君は旅をするどうしても、どうしても口説けない人がいた。
その人は、いつも明るくてまるで病気なんてないような顔で診察室に入ってくる。
「せんせっ、今度沖縄に行くんだ」
「駄目だよ。」
その人は、僕の制止をなかなか受け止めてはくれない。
「今度こそ、治療を受けてもらう。」
「治療なら受けてるよ。」
「欠かさず処方薬は正しく飲んでるし、おかげで検査の結果も現状維持を続けてる。」
「だから、そうじゃなくて「いやだよ。」…」
「沖縄に行ってから。世界を見てから。どうせ私には私しかいないんだから。そんな私もそのうちいなくなるんだから。今、見に行くの。世界を。」
すぐにどうこうなる病気じゃない。ただ、彼女の病は確実にその小さな体を蝕んでいく。
「入院するといつ外に出られるかわからないでしょだから、今なの。それに体にメスを入れれば入れた箇所を意識して生きていくことになるでしょ私はきれいな体で行きたいの。」
元気でこんなふうに先生に反応できている今がいいの。
そんで、私はちゃんと生きていたんだって死んでしまったら行く場所で出会った人に言って回るの。
僕の患者は、そう言ってまるでメルヘンなお話をするような口ぶりで言う。
「オーケー、君の物語はいつも素敵で聞き入ってしまうから他の患者からクレームが来るんだ。君の考えはよく分かった。次の診察まで待とう。ただし沖縄旅行の後必ずここに寄るんだよ。」
「わかってるよ、せんせ。」
きっと君は、旅をするんだ。
本当の旅なのか、本当に見せかけた旅なのか分からないけれど。
それで、楽しい旅の話をする。もっともっと世界が見たいと。
それで、君のする話が終わる頃には僕には秘密の旅に出るのだろう。