祝いの言葉は一番目に アジトの一室が色とりどりのバルーンや紙の輪飾りで装飾され、大きく【Happy birthday】と書かれたフラッグガーランドが中心に飾られる。そこには今日の主役である暁人の名前も添えられていた。
「準備完了ね、あとは主役を待つだけ」
飾りつけ担当の麻里と絵梨佳にお疲れさま、とジュースの入ったコップを差し出しながら、凛子は満足気な笑みを浮かべた。せっかくならサプライズでパーティーを開こうと、一週間ほど前から皆で密かに準備を進めていたがこうして無事開催することが出来る。エドが届いたオードブルを受け取り、デイルが大量に揚げたコロッケと一緒にテーブルに広げられた。
「そろそろ帰ってくるかな、暁人さん」
「そのはずだけど……ちゃんと伝えたわよね、KK?」
「あ? …………あ」
KKは先程まで一緒にいた暁人に「報告ならオレがするから、今日は帰っていいぞ」と言ったばかりなのである。その一言に、まさか……と皆が顔を合わせた。
「私、お兄ちゃんに連絡してみますね」
「いや、オレが行ってくる」
そう言うとKKは足早に玄関へと向かい、スマートフォンを片手にアジトを出ていく。やれやれ、と凛子がため息をつき、麻里達は笑い合った。
「こういう時に限って既読がつかねぇ……」
暁人には「悪い、用があるからアジトに寄ってくれ」と誕生日パーティーには触れずにメッセージを送ったが、いつもなら爆速でつく既読のマークがつかない。
まだ自宅に帰っていないと推測したKKは思い当たる場所に向かっていくが、どこにも暁人の姿はなかった。徐々に焦り始めながらある路地裏の前を通りかかると、微かに暁人の気配を感じ取り、足を止める。そこに混じった穢れの気配に気づき、KKの表情が僅かに曇った。
「……いや、まさかな……」
帰り際に不意をつかれて襲われたかもしれない、そんな嫌な予感が脳裏を過ぎる。だが周囲に戦闘の痕跡もなければ、強い穢れの気配も感じない。だが、もしかすると……と路地裏へ足を踏み入れようとした、その時。
「あれ? KKだ」
探し人である暁人の声が、背後から聞こえた。
「あ? ……オマエ、なんで」
「いやそれ、こっちのセリフなんだけど……でもちょうど良かった、手伝ってくれる?」
KKが暁人の手元に視線を向けると、中身がパンパンになっているビニール袋を両手いっぱいに持っていた。
「なんだ、それ」
「あぁ、これ? 帰りに買い物して帰ろうかなぁと思っていたらさ、行きつけのお店ですごくタイミング良くタイムセールが連続しちゃって……つい買いすぎちゃったんだよね」
「タイムセールだぁ……?」
どうりでメッセージに既読がつかない訳だと、KKが納得した表情をする。
「この路地裏で、何かあったワケじゃないんだな?」
「路地裏? あー……さっきそれっぽいものが居たんだけど、タイムセールに夢中で、札でちょちょいと」
「札で、ちょちょい?」
思わぬ所で相棒の成長を知ったKKは、つい吹き出した。知らぬ間に更に頼もしい存在になったと、どこか誇らしげな気持ちで暁人の手から荷物を受け取り、歩き出した。
「随分とまぁ……頼もしくなったな、オマエは」
「ひょっとして……僕のこと、心配してくれてたんだ?」
「あ? 当たり前だろ」
てっきり否定されるかと思っていた暁人は少し驚いた表情を見せつつも、笑みを零した。
「ほら、早く帰るぞ。アイツらが待ってる」
「あれ、もしかして打ち合わせ?」
「……オマエの、お祝いだよ」
「……えっ、それって……」
「あー……内緒にしとけって言われたのに言っちまったじゃねぇか、今のは聞かなかったことにしろ」
「ははっ、なんだよそれ」
「……オレが一番に祝いたかったんだよ、ったく」
相棒だからな、と微かに呟いた一言を暁人は聞き逃さなかった。
「誕生日おめっとうさん、暁人」
そっと渡されたラーメン大盛り無料券に思わず吹き出す。
「誕生日プレゼント、これ?」
「とりあえず、な」
歩き出した相棒の背中を眺めて、暁人は胸がいっぱいになった。
「ラーメン、明日付き合ってよ」
仕方ねぇな、と相棒は少し嬉しそうに笑った。
大荷物を抱えてアジトに到着するなり、二人まとめてクラッカーで盛大にお祝いされ、少し演技じみた反応をする暁人を見て「秘密だって言っただろう」と凛子がKKを軽く睨む。当の本人は知らん顔をしていたが、誰よりも先に相棒へ祝いの言葉を伝えたことに内心小躍りしていた……のかもしれない。
その後開かれたパーティーで盛大にお祝いされ、それぞれから渡されたプレゼントは後ほどまとめて家に届けてもらうことになり、暁人は酒の勢いもあってか少し涙ぐんでいた。
そんな楽しい誕生日の夜が明けた、その次の日の夜。約束通り、KKと暁人はいつものラーメン屋で食事をしていた。
「そんなによく食えるな……」
大盛り無料券によって追加された麺が見えなくなるほど、大量の具材が盛られているラーメンは見ているだけで腹がいっぱいになりそうだった。
「だって、麺も具材も大盛りサービスするよって言われたらどっちもするだろ?」
「若さだねぇ……」
普通盛りのラーメンを食べながら、KKは目の前にいる青年がこのまますくすくと成長して欲しいと密かに思った。が、その大盛りのラーメンをぺろりと平らげ追加で餃子も注文した暁人を驚愕した表情で見ながら「そんなに食うと太るぞ」とやや真面目に止めようとするも、そんなのお構い無しにその餃子も平らげた暁人の胃袋はひょっとしたらブラックホールなのでは……と、ふと意識を宇宙へ飛ばしてしまう、KKなのであった。
「みんなからお祝いされるの、嬉しかったなぁ」
「そりゃあ、良かったな」
「来年も一番にお祝いしてよ、相棒なんだから」
「日付が変わった瞬間にメッセージでも送ってやろうか?」
「出来れば直接聞かせてよ、こうやってほぼ毎日顔を合わせるんだし」
「へーへー」
どこか可愛げのある相棒の、生まれた日を願う。