【飯P】小石の環に星落ちる時 数日前までは心地よかった夜風に、やや寒さを感じるようになってきた。荒野の地面は夏の湿り気を失いつつあり、砂埃が容赦なく舞い上がる。草の匂いも、いくぶん渇いてきていた。
悟飯は空を見上げて、欠伸をかみ殺した。パオズ山の自宅からも星はよく見えたが、ここから見る星空は更に明るい。
「あ、流れ星だ!」
焚き火に木の枝をくべながら、ピッコロもつられたように夜空に目を上げる。途端、また一つ星が流れた。悟飯は燥いで、ピッコロに笑いかける。
「見えました? 流れ星!」
「ああ」
素っ気ないピッコロの返答にも、この数ヵ月ですっかり慣れた。何も、怒っていたり、機嫌が悪いわけではない。
悟飯は立ち上がり、小石を拾いはじめる。ピッコロの膝の下から丸い小石を拾い上げると、静かな声が降ってくる。
「何をしている」
「おじいちゃんに聞いたんです、おまじない……」
じっと見つめられていることも気にせぬ様子で、悟飯は拾った小石を円い形に並べた。ピッコロの片足で踏み込むこともできない程の、小さな円形だ。再び焚き火の側に座り込んで、悟飯は小石の環を振り返った。
「こうして目印をつくると、流れ星がここに落ちてきてくれるって。願い事を叶えてくれます」
「……何か願う事があるのか?」
「大人になってもピッコロさんと一緒に過ごせますようにって! ピッコロさんは、お願い事、ありますか?」
「星が願い事など聞くものか」
ピッコロは答えたものの、悟飯の隣に拵えられた小石の環は、視界の中でやけに浮き上がってくる。揺れる灯影が、渇いた地面に小石の影を落としていた。
あれから二十年ほど経つだろうか。悟飯に連れ出されて、ピッコロは夜の荒野を歩いていた。今夜は、流星群が見られるらしい。あの時と同じ、秋を目前にした過ごしやすい夜だ。
「覚えてますか? ピッコロさん。流れ星のおまじない」
「言っていたな……石を積むとか」
無邪気な笑顔でかぶりを振る悟飯は、子供の頃と少しも変わらない。
「積むのは賽の河原ですよ。小石を円く並べるんです、やりましょうよ」
ピッコロの返事を待たず、悟飯は座り込んで、足元の小石を拾いはじめる。ちらと目を遣ると、ピッコロは黙して荒野を見渡していた。やはり昔と同じく、流れ星へ願い事など、する気にならないのだろう。声に出さず笑って、悟飯は片手で握れるほどの量の小石を拾い集めた。
「あの高台の上に行きましょう、星空に近い方が、願い事が届く気がするから」
「高台? ……どこでも一緒だろう、わざわざ上らずとも。そこに並べたらどうだ」
「まぁまぁ、折角だから……良いでしょう?」
渋るピッコロの手を引いて、悟飯は地面を蹴る。この荒野にいくつも存在する高台の内の一つ……よく休むのに使っていた高台は、もっと東の水場の近くだった。動物も殆どいない荒野のこと、懐かしいあの高台には、子供の頃に並べた小石の環がまだ残っているかもしれない。
「あ、流れ星が見えた! 早く並べないと」
「いいだろう、石など……空だけ見ていろ」
「だめだめ、大事な願い事だから」
高台へ立った悟飯が、慌てて地面を見回す。平らで、雑草に紛れてしまわず、小石を円く並べられる場所……ふと、気付く。既に、小石が円く並べて置いてある。
「あれ……よく休んでたの、ここでしたっけ?」
「……」
「僕が昔、並べた石かな……水場の側の高台だった気がするけど」
「……あれは、おれが置いた。お前に聞いた日に」
驚いて振り仰ぐと、ピッコロはきまり悪そうに目をそらしている。
「え、星は願い事なんか叶えないって」
「そういうものに縋りたいくらい、お前の無事を願いたかったんだ」
悟飯は言葉を失い、まじまじとピッコロを見つめた。不機嫌そうに眉根を寄せているが、これは恥じらっている時の面差しだと、悟飯は知っている。
やがて来るサイヤ人たちに備えていたあの時、言葉は素っ気なくとも、似合わぬ「おまじない」などするほど、自分の無事を願っていてくれた……。そしてその願いは、ピッコロ自身によって、確かに叶えられた。それだけではない。悟飯の「大人になっても一緒に過ごしたい」という願いも、まさに今、叶えられている。
「……ピッコロさんが、願いを叶えてくれる星だったんですね」
「なんだそれは……ほら、並べるならさっさとしろ」
「一緒に並べましょう。それで、一緒に願いましょう」
悟飯が差し出したいくつかの小石を、ほんの一瞬の逡巡の後に、ピッコロも受け取った。
秋の大気は美しく澄み、星は浚えば掬えそうなほど無数に輝いている。共に並べた小石の環に、きっと流れ星が落ちるだろう。これからも共にありたいという願いを、再び叶えるために。