もしも私が二人居たとしたら、私の役目は何だろう。
もう一人の私が仕事をするのが嫌だと言うのなら、私は二人分の仕事をしよう。遊びに行きたいというのなら、私の分まで遊んでもらおう。ラップがしたいというのなら、私のすべてをまかせよう。そうして私はいなくなる。誰にも必要とされない私になるのだから。
「いや重く考えすぎでしょ、例え話にマジになないでよ」
甲斐田くんは呆れ顔だ。だけどこれは正しい選択だと私は思うし、なによりみんなが望むことだと思う。
「もう一人の自分って言ったって結局は自分なんだよ?だから相手も同じこと考えてるし、あんたが嫌なことはそいつも嫌ってこと」
「そう……なんでしょうか……」
「そ。だからつまりさ、自分が何をしたいか、どうなりたいかっていうのがこれではっきりするってわけ」
「なるほど……」
言われてみればたしかにそうだが、それを意識したらますますわからなくなる。私という人間に求められている事と、そうありたいと思うこと、それらが重なることはないように思う。
私の存在意義とは、価値とは、一体何だろう。
「私はどうあるのが正解なんでしょうね」
「さあ。正解とかないんじゃない?俺もわかんない」
「私は誰かにとって必要な存在なんでしょうか」
「俺には必要だよ、犬飼が」
目をそらしながら甲斐田くんは言った。彼の横顔に真意を問う。きっと茶化してはぐらかすだろうから、声には出さずに心の中で。
「まあ裏の人もひっくるめてのあんただけど、ある意味じゃ四人分でしょ?一人くらいサボってもいいと思うよ。で、その役割があんただとしても誰も責めないよ」
「裏の人……というのはよくわかりませんが、たまには肩の力を抜きなさいということですか?」
「そこまでストレートには言ってないけど、そうしたいって事なんでしょ、今はさ」
最近やばいくらい疲れた顔してるよ。そう言って甲斐田くんは私の頬をそっと撫でた。彼の煙草の匂いがした。
「ってことでさ、これから俺と楽しいことシない?嫌なこと全部忘れさせてあげる」
「遠慮しておきます……」
余計疲れちゃうじゃないですか。言いかけて飲み込んだ。
もしいつか、彼が疲れていたときは、私も同じ言葉をかけてみよう。それで笑ってもらえたのなら、私の存在意義も価値も少なくともその瞬間にはあると思えるはずだ。
「結構本気だったんだけど残念。振られちゃった」
そんなことを口にしながらも彼は楽しそうに笑う。
「ところで甲斐田くんがそうなったら何がしたいんですか?」
「そうだなぁ、二人の俺とあんたで3Pなんでどう?」
「検討させてください……」
「検討してくれるんだ?やっぱ疲れてるよあんた」
彼の前髪が流れて揺れて、僅かな光に透けていく。
淀んで溶けた雲のような私の気持ちにも少しだけ、晴れ間が見えた気がした。