フェス衣装お祝いの気持ちで永斎「一ちゃんってそういう服も似合うんだ!」
「特徴がないとね、一周回ってなんでも似合うのよ」
「またそんなこと言って、この服もスタイル良くないと似合わないでしょ」
「そこまで絶賛してもらえるなんて光栄の至りだよ」
満更でもない顔でマスターの誉め言葉を受け取る斎藤を見て、永倉はひっそりと溜息をついた。
(格好つけしいめ)
*********
澄ました表情と抑揚のない声で蛍は宣言した。
「雑賀は期間限定でデリバリー業も始める!」
永倉は二つ返事で受け入れた。とはいえ、蛍と永倉は正式に雇用主と従業員の雇用契約を結んだわけではない。蛍はタダ働きをさせてしまっていると納得していないが、永倉は「勝手に金策致しべからず」の局中法度を持ち出しては対価を払おうとする蛍の言葉を断りつつ、新選組として活動する以外では蛍の商いを手伝うのが専らの日課となっていた。
「ここが配達先かい?」
岡持ちを片手に、永倉は問いかける。
「そう」
ひとつ頷くと、蛍は神妙な顔をした。
「ここには以前まで優秀なマネージャーがいて、日々適切な仕事量の分配をしていた。その人が諸事情から抜けざるを得なくなってしまい、残された職人ふたりが日夜、食事も睡眠も忘れて倒れるまで働くセルフ・ブラック企業と化してしまった……雑賀も慄く悲しき魔の巣窟」
「そ、そうかい……だから食事の配達ってわけか」
岡持ちの中にはカルデア食堂から渡された料理がある。出前でも始めたかと尋ねれば「基本的にはしてないんだけど、今回はさすがにね」と燃えるような赤い髪を後ろに括った女性が困ったように笑った。この女性というのが遊郭にはまずいない、郷土が恋しくなるような良い意味で所帯染みた女性なのだが、カルデア食堂で料理を提供する彼女が一部族の女王であると知った日には驚いたものだ。
(っても、カルデア食堂ってのは他にも上皇の寵姫から分かたれた猫? だとか、インドの五王子の次男だとか、食堂で腕を振るっているのが不思議な面々が勢揃いなんだよなぁ)
これでも人員は募っておらず、みな自らエプロンを纏うことを選んだ者ばかりだ……と語るのはオルタの沖田から先輩と慕われる無骨な正体不明のアーチャーで、永倉はカルデアで最も謎が集まる場所はカルデア食堂ではないかと常々思っている。
さて、そんなカルデア食堂の面々が心配して、頼まれもしていないのに料理の配達を願い出た場所はダ・ヴィンチ工房の程近く。
フランスはパリで召喚された機織りの鶴と、スコットランドに伝わる糸紡ぎの妖精が切り盛りする霊衣工房。
にゃーにゃーからからとんとんしゃー。
衣装を仕立てる音に交じり猫の声。
猫の威嚇声に交じり布を織る音。
朝も早よから日暮れまで。
「皆様に纏っていただきたい衣装のアイデアが山のように溢れて止まないのです。それで、良くないとは思っているのですが、つい寝食も忘れてしまい……」
「ボクは止めたんだぜ。でも、クレーンが見せてくれるスケッチがどれも花嫁衣裳みたいにきらきらしてるから、つい……」
毎年夏に行われる祭典。
その準備に忙しい職人がふたり。
青白い顔で言い訳を並べ立てながら永倉と蛍を出迎えたが、足取りは覚束なく、果たしていつから食事を摂っていないのか。
「わたしも重火器のメンテナンスに夢中になると時間を忘れることはある、だから気持ちがわからないわけではないけれど、カルデア食堂のみんなが連日あなたたちの姿を見ないと心配していた」
蛍の言葉に、白衣の女性は呻き声をあげた。
「うっ、返す言葉もありません」
ミス・クレーン。
そう名乗り、またそう呼ばれることを好む鶴女の君は、ほっそりとしているが永倉とほとんど変わらない背丈の女性である。連日の激務から目の下に隈を拵えていた所為か、長躯を折り畳み丸くなる姿に年下の生意気な同僚を思い出した。……つまり、どうにも放っておけない気持ちになったのだ。
「それよりよぉ、儂等を迎えてくれるためとはいえ今せっかく手が止まったんだ。おまえさんたちは作業を再開したらまた休むのを忘れちまうだろう、今のうちに飯にしといたらどうだ」
そう助け舟を出し、永倉が岡持ちの扉を持ち上げる。
途端に空腹ではない永倉と蛍ですら食欲をそそられる良い匂いが部屋中に満ちた。
「わぁ、これってクレーンがフランスで食べたオムレットってやつ!?」
「よく似ていますが……これはオムレツでしょうか」
「あなたたちの繊細な仕事にまず欠かせないのはタンパク質! 鶏! というカルデア食堂の強い意向により、卵の中にはチキンライスが入っている」
「オムライスですね!」
カルデアでも子供たちや女性を中心に支持される人気料理の登場に、ふたりの顔がぱっと綻んだ。
「ぁ~、母の温もりが染みます。ブーディカ様は私の母になってくれたかもしれない女性ですぅ。おぎゃあ……」
なんだか美女から出るはずのない凄まじい声がした気がした。それから、なんだか審議が必要な言葉を聞いた気もした。永倉と蛍がハベトロットを見やると、小さな妖精はそっと目を逸らす。
「その、これはクレーンの発作というか……うん、ブーディカたちにはちゃんと後でお礼を言いに行くからさ」
それから、ハベトロットは永倉を見やった。
「デリバリー業だっけ、実はボクたちも頼みたいことがあるんだけど」
「わ、儂か?」
「えぇ、貴方様に運んでいただきたく」
頷いたのは正気を取り戻した、もとい発作が終わったミス・クレーンだ。
「ダ・ヴィンチ様から提供いただいたデータを元に衣装を仕立てておりまして、今日、丁度そのうちの一着が仕上がったんです」
「サーヴァントって基本的に体型は変わらないだろ? だからデータを参考にそのまま作ったんだけど、偶に例外があるからさ。一度、実際に着て見てほしいんだ」
「なるほど、そりゃ当日になって急に着れないなんてあっちゃ大変だ」
「私たちとしても、せっかく仕上げた衣装を着てもらえないなんて悪夢以外の何物でもありません……! そこで今回仕上がった衣装というのが……」
***
かくして永倉は蛍と別れ部屋へと向かった。
「斎藤、いるか?」
先に戻っていた斎藤が振り返る。
「おかえり、蛍ちゃんのお手伝いは終わったんだ?」
「おぉ、だが別の手伝いが入り込んでな」
「別の?」
首を傾げる斎藤に、永倉はトランクケースを押し付ける。
「ほら、おまえさん宛だ」
「……僕、今からこれ持って出張とか行く感じ?」
「違ぇよ、素直に中を見ろ!」
トランクケースを開いてもしばらく不思議そうにしていた斎藤は、やがて合点が行ったように「あぁ、もうそんな時期か」と声を上げた。しかし、それも束の間。また直ぐに難しい顔をして黙り込んでしまう。
「あの……これ、本当に僕の衣装?」
珍しく途方に暮れて困ったような表情で永倉を見る。そんな顔をされると無得に扱えないのが永倉だ。
「あぁ、おまえ宛で間違いないはずだぞ」
永倉も身を乗り出してトランクケースの中を見る。皺にならないよう丁寧に畳まれた衣装は間違いなく霊衣工房で見たものと同じだ。
「いや、でも……」
「一度着たらいいんじゃねぇか、サイズが合えばおまえさんのだし、違ったら他の奴のと間違えたんだろう」
なにせ斎藤のためだけに作られた衣装なのだから。
戸惑いながら着替えた斎藤は、まだしっくりこない様子である。
「どうだ?」
「サイズはあってるけど」
「じゃあ斎藤ので間違いねぇだろ」
「そうじゃなくて! ……その、ちょっと派手すぎじゃない……かな?」
なにを戸惑っているかと思えば、永倉は肩を竦めた。
清潔感のある白いシャツ、落ち着いたグリーンのベスト。長い足を際立たせる黒いスラックス。
霊衣工房に並ぶ仕立て中と思われる衣装の中では落ち着いたデザインだろう。
(っても、その辺はあのふたりも心配してたんだよな)
あまり派手な衣装は好まない可能性があるから絶対に外したくない装飾のみを入れたと、ミス・クレーンは不安な表情をして言ったのだった。
「副長ならともかく」
「おまえの中で土方はなんなんだよ」
「だって、あの顔とあの身体つきだよ。似合わない服なんてないでしょ」
斎藤だって広い肩幅に長い手足と、男が羨むものを十分に持っているのだが、比較対象が土方故か「僕ぁ2,5枚目ってやつだから」とすぐに引っ込んでしまうところがある。
「それじゃ、どこが気になるんだ」
「えぇと、袖がなんかふわふわして着心地が慣れない……」
「偶にはいいじゃねぇか、儂だってSAIKAで買った服はそんなもんだぞ」
「それにヒラヒラしてるし、こういうのって女の子の服についてるものでしょ」
「霊衣工房のふたりからは元々フリルってのは男の服についてたもんだって聞いたぞ。袴だって儂等の時代じゃ女が着るのは禁止されていたが、明治じゃ女学生が着とっただろう」
「そ、それに。なんか刺繡がきらきらしてるし……服に着られてるっているか、俺が負けてるっていうか!」
「金糸はダイヤモンドと同じくらい主役の邪魔にならないよう控えめに輝く縁の下の力持ちだってよ」
斎藤の言葉にすべて言い返してやれば、うぐぐと恨めし気な目が永倉を見る。
不思議と今は生意気な奴めと腹を立てる気にはならず、むしろ可愛げがあるとすら思えてしまうのだ。
「他は?」
聞き返すと、斎藤は観念したように目を閉じて顔を背けた。事実上の敗北宣言だ。
「なんでそんな詳しいんだよ。おまえ、そんなに服飾に興味ある奴だったっけ?」
苦し紛れの負け惜しみに、ようやく優勢にあった永倉は少しばかり表情を変えた。
「新八?」
「あぁ……おまえさんはこういう服は気後れする性質だろうと思ってな。予めなにを言いそうか予測して答えを用意してきた」
その言葉に、斎藤がばつの悪そうな顔する。
「お人好しな奴。そりゃ僕がつまらない駄々を捏ねたら鶴の姉さんやハベトロットちゃんは悲しむだろうし、おまえらしいけども」
「そうじゃねぇよ」
「?」
まったく肝心なときに鈍い男に、永倉は頭を掻いた。
「儂が綺麗な服を着るおまえを見たかったんだ」
「なにそれ…………な、なにそれ…!?」
最初はなにを言っているのか理解し損ねたらしい斎藤は、徐々に言葉の意味を理解し始めたらしい。
終いには顔を真っ赤に染めて声を荒げた。
「ば、ば、馬鹿じゃねぇの!?」
「馬鹿で結構。こういうとき馬鹿になれねぇ男は男じゃねぇ」
深い緑のベストに白いシャツ、血管も透けるような褪めた色の肌。
そこに紅潮する頬はどこまでも鮮やかで、永倉は目頭を抑えた
「いやしかし、人前に出すのが惜しくなってきたな」
重々しく息を吐くと、首から耳まで赤くして斎藤が激高する。
正直なところ、今はどれだけ声を荒げて怒鳴られても許してしまいそうだった。
*********
そんないつかの一幕を思い出す。
あの日のことをすっかり忘れたように自信満々でマスターの前にお披露目をして見せる斎藤に、永倉はやれやれと頭を振った。
「僕らのメインディッシュっていうのかな? そっちはまた別にあるからさ! まだまだ楽しみにしていてよ、マスターちゃん!」
意気揚々と弾む声。
「だよな、新八!」
不意に名を呼ばれ、永倉は仕方のない奴だと思いながら頷いた。
「おぉ、マスター。新選組はまだまだこれからだぜ」
あの日、衣装に問題がないことを伝えに言った永倉と斎藤をミス・クレーンが呼び止めた。
「今は彼女の分のドレスに取り掛かっておりまして……髪飾りに使う花やリボンの色など、彼女をよく知るおふたりからも意見をいただければと」
斎藤は目を輝かせて土方と山南も呼びつけ、結局四人であれも良いこれも良いと話し合ったのだ。
「沖田君といえば桜がよく似合うけど、彼女の刀を思わせる純白の菊も良いんじゃないかな」
「菊なら雛菊の方があいつらしい」
「なら雛菊と、それからもう一輪……」
「それよかこのリボンは転ばねぇか?」
「おまえじゃないんだから沖田ちゃんがすっ転ぶはずないでしょ、馬鹿っ八」
「っだとぉ」
永遠の少女妖精が「女の子を大切にしてる職場に悪い職場はないんだわ」と頷く中、男たちががやがやと騒ぎ立てていたことを、彼女だけは知らない。