【モ椒】たとえばのはなし「もし、俺が飛霄様の暗殺に成功したら、お前はどうする」
なんてことのない。いつも通り夕食を済ませ、後片付けに食器を洗うモゼの、すっかり広くなった背をぼんやりと眺めて茶をすすっていた。そんな、食後のひとときのこと。
穏やかな空気が漂う部屋に似つかわしくもない不穏な単語に薄く目を見張れば、きゅっと蛇口をひねったモゼがこちらを振り返った。
「それは、君が将軍を手にかけたら、と。そういう話ですか?」
「そうだ」
頷きながら向かいに腰を下ろした男に、手元にある湯呑を包み持つ。
彼の言う『もしも』は、正直想像しがたいものがあった。
彼女がモゼを連れ帰ってから、もう随分になる。幼かった子供は、文字通りすくすくと育ち、今では3人で並べばひとりだけひょっこりと頭が出るくらいだ。育った身体に見合った筋力も身に着け、日々鍛錬を怠ることはない。
将軍の影護衛という務めだって大なり小なり怪我は絶えないにしろ、立派に務めていると思う。
されど、それでも。どうしたって彼の持つ刃が、飛霄の身を貫く未来は、考え難いものであった。
そうですね。そう、前置きのように言って、一度間を取る。口よりもよほど雄弁な眼差しを肌に受けながら茶を啜れば、存外喉が渇いていたのか。含んだ茶が殊の外臓腑に染みた。
「その暁には、僕が君を殺してあげましょう」
そうして最期に、僕は自ら命を絶ちます。二人の患者を救えなかった医士には相応しい末路だと思いませんか。言いながら、実にくだらない話だと自嘲する。
「……できもしないことを」
「えぇ、ですから『もしも』の話です」
珍しく渋面を見せて苦々しく吐き捨てる男に、肩を竦める。
そう。『もしも』の話だ。そうして、きっとそんな未来は訪れることはないのだと、互いに不確かな確信を持っている。
いくつもの傷を刻んだ手が湯気のたつ湯呑をさらう。口に含んだ茶の熱さに目を張るモゼの姿にたまらず腹を抱えて。いかにも末っ子らしい顔をする男にちょうどいいからと、冷蔵庫に作り置いた杏仁豆腐の存在を知らせてやった。