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    バレンタイン永斎+沖 マスターの時代には愛を置き去りにチョコの祭典と化していることもあるというバレンタイン当日。
     毎年この日はイベントに興じて治安を乱している者はいないかと警邏に忙しい斎藤が、屯所で寛いでいた沖田のもとへと訪れた。警邏中に問題があったかと思ったが、そうではない。彼の手の中にはこれみよがしに白い箱が収まっていて、それで沖田は大方の見当がついた。
    「沖田ちゃんしか頼れる人がいないんだよ!」
     黒いコートに包まれた背を丸めて深く屈む。そうすることで、一回りも小さい沖田の目から見ても上目遣いになる。
    「なんか、あざと可愛いを狙いすぎてしつこいですね」
    「僕もやり過ぎかなとは思ったけどさ、ちょっと辛辣過ぎじゃない?」
     丸めていた背を伸ばしながら、斎藤は眉を顰めて笑った。
    「まぁ、話だけでも聞いてよ」
     口角の上がり具合が左右非対称な笑いは、こちらを小馬鹿にしているようだと隊士たちから度々顰蹙を買っていた。斎藤の悪評がどれほど広まろうと興味のなかった沖田は、それより妙に人懐っこい猫を構うのに夢中だった。永倉は根気強く彼等を宥めていて、他の隊士の目がないところでは斎藤にも苦言を呈していた。沖田の手の中で猫が欠伸をすると、釣られて斎藤も欠伸をする。それで永倉が腹を立てるのがいつもの流れだ。
    (もっと人の気持ちを考えろ、できない訳じゃないだろ……みたいなことを言ってましたっけ。説教臭いですけど、芹沢さんの酒乱癖にもよく付き合っていた永倉らしくはありましたね)
     結局のところ斎藤は、自分が隊士たちの間で浮いているのを良いことに違和感なく御陵衛士に潜り込む等、永倉の言葉を一切聞き入れなかったわけだが。
    (そんなふたりが、ですか)
     沖田は改めて白い箱を見た。
     箱は紙製で、よくケーキの入れ物に使われているのを見る。
    「助けが必要ってのはコイツのことなんだが……」
     実際に斎藤が箱を開くと予想通り、中にはケーキが鎮座していた。
    「ほほぉ、チョコレートブラウニーですか」
     箱と同じ正四角形で、九つに切り分けられている。茶色の生地は側面から見れば黒い粒が見られ、これはチョコチップであろうか。
     沖田は冗談半分で茶化すように斎藤を褒めた。
    「ちゃんと手土産を用意するなんて、斎藤さんもマメですね」
    「いやいや」
     斎藤は首を横に振る。それだって予想の範疇。今日という日にチョコ菓子を持ち歩いて、貰い物なら新撰組の皆で食べるよう渡されたと考えられなくもないが、助けを求めて来たからにはそうではないようだ。
    (味見してほしいとか、そういうお願いでしょうか)
     その考えを肯定するように斎藤は、どこから取り出したか銀色に光るフォークを沖田へ手渡した。だから沖田は躊躇なく、一口サイズに切り分けられた茶色のブロック、そのひとつにフォークの切っ先を当てがった。
     硬い感触にケーキの正体は見た通りブラウニーであるとわかる。ガトーショコラと並んでチョコケーキの代表格で、触感はビスケットとケーキの中間。ケーキといえばふわふわのスポンジ生地が多い中では歯応えが、
    「…………おや」
     音がした。
     ごつり、と鈍い音が。
     より力を入れてフォークを突き立てる。
    「おやおや?」
     無傷である。
     なにがと聞かれたら、ブラウニーが。
     更に力を込める。
    「おやおやおやー?」
     音がした。
     がきん、と響くような音が。
     負傷している。
     なにがと聞かれたら、フォークが。
    「………………」
     沖田は静かに先端の欠けたフォークをブラウニーの隣に置いた。そして、所在なさげに曖昧な笑いを浮かべている斎藤へ問いかけた。
    「コンクリートですか?」
    「ブラウニーだよ」
     なるほど、なるほど。幾度か深く頷いてから沖田は質問の仕方を変えた。
    「材料にセメントと水と砂と砂利は使われていますか?」
    「それコンクリートの材料じゃん」
     なるほど、なるほど。更に幾度が深く頷いてから、沖田は箱に手を伸ばした。
    「やめて! 無言で仕舞い直さないで!」
    「今回の件はなかったことに……!」
    「まだなにも言ってないのに匙を投げないでよ!」
    「これは私の手に負えません!!」
     そう言わず! こればかりは!
     互いに譲らぬ攻防はどれほど続いたか。遂に沖田は白い箱が目に入ったときから、ずっと思っていたことを口にした。
    「というか、これって元々は永倉さん宛ですよね!? 永倉さんに渡したらいいんじゃないですか!!」
    「いや、それは……っ」
     斎藤が言葉に詰まったのを好機と見て沖田は畳み掛ける。
    「永倉さんならブラウニーを騙るコンクリートだろうと、雲丹と言い張ってる醤油ぶっ掛けられたプリンだろうと、恋人からの贈物ってなればとりあえず受け取ってはくれるでしょう!?」
    「それが嫌なんだよ!」
     斎藤がわっと吠えたてた。
    「プリンに醤油は流石に食べ物を粗末にするなって叱ってきそうだけど、失敗しちゃったものについては仕方ないって文句言わずに笑って食べてくれそうで、そういうところが嫌だ!」
    「あ、やっぱり沖田さんに失敗作を押し付けようとしてたんですね」
    「それは…………ごめん……。でも全部押し付けるんじゃなくて少しでいいから一緒に片付けてほしくて」
     そういえば話を聞く前に切り上げようとしたから、斎藤が助けを求めた理由を聞いていなかったのだったか。今となっては、そういう話ではなくなっているのだけれど。
    「嫌だ、僕はアイツにだけは嗤われたくない」
     斎藤は頭を抱えて座卓に伏した。
     きっと嘲笑なんてしない。慈しむように穏やかに、或いは失敗なんて吹き飛ばすように豪快に笑ってくれるのだろう。それがわからない斎藤ではない。つまり、笑顔の種類はなんだってよく、ただ笑われるのが許せないと無茶を言ってるわけだ。
     沖田は閉じたり開いたりの攻防の末、草臥れた箱を見下ろした。
    「なんか斎藤さんのバレンタインチョコって本命とか義理とかじゃなくて、自己愛チョコですよね」
     なんともあんまりな言い分に、しかし斎藤は然して動じることもなく笑った。
    「それ以外ないでしょ」
     やはり、あの顰蹙を買うような笑顔であった。
    (今度こそ上手くやるために、関係性から変えてみた……でしたか)
     思い当たる点はあった。
     あれほど永倉を嫌っていた筈なのに、絡み酒の対象にされても呆れた顔をしてみせるだけ。時には気安く笑いかけてさえいる。悪いことではないから問い質したりはしなかったが、事情が変わったのは永倉がカルデアへ召喚され、そろそろ一年が経とうかという頃。彼等の距離が何弾飛ばしにも近づいた。土方も山南もこういうことは積極的に介入せず静観に徹する性質だから、沖田だけでふたりを引っ捕まえて尋ねることになった。永倉の方はまごついていたが、それも照れているというよりは本人もまだ戸惑っているといった風で、対して斎藤はあっけからんと「僕ら、生前よりも仲良くしようって話し合ったんだよ」と口にした。もっと細かいところまで聞いたが、ふたりの様子からして発端が斎藤であることは説明を聞くまでもなくわかった。
    (なにせ、人間関係を複雑に拗らせるのは斎藤さんの十八番ですかね)
     土方と示し合わせて不仲を装いつつ彼の懐刀も同然の働きをして、山南を不器用とせせら笑いながら互いに奇妙な仲間意識を募らせて。そういうのが煩わしいから、沖田はいつだって斎藤の夾雑物だらけの視線を無視してきた。病床に伏した沖田を見舞いに来るときだって、可哀想だと泣くなら一刀のもとに切り捨てるつもりだったが、結局は鬱陶しい蝿を払い除けるように追い返すしかなかったのだ。
    「だから、ね? 今日明日でどうこうしたいんじゃないんだ。ゆっくりで良いから、証拠隠滅を」
     言葉は途絶える。いや、掻き消されたというべきか。
    「沖田ァ! 斎藤を匿おうたってそうは行かねぇぞ」
     怒鳴り声、そして免罪。
     そういうものを引連れて新たな闖入者はやってきた。
    「おや、永倉さんってばお上手ですねぇ。そんなに持ち上げたってなにも‪出ませんよ?」
    「あ? 世辞を言ったつもりはねぇんだが……」
     沖田は上機嫌に微笑んだ。
    「ですって、斎藤さん。永倉さんから見た私って、貴方のことを匿う心優しい天才美少女剣士みたいですよ?」
    「そこまでは言っちゃ」
    「心優しい桜のように可憐な美少女剣士様! そのまま良い気になって本当に匿ってくれたら嬉しいんだけど!!」
    「おい、さいと」
    「本当に匿ってあげるような人間なら最初からお世辞として受け取らないんですよね!」
     沖田と斎藤はそれぞれ好き勝手に永倉の言葉を遮っていく。やがて痺れを切らした沖田が刀を扱うには小さな手を斎藤の背に添わせて、ぐいぐいと永倉の方へ押し出したから、斎藤も負けじとその手を払い、華奢な背中に回り込んだ。
    「斎藤さん、私のことを盾に使うのはやめてください!」
     沖田が小柄な身体を器用に滑らせて斎藤の脇をすり抜ける。
    「だって沖田ちゃんが僕を馬鹿っ八に売ろうとするから!」
     そうすると斎藤は沖田の肩と桃色の袖に触れ、遠心力を利用してふたりの立ち位置を入れ替える。
     しばらく手を替え品を替えて縺れ合うようにくるりくるりと回るふたりを見事なものだと眺めてから、永倉はそこまでと言うように手を叩いた。パンパンと鳴る合図に沖田と斎藤はふたり同時に動きを止め、永倉の方へ視線を投げる。
    「つまり……沖田は斎藤に巻き込まれて困ってるってことでいいか」
    「そうですね」
    「じゃあ、斎藤は俺が連れて行っていいんだな?」
    「そうなりますね」
    「そうか、じゃあ」
     酷い裏切りを受けた眼差しで沖田を眺めながらふたりの会話を聞いていた斎藤だが、永倉の言葉を始終肯定していた沖田が不意に待ったを掛けた。
    「それは駄目です」
     それ、とは斎藤のことではない。
     沖田には斎藤を匿う気持ちは一切ない。
     但し、同様に貰ったものを無償で譲る気もなかった。
    「沖田ちゃん……!」
    「あ? いや、だって……」
     斎藤が感極まった声を上げ、永倉が戸惑った先。沖田が斎藤は売ってもこれは譲らぬと声を上げたのは座卓に鎮座するコンクリートもといブラウニー。
     そもそも斎藤は永倉から逃げていたのではない、彼にこのブラウニーもといコンクリートを食べさせたくなくて、気付かれる前に証拠を消し去りたかったのだ。なんだかんだ物資に余裕はないと再三告げているノーチラス号で、失敗したからと食べ物を廃棄することは許されない。故に消し去る方法は胃袋に詰め込むしかない。それで沖田を頼ったのだ。
     斎藤からしてみれば、沖田は自分を匿ってはくれないが……むしろ躊躇なくバッサリ切り捨て売ろうとしたが……頼み事は引き受けてくれたのだと喜んだのだが、
    「これは私が貰ったものです、欲しいなら相応の手土産をですね」
    「沖田ちゃん……!?」
     わざとらしく袖の下を触ってみせるが、沖田だって山吹色のお菓子を欲しがる女ではない。欲しいのは赤白緑の三色団子。ただし、折角のバレンタインなので今日は茶色のお菓子でもいい。
    「相応の手土産ったって、そんなもんは持ってねぇぞ」
    「じゃあ、これは沖田さんのものですね」
     沖田は無造作に置いたブラウニーの収まる白い箱に細い指を掛けて自身の方へと引き寄せる。
    「俺等の関係を知ってるだろう、それはあんまりじゃねぇか?」
     永倉も負けじと反対側を手で掴む。
    「知ってます、おふたりは恋人になったんですよね」
    「おう! だから」
    「それで、永倉さんが欲しいのは恋人からのチョコですか?」
    「あ? あぁ。だから」
    「なら、斎藤さんの手作りは私が貰いますから、永倉さんはそこら辺で斎藤さんにチョコを買って貰ったらいいんじゃないですか?」
    「はあ?」
    「うん?」
     疑問符を付けた声はふたつ。
     ひとつは永倉。もうひとつは内心で沖田を応援しながら勝負を見守っていた斎藤。
     目を瞬かせ訝しむ顔をする男ふたりに臆することもなく、沖田は言った。
    「斎藤さんが今からちょっとチョコ買ってきて、それを永倉さんに贈ったら恋人からのチョコになるでしょ」
     だから、これは私のモノ……そう主張するように、沖田はずりずりとブラウニーを自分の方へと寄せる。一方の永倉はといえば、なにやら難しいことを考え込んでいるような表情で固まってしまった。ただ、着実に沖田の方へと寄せられていくブラウニーを引き戻せず、さりとて伸ばした手を引っ込めることもできない姿がいじらしいようだった。ちなみに斎藤は座卓に頬杖をついてブラウニーの行く末をぼんやりと眺めている。
    (ふざけた話だと思っていましたが……これは)
     ふたりの関係の言い出しっぺは斎藤だ。だが、沖田からしてみれば、永倉だって果たして……斎藤の提案に乗る形で、それにかこつけて当世の恋人たちの逢瀬を楽しんでいるだけのように思える。
     もちろん、自らの所感に対し、実直な永倉がそのようなことをするのかという疑問は沖田だって持っているけれど。それでも、あれほど永倉に対しては不遜で頑なであった斎藤が、自らの態度を省みて今は彼なりに下手に出ようとしている。そのことに全く浮かれないほど人間味のない男ではない。
    「強がるのはやめましょう、永倉さん」
     沖田は桜の蕾が綻ぶ瞬間のほうわりとした笑顔を永倉に向けた。基本的には自ら美少女を自称する沖田だが、これが花街でも滅多に御目にかかれない本当の美少女であるから、正面から渾身の笑顔を向けられては思わず頬が熱くなる。ちなみに斎藤は「そこだ、やれ!」とでも言うように拳を握っていた。
    「な、なんだよ」
    「まさか、本当に私を誤魔化せると思っているんですか?」
    「だから、なにが言いてぇんだ」
    「いえね、そもそも私たちが聖杯から貰い受けたバレンタインの知識は、マスターの時代の日本のものでしょう」
     すなわち、バレンタインとは女からチョコレートを男に贈る行事。
    「けど永倉さん、斎藤さんにチョコを男に贈る女役を押し付けて自分はなにもしないなんてできる人じゃないでしょ?」
     永倉を見つめる目はそのままで、沖田は自身の胸元をとんとんと人差し指で叩いて見せた。
    「永倉さんもご用意されているのでしょう?」
     もう一度言おう。
    「これは私が貰ったものです、欲しいなら相応の手土産を」
     喉仏を震わせて零れる低い唸り声は威嚇ではない。勝敗は決した。永倉は自身の懐から長方形の薄い板状のものを取り出す。屈辱によるものか、震える手でそれを沖田へと手渡した。ちなみに斎藤はミステリもので犯人が思いもよらぬ人物であったときのように目を見開き両手で口元を覆っていた。
    「永倉さんは市販なんですね」
    「むしろコイツが律儀に手作りを用意してたことの方が驚きだ」
    「僕は健気で繊細で律儀で真面目だから……」
    「真面目なのは認めます」
    「図々しくてふてぶてしくて割と雑なくせに真面目な奴だよな」
    「そういうのが一番面倒なんですよね」
    「それな」
    「寄って集って罵倒しないでぇ……」
     さて、永倉から上納された板状のチョコレートを受け取った沖田は、それを無慈悲にパキりとカチ割る。斎藤の用意したブラウニー、またの名をコンクリートとは全然違う。市販のチョコレートは良い音を立てて折れた。チョコレートは大きい欠片と小さい欠片になり、沖田は小さい欠片を永倉へと差し出す。
    「じゃあ、こっちが私の取り分ということで」
    「七割持って行きやがった!」
    「なんですか、沖田さんはブラウニー丸ごとひとつですけど、永倉さんは板チョコ一枚じゃないですか」
     そうは言い返すが、素人の斎藤が失敗したブラウニーより板チョコ一枚の方が遥かに洗礼されて高価なことは誰が見ても明らかだった。しかも板チョコと呼んでは見たが、実際には一枚九十九円で売られているようなものではない。
     口に入れる前から香る苦味を孕むオレンジピール。
     舌に載るビターな味わいが、沖田をなんともいえない心地にした。
    (これは誰のために用意されたものか)
     意識せずとも自然、彼女は淡い色の瞳に茶色に染めたコンクリートと成り果てたブラウニーを映す。
     斎藤は一見して何事も適当な男に見えるが、その実は永倉が言う通り本当に割と雑なところがある。それでもなんだかんだ真面目だし、そして気位の高さは一丁前だ。永倉に笑われたくないとは本音だろうから、今日ここに至るまでになんの手も打たずにぶっつけ本番に挑んだとは考え難い。
    (試作品はそこそこ上手くいって、万を満たしての本番で永倉さんの好みに仕上げようとしたら……といったところですか)
     チョコケーキの定番といえばフランス生まれのガトーショコラとアメリカ生まれのブラウニーであろう。しっとり柔らかな生地のガトーショコラに合う飲み物は人によって紅茶であったりコーヒーであったりとまちまちだが、コーヒー大国であるアメリカ生まれのブラウニーのお供は基本的にコーヒーが選ばれる。先に述べた通り、生地もケーキとビスケットの中間でやや歯応えがある。
     どちらが永倉の好みか、となれば……。
    「どう? 美味しい?」
    「ここは怒るとこじゃないんですかね、恋人が自分のために用意したチョコを横取りされたんですから」
    「まぁねー。でも、まぁ、沖田ちゃんだし」
     なんだ、それは。
     言葉の意味を聞くよりも無性に文句を付けたくなった。
    「沖田さんの好みではありませんでした」
    「あらま、だってよ新八」
    「うっせえ! 大体、俺だって沖田が食うってわかってたら……」
     永倉の方も、少なくとも自分が用意したチョコレートについてはすっかり諦めてしまったような態度だ。根拠はないが、それでいいのかと聞けば、斎藤の答えと同じものが帰ってきそうだった。
    (それにしても、思ったよりちゃんと恋人してるんですね)
     となれば、いつまでも意地悪をしているのも据わりが悪い。
    「こんなコンクリートがほしいなんて……結果的にですけど、私ってむしろ永倉さんの顎とか歯とか守ろうとしてる善玉じゃありません? 斎藤さんの方がよっぽど悪玉ですよね」
    「待て、それコンクリートなのか!?」
     そういえば永倉はこのブラウニーの恐ろしさを知らなかったか。沖田はフォークを手に取り高らかに掲げると、ブラウニーへ垂直に振り下ろした。金属同士がぶつかり弾ける音がして、フォークは取っ手のみが残る。
    「今更ですけど斎藤さんって、このブラウニーどうやって切り分けたんです?」
    「……………………鬼神丸国重で」
     やりやがったよ、コイツ。
     そういう目で斎藤を見たのは沖田だけでなく、永倉は眩暈を抑えように目頭に手をやった。
    「チィっ! 出張費無料で不用品回収に来たって言えば普通に持って帰れただろ、これ!」
    「うわ、うっかり渡しちゃいそうですね……というかコレを見てまだ欲しがるとはブレませんねぇ」
     じゃあ、これが最後の意地悪だ。
     沖田は息を大きく吸い込んだ。
    「このコンクリートが欲しいなら私へ追加の手土産を買ってきてください! ヤヤウキコーポレーションは深夜二時からチョコレートの販売をしていましたよ! それだけのことをやって初めて私に頼み事をするんですね!」
    「はっ!? チョコならさっき渡したじゃねぇな!」
    「あれは斎藤さんが持ち込んだコンクリート回収費です」
    「コイツ! 人が持ち出した不用品回収の発想を奪いやがった!」
    「ねぇ、コンクリートじゃないんだけど」
    「なんとでも言ってください! 貰えるものは貰うまで、このコンクリートは渡しませんからね!」
    「だから、コンクリートじゃないんだって」
    「仕方ねぇか……斎藤、行くぞ」
     斎藤が「いや、なんで?」という表情をする。彼からしてみれば自分が生成したコンクリートが永倉の手に渡るのを厭うて沖田のもとを訪れたのだから。現状が最も斎藤の願いに沿っている。
     だが、
    「っるせぇ! あのコンクリートは俺のもんだ!」
     怒鳴るように言い切って、永倉はのしのしと廊下を歩いていった。
     惚けたように二匹の龍の尾が絡み合う背中を眺めやり、廊下を右に曲がって消えた頃に沖田を見た。
    「あっちって、ヤヤウキコーポーレーションの店がある方向だっけ」
    「前までは。度々襲撃を受けて場所を変えていますからね」
     移転先は永倉が向かった先とは反対側だったか。
    「爺さんはひとりで買い物もできねぇんだから……」
     仕方ない、仕方ないのだとぼやきながら、黒いコートに包まれた背中が龍の尾を追い掛けていく。
     小走りに遠ざかっていく足音に耳を澄ませながら、沖田は室内の惨状に溜め息を吐いた。
     座卓の上には取っ手だけが残ったフォークと一口サイズに切り分けられたコンクリート、そして沖田の齧り付いたオレンジピールの板チョコ七割。
    「土方さんに見られたら拳骨じゃ許してくれませんよ」
     まずは畳の上に転がるフォークの先を拾い上げ、沖田は肩を竦めた。

     ふたりの説明を聞き終えた当初は、随分とふざけた話だと思った。
     だが、サーヴァントであるからこそ理屈はわかる。斎藤だって、サーヴァントというものになったから馬鹿げたことを閃いたのだろう。
     人はみな多様な側面を持つというが、サーヴァントにとってこれは切っても切り離せない。英霊を生前そのままの情報量で世に現界させることは聖杯を用いても困難であり、故にクラスという金型が用意されている。クラスに適した一面のみを切り取ることで、英霊はサーヴァントとして成立する。
     それと同じだ。
     斎藤は永倉に適した側面を。
     永倉は斎藤に適した側面を。
     恋人という金型に流し込んだ。
    (そこまでしないと仲良くなれないんですか)
     同時に、そうまでして仲良くなりたかったのだと思い至る。
     夭折した沖田には知る由もないが、当時は吹けば飛ぶように軽い気掛かりが、晩年には重しのように伸し掛る。そういうものなのかもしれない。
    (老爺の未練が若き日の影法師を狂わせる、とでも?)
     これもまた馬鹿げた考えであったが、沖田としてはそう思った方が納得ができる。
     生前の沖田は恋を知らない。だが、恋と無縁の生でもない。
     彼女は恋が正気を失わせることをよく知っている。
     過去、いたのだ。沖田を女と知りながら思いを募らせた少女が。叶わぬならば恋慕と共に、そう喉を一突き。なんとか一命は取りとめた。それは沖田にとっては幸いであったが、間もなく別の男の元へ嫁いで行った彼女にとってはどうだったか。
     病苦に苛まれながら、幾度か彼女の夢を見た。己の死に場所はここではないと呻吟し、葉桜になろうと枝にしがみついた沖田とは違う。花筏と呼べば聞こえはいいが、結局は命を惜しむように一枚毎、未練がましく散るのが桜。うてなの先を擲つ椿のように、凄絶に散ることができたなら。
     寝ても醒めても腥く剣戟の音響く戦場を願った。
     熱に浮かされて血を吐き、骨と皮しかない手で頭を掻き毟って願ったのはそれだけだった。
     それでも、あの少女の夢を見た日だけは、まるで頭のてっぺんから冷水を掛けられたよう。この妄執は少女の恋から成る狂気にも届かない。
     それとは比較にもなるまいが、とどのつまり人は、恋という言葉が絡んだ時点で正気ではない。
    「いいですねぇ、恋。沖田さんも身を焦がすほどの恋を……なんちゃって」
     そうひとりごちで、沖田は両の腕を大きく頭の上に突き上げた。そのまま伸びしていたところ、ようやく自身を見つめる視線に気付く。
    「おや、考え事に夢中で人の気配に気付かなかったなんて、天才剣士沖田さん一生の不覚。とはいえ自分の視線なんですから仕方ありませんね……そういうことで、どうしたんですか? 私オルタ」
     視線の先、褐色の肌を持つ自分が立ち竦んでいた。
     お姫様のように長い後ろ髪を結うこともせず垂らして、いつか土方が袖を通したらしい軍服に似た衣装を身に纏っている。
     彼女は沖田に尋ねられ、おずおずと口を開いた。
    「元私が余計だと思う」
     なんとも失礼極まりない一言。追従するように煉獄と名を持つ刀から男の声が響く。
    「主の元を通さずあのふたりだけでいいんじゃないか? そうしたら貢物だって不要になって」
     沖田も負けじと腰に提げた菊一文字を無意味に鳴らして微笑んだ。
    「悪い予感」
     煉獄の言葉は間に合わない。
     沖田はガイアとアラヤで分かたれた己のアルターエゴの手をしっかりと掴んだ。
    「元私……?」
    「永倉さんのチョコを七割頂いて斎藤さんの取り分を減らしてやりましたけど、斎藤さんのブラウニーは切り分けたうちの一欠片が限界……それ以上は顎が砕けそうですからね。素直に永倉さんに差し上げようと考えていたところだったんですよ」
    「私もそうした方が良いと思う」
    「でも、こんなところに丁度よく私が」
    「魔神さんはそうした方が良いと思う!」
    「そうですね、そうですよね――貴方も食べるんですよ」
     斎藤さんの作ったコンクリートを……。

     沖田総司が斎藤一と永倉新八の両名からチョコレートを贈られたという、真相を聞かれた彼女は得意気に微笑んだ。
    「沖田さんはモテモテなので」
     また同時期、斎藤一が沖田総司、沖田オルタ、永倉新八の三名の顎を粉砕したとも噂が立ち、真相を聞かれた彼は大きく声を上げた。
    「顎は砕いてねぇよ! みんな少し歯が欠けただけだから!」

    ***
    斎藤さん
    食べ物からコンクリートを生成して一番隊と二番隊の隊長ふたりと通りすがりの魔神さんの歯を傷物にした。

    永倉さん
    みんなの中で一番コンクリートを食べたせいか、しばらく顎の調子がおかしかった。

    沖田さん
    アルターエコの自分を道連れにした。

    魔神さん
    セイバーの自分に道連れにされた。
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    abc12321cba5

    DOODLE文字化けに関する素敵ツールの存在を知り、どうしても使いたくなった2時間クオリティの短いお話です。

    文字化けさせるツール様https://tools.ikunaga.net/mojibake/
    文字化け復元ツール様
    https://tools.ikunaga.net/mojibake-restore/
    状態異常永×看病斎@文字化け版 認識阻害の状態異常に該当するという。
     マスターを庇い敵性エネミーの攻撃を受けた永倉は、帰還後早々に押し込まれた医務室にそのまま留まることを推奨されたが、 本人の希望から自室待機となった。
     とはいえ、本人が知覚する物事が現実と乖離する類の異常だ。バイタルは管制室でも注意するが、それと併せて誰かしらが彼の傍に着くこととなった。
    「縺倥c縺ゅ€∝ヵ縺檎捩縺�※繧九h」
     斎藤が手を挙げた。
    「縺贋コ御ココ蜈ア縺ッ蜷悟ョ、縺ァ縺吶b縺ョ縺ュ縲ゅ〒繧ゅ€∝密蝌ゥ縺励■繧�ァ�岼縺ァ縺吶h?」
     沖田が茶化すような笑いを零す。
    「縺ゥ縺�°縺ェ」
     彼女の言葉に、斎藤が肩を竦める。
    「閨槭>縺溯ゥア縲∝捉繧翫�險€闡峨′繧上°繧峨↑縺�↑縺ヲ髫丞�縺ィ遯ョ螻医↑蠢�慍縺ォ縺ェ繧翫◎縺�↑迥カ諷狗焚蟶ク縺倥c縺ェ縺�? 縺�*縺ィ縺�≧縺ィ縺阪�谿エ繧雁粋縺�¥繧峨>縺後ぎ繧ケ謚懊″縺ォ繧ゅ↑縺」縺ヲ濶ッ縺�°繧�」
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