。
その弟は明くるがシェアハウスに来るきっかけを作った存在であり《攻めの療養所(サナトリウム)》にいる。
「ま、とにかくチョコと……いや、甘いモンと関わらなきゃいい。アメとかも止めとけ。俺は去年これにやられた」
鈴木の隣に座るトリクシーがため息を吐く。褐色肌で黒髪と赤い瞳の彼は甘いものが嫌いな一匹狼で、バレンタインと無縁な男だ。だというのに、面倒見が良いせいでなにかしらのトラブルに巻き込まれている。秘密にしているが、彼は元悪党(ヴィラン)だった負い目があり他者を突き放せないのだ。
「バレンタインでも安全なのは、ラーメンか牛丼です。寿司、ステーキも可。というわけで、緊急集会は以上です。みなさんどうかご無事で」
大和がそう締めくくり、朝の緊急集会は終わった。
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「……で、朝に注意喚起したそばから何してんだよ」
午後、シェアハウスは皆が用事で出払って静かだった。自分しかいないと思っていたトリクシーは、水を求めてキッチンに繋がるリビングを訪れて驚く。
大和がぐったりしながらソファに横たわっていた。潤んだ紺色の瞳が、気だるげにこちらを見上げる。
「まさか今年は食器洗剤に仕込んでくるとは思わないじゃないですか」
カウンターキッチンで二人分の水をコップに注ぎながら、どういうことだと話を聞く。
当番で昼食の片付けを終えたあたりから体調がおかしくなったらしい。心当たりといえば、見慣れないメーカーの食器洗剤を新しく開封して使ったことだとか。
シンク横に置かれた現物を試しに手に取ってみたが、確かに見かけないデザインのボトルだった。鼻に近付けてみるとチョコの匂いがする。
「なんでもアリすぎるだろ……」
大和もトリクシーも、どれだけ気を付けても変な目に遭う。まるで運命付けられているかのように。できすぎたエロハプニングにあらがい続ける人生だ。
同情しながら水の入ったコップを差し出すと、大和はゆっくりとした動作で身体を起こし、それを受け取った。冷たい水が心地良いのか、半分ほど飲んでほっと息を吐いている。
「匂いを嗅ぎ続けたからなのか、泡立てたのを素手で触っていたからなのか、身体が熱っぽくて……。少し休めばおさまると思ったんですが、ぜんぜんなんですよね」
「部屋で休むか?」
「それ誘ってくれてます?」
「バカ言うな。一人で歩けるか聞いてるんだ」
「無理そうです……」
素直に助けを求める目を向けられ、面倒に思いながらも肩を貸すことにした。
いつもよりも体温が高い大和を立たせ、彼の部屋がある二階を目指して階段に向かう。
それにしても。
「重い。痩せろ」
「筋肉ですう」
一歩進むたび、一段階段を上がるたび、かかる体重で腰が軋む。同じ身長だというのに。
「どっちにしろ痩せろ。じゃないと――」
やっとの思いで大和の部屋に入れば、薄々そんな気はしていたがベッドに押し倒された。赤らんだ顔をした大和の目は据わっている。
「――じゃないと力でおまえに勝てねえからだよバカ! 正気に戻れッ」
厚い胸板を押し返そうとするがビクともしない。
ぎしりとベットが軋んだ。
「はぁっ、はぁっ……! トリクシーさん……ちょっと、ちょっとだけ、舐めたら落ち着くと思うので」
「絶対ムリだろ。いつもの優等生はどうした。落ち着くまで寝てろ!」
自分はともかく、大和は一生懸命に禁欲日数を更新し続けている。こうもあっさり記録を終わらせていいのか疑問だ。
「……た、タダとは言わないですから」
大和が腰ベルトを緩めてズボンの前を開けた。ゆるく勃ち上がった巨根が鼻先に差し出されれば、どくんと心臓が高鳴る。
情けない説得を並べる大和の声がするが、目の前の性器から目を離せない。彼の禁欲を尊重していたから、オモチャや並のモブでは比べものにならないそれとはご無沙汰だった。喉が鳴る。身体中の血が熱く沸くのを感じ、目先のこと以外どうでもよくなってしまう。
「……フ、明日からまたがんばればいい」
「トリクシーさんって、手のひら返すときは早いですよね」
「大和ほど真面目じゃねぇからな。おまえがいいならいい」
トリクシー自身は禁欲しようがしまいがどちらでも良かった。元々享楽的な性格をしているし、不老不死だし。
おあずけだったものを与えてくれるというのなら、大和を抱くのもやぶさかではない。
そもそもトリクシーは、大和に対して「ヒーローに戻りたいなら耐えろ」と強く言わない。なんだかんだ、甘やかしてしまう。
なぜなら彼が彼の天職に戻ったところで幸せになれるとは思っていないからだ。いくら人を救っても、大和自身は傷付くだけの仕事だ。実際、そうだったから今こうなっている。
この人の良い男がタダ同然で消費され、使い潰されるのが気に入らない。
(どこにいても結局危ない目に遭うなら、おまえは……ここにいるほうが安全だろ)
こういうときの翌朝の大和は、決まってトリクシーを責めない。静かにひどく落ち込む。それに胸が痛まないわけではないが、反省しようとは思わない。自分さえ居ればフォローできるし、守ってやれる。甘やかしてやるほうが彼の苦しみは少ないはずだ。そんなふうに考えてしまう。