水兵⚓️くんの夢ボクがいた家には男の子がいた。ボクと同じやんちゃな男の子。
その子が、目指したのは水兵。
いつか必ず海に出るんだと話していた。
「水兵さんってかっこいいんだ。」
「敬礼はこうっ」
「海は大きくて、きっとどんな悩みもちっぽけに思えちゃう。どんなかなしいことも…全部、全部。」
ボクのトモダチはいつもベッドの上で話をしていた。
ベッドの上でトモダチが喋ればたちまちそこは海の上みたいになる。
ボクらは、いつも想像の中の海を漂っていた。
「君も一緒に、ゴホッゴホッ……海に行こうよ。ゴホッ」
ボクのトモダチはいつしかたくさんの管で繋がれるようになった。
まるで操り人形みたい。
これじゃ、どっちが人形かわからないね。
「僕は海に出たい…広い広い海の上で…君とっ…」
ボクのトモダチは泣き虫になった。
度々、僕を置いて部屋から出ていくようにもなった。
たった一人真っ白な部屋に置いていかれるのはあまりにも退屈で部屋の中でボクはトモダチが話す海の想像をしていた。
-海は遠くで見ると、真っ青なんだ。でも、あんまりにもきれいな色だからと、手で掬ってみてもそれは色を持たない。不思議だよね。
-海でずっと泳ぐことなんて魚にでも、ならないと無理だよ。でもね船なら遠くへ行ける。何処までも、何処までも行ける。
-僕らが船に乗ると、カモメが挨拶しにやって来るんだ。でも、ただの挨拶じゃなくて食べ物をよこせ、って言いに来る。僕らは優しいからほんのちょっとだけ分けてあげるんだ。
-やがて陸にあるものが全部見えなくなる。完全に僕らと一緒に夢を見て船に乗り込んだ男たちだけ。意地悪な奴らがいてもへっちゃらだよ、僕らの方が強いから。
全部全部トモダチの言った物語だ。何度も何度も聞かされたストーリー。
「じゃあ、どうしろって言うのよっ」
一気に現実に引き戻されたのは、部屋のすぐ外から聞こえてくるトモダチのオカアサンの叫び声だった。
「もう打つ手は無いって…あの子は水兵になりたがっていたのよ。どうして、どうしてそんなことを言えるのあの子はいい子なの。」
「母さん。」
「…ごめんなさい。」
「いいんだ。僕全部知ってる。」
トモダチの声がする。
ひどくかすれた声だ。そういえば昨日も夜中中咳き込んでいたっけ…時々血を吐いていたのだって知っている。
「…ごめんね…僕は…君より先に…一人で…海に出てしまうかもしれなゴホッゴホッ…」
その日の夜、トモダチはひどい熱に浮かされているかと思えば朝方には冷たくなっていた。
ボクはどうにか、友達を起こそうと必死になっていたから自分の体が自由に動いていることにしばらく気が付かなかった…
「ネェ、アソボーヨ。」
「アソボーヨ、ネェネエッ」
自分から声が出ていることにも気づかなかった。
声が出てもトモダチにはもう届かないのだけれど。
「…ユルサナイ。」
僕と一緒に行くって、言ったじゃないか…。