契約の裏側璃月の市場は朝から賑わっていた。鍾離はいつものように落ち着いた足取りで通りを歩き、手には古びた書物を抱えていた。彼の目は、遠くの山々を眺めるように穏やかで、まるでこの世界の全てを既に見透かしているかのようだった。
その静寂を破るように、背後から聞き慣れた声が響いた。「やあ、鍾離先生！またお宝でも探してるのかい？」
タルタリヤだった。彼は両手に大きな袋を抱え、まるで子供のようにはしゃいでいた。袋の中からは、魚の尾ひれや果物の鮮やかな色が覗いている。
鍾離は振り返り、静かに眉を上げた。「おや、珍しく買い物かね？スネージナヤの執行官が市場で魚を買うとは、璃月の風土に馴染んできたようだ。」
「ははっ、侮らないでくれよ。これは戦いの準備さ。美味しい料理で腹を満たさないと、強敵と戦う力が湧かないからね。」タルタリヤはウインクしながら袋を肩に担ぎ直した。「それでさ、鍾離先生。ちょっとした取引を提案したいんだけど、どう？」
鍾離は目を細め、タルタリヤの意図を探るように見つめた。「取引か。お前の言う取引は、大抵が戦いか策略に結びつくものだが…今回は何だ？」
タルタリヤはニヤリと笑い、袋から大きな魚を取り出した。「シンプルだよ。この魚を賭けて、俺と勝負しない？勝ったら、鍾離さんがこの魚を料理して俺にご馳走してくれる。負けたら、俺が何か一つ、あんたの頼みを聞いてあげる。どうだい、公平な契約だろ？」
鍾離は一瞬黙り、魚を見つめた。璃月の市場で獲れた新鮮な魚は確かに魅力的だったが、彼にとって戦いは無意味なものだった。しかし、タルタリヤの純粋な熱意には、どこか心を動かされるものがあった。
「勝負は必要ない、公子殿。だが、魚を分けてくれるなら、俺が料理を振る舞おう。お前の提案する『契約』は、今回は友情の形に変えさせてもらう。」鍾離の声は穏やかだが、どこか譲れない意志を感じさせた。
タルタリヤは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑顔を広げた。「おお、さすが鍾離先生！その言葉、しっかり受け取ったよ。じゃあ、今夜は俺のために璃月風の魚料理を頼むね！」
その夜、二人は小さな炉辺に座り、鍾離が丁寧に調理した魚を味わった。タルタリヤは一口ごとに感嘆の声を上げ、鍾離は静かに微笑みながら彼を見守った。戦いの代わりに交わされた友情は、二人にとって新たな契約の形となった。