晴吉夢小説晴吉夢小説
「ナマエちゃんじゃーん。残業お疲れ様。」
まだ入社してまもない会社での作業に苦戦しながら、残業に勤しんでいると、顔立ちは整っているが少しお腹が出ているという残念な先輩の《晴吉》が声をかけてくる。自分の目の前に置かれたココアは、どうやら彼が買ってきてくれたものらしい。
「ありがとうございます……、晴吉先輩、帰ったんじゃ…」
もうオフィスは電気が消され、仕事の遅い自分一人が残っている状況。まさかまだ自分以外に人が残っているとは思わなかった。買ってくれたものを無下にする訳にはいかないので、温かいココアに手を伸ばし、プルタブを開けようとするが、なかなか上手くいかない。
「可愛い女の子一人残して帰れないでしょ。」
晴吉はそう言ってノールックでココアのプルタブを開ける。カッコつけたつもりかコイツ。と思うも、カッコイイのは否めないので感謝しておくこととする。俺も手伝うよ、と優しい声が降ってきた後、晴吉は自分の頭を撫でる。
「あ、ごめん、これセクハラ?」
世間体を気にしたようだ。さすが三十路のジジイ。ばっ、と俺は何もしてません、と言うように両手を上げる。こちらが訴えればそんな行為無駄だと言うのに、馬鹿な奴だ。心ではそんなことを思いつつも、嫌ではなかった。
「大丈夫です…!!その、私は、嬉しいですから!」
「…なら良かった。俺、また転職しなきゃいけなくなるからさ。」
素直に自分の気持ちを伝えると、晴吉は安心したような笑みを見せ、素早く仕事に取り掛かる。晴吉の、安心する、温かくて、大きな手のひら。人の手のひらってこんなに優しいものだったか、と幼少期のことを思い出して鼻にツン、とくるものがある。幼少期は父や母によく叩かれたり、殴られたりしていた。今も尚、人の手のひらを見ると怖くなってしまうことがあるが、晴吉は別だ。泣きそうになるのをぐっ、と堪え、自分も仕事に取り掛かる。
2人で無言のまま、パソコンのタイピング音だけが響くオフィスにいること、一時間。晴吉のお陰で随分早く仕事は終わった。
「駅まで送っていくよ。」
「え、でも……、晴吉さんの家、会社のすぐ近くなんですよね?」
「俺がまだ、ナマエちゃんと一緒に居たいんだよね。」
本気なのか冗談なのか分からない調子で言われて、心臓が跳ね上がる。どうせ自分のことをからかっているのだろう。はいはい、と適当にあしらい、駅へと歩く。新しいプロジェクトの話、ロエン係長のセーターがクリスマスカラーの話、晴吉の同僚の山田の私服がクソダサい話…、わいわいと盛り上がりながら話していれば、時間はあっという間に過ぎてしまった。気がつけば駅の改札。もっと一緒に居たかった…、と心の中で呟く。
「送って頂き、ありがとうございました。」
「男として当然だよ。また明日ね。」
「はい、また明日(ニコッ)」
「……ッ///…ナマエちゃん」
「なんですか?」
「俺、ナマエちゃんのことちゃんと女性としてみてるからね。」
「どういうことですか?」
「好きってこと。」
「……えっ!?」
「じゃあまた明日〜」
あっけにとられている間に、晴吉は軽くひらひらと手を振って帰っていってしまった。嘘だ。晴吉が自分のことを好きだなんて。改札を通り、足早にホームへと向かう。明日どんな顔で会えばいいのか、そもそも好きとは、年齢差は大丈夫なのか。ぐるぐると色んな考えが巡る中、晴吉の真剣な眼差しが頭をよぎる。
「…私も、ちゃんと自分の気持ちを伝えないと。」
そう呟き、自分は電車に乗りこんだ。電車に揺られ、静かな車内で自分の心臓音が鳴り響いていないか心配になる。明日、ちゃんと自分の気持ちをパワポにして伝えるからね、晴吉先輩。