密閉されたヘッドホンの中へ、それは音と音の隙間をすり抜けるように届く。
聞き慣れたそれを追うように、まずはギターをひとまずベッドの上へ、それからヘッドホンを外して首にかけた。
使わねえからやる、と何かが気に食わなかったらしいシバケンが忌々しそうな顔をしながらくれた。何が気に入らなかったのか俺に全然はわからないしどうでもいいけど、実は結構気に入っている。
「いつの間にシャワー浴びたの」
「……え?なんですか?」
はっとした顔で俺の方を向いた犬飼の右手に握られたドライヤーの音が止まる気配はない。
「聞こえないなら止めればいいじゃん」
さっきより少しボリュームを上げて声をかけてみたけどそれでも止まる気配はなくて、ちょっと待ってください、もう終わりますから、と今度は鏡越しにちらりと俺に目線を寄越しただけで、それから1分も経たずに作業を終えた。
「すみませんさっきの、何か用事でしたか?」
「別に。大したことじゃないよ」
「それならいいんですけど……あ、甲斐田くんすぐ入ります?入るなら電気つけておきますけど」
「消していいよ、あとで入る。俺は犬飼と違って違って乾かすの時間がかかるから……邪魔したくないし」
「邪魔?」
なんのことかと不思議そうにしている犬飼の視線を誘導するように、指先を空中に滑らせる。意図に気づいた犬飼は、気にしなくていいですよ、音量上げますし、と言いながら俺の横を通ってソファーにずしりと腰を掛け、肘掛け側に身体を預けてそっとリモコンを手にした。
久しぶりに夜間に時間が取れて撮り溜めた番組を消化出来そうだと2週間も前から嬉しそうにしていたのは知っていた。知っていたけどでも、だからってこんなの、まるで俺の居場所は無いって言われてるみたいだ。
「嬉しい?」
「そうですねえ、もう何週分溜まってるのか覚えてないくらいだったので、一気に見れるのはすごく嬉しいです」
撮り溜めた中から一番古い日付の番組を探しながら犬飼は答えた。もはや俺の方なんてちらりとも見やしない。最低だ。
そういう意味じゃないんだけど、とも言えずに空っぽになって虚しくなって、それでも隣に座れば見てくれるかな、なんて淡い期待でちょっと大袈裟に体重をかけて腰を下ろしてみた。
それから犬飼の顔を盗み見たけど、そこにあったのは横顔だ俺もう視界にも入れなくなったのかも。
ものすごく悲しくなって俺も肘掛けに体重を預けたら、二人の間の隙間がもっと広がる。
こんなに近いのに何かが遠い。そんなことくらいでこんなに悲しく思えるなんて、人間って本当にめんどくさい。
犬飼はやさしいから多分、言葉で伝えたらきっと構ってくれるけど、言わなくても気付いてくれない今の犬飼にとっての俺の優先順位は、ドライヤーよりテレビよりもずっと下ってこと。
何よりも先に気付いて、誰よりも俺を優先して、俺が一番って思わせてほしいのに。最悪。
「ねえ甲斐田くん」
「……なに」
テレビに目線を固定したままに犬飼は言う。
だから、だから!どうして、なんで俺を見てくれないの。馬鹿馬鹿しいほど泣きたくなる。
けれどひと呼吸おいていぬかいは、こちらに身体を向けて腰を浮かせて二人の隙間を埋めたあと真っ直ぐに俺を見て言った。
「もっとこっちに来ませんか」
「なんで」
「なんでって……嫌だったらいいんですけど……なんていうかその……スキンシップといいますか……あなたに触れていたいな、と……」
「さんざん俺のこと無視しておいて?そういうプレイのつもり?俺今そういう気分じゃないかな」
吐き捨てる様に、犬飼の顔も見ずに、なるべく不快になるであろう態度を取った。ヤケクソだ。俺最高にダサい。
「無視なんてしてませんよ!?どうしてそんな……」
「俺が話しかけてもまともに聞いてくれないし、顔も見ないし、無視みたいなもんじゃない?傷ついたなあ」
「え?あー……あの、すみません、急いでたんです、やらなきゃいけない事を素早く片付けて、少しでも早くあなたとの時間を作りたかったんです……ちゃんと先に言えばよかったなぁ。ごめんなさい、なんだか照れくさくて」
言い終わると犬飼はすぐに俺の背中に両腕を回して自分の方に引き寄せたから、俺はバランスを崩して犬飼に抱きつく形になってしまった。
そしたら犬飼は少しだけ抱きしめる力を強めてくすりと耳元でわらって、これです、私これが欲しかったんです、と呟いた。仕返しとばかりに俺も犬飼の耳元でささやく。
「俺も、最低で最悪で最高なあんたがほしいよ」
だから、だからさ。
片手間でも俺を愛しててよ。