状態異常永×看病斎@非文字化け版 認識阻害の状態異常に該当するという。
マスターを庇い敵性エネミーの攻撃を受けた永倉は、帰還後早々に押し込まれた医務室にそのまま留まることを推奨されたが、 本人の希望から自室待機となった。
とはいえ、本人が知覚する物事が現実と乖離する類の異常だ。バイタルは管制室でも注意するが、それと併せて誰かしらが彼の傍に着くこととなった。
「じゃあ、僕が着いてるよ」
斎藤が手を挙げた。
「お二人共は同室ですものね。でも、喧嘩しちゃ駄目ですよ?」
沖田が茶化すような笑いを零す。
「どうかな」
彼女の言葉に、斎藤が肩を竦める。
「聞いた話、周りの言葉がわからないなんて随分と窮屈な心地になりそうな状態異常じゃない? いざというときは殴り合うくらいがガス抜きにもなって良いかも」
「あ、狡い! それなら沖田さんだって……!」
やいのやいのと話し合っているらしいのを、永倉はぼんやりと眺めていた。真剣に聞こうと思うほど、元より狂気と共に召喚された身であるというのに、頭がおかしくなってしまいそうだった。
白熱した口喧嘩……だったのだろうか。それが終わると、ふたりは揃って永倉を見る。そのうち斎藤だけが近寄って来た。
「それじゃ、部屋に戻ろうか……っても、なんて言ってるかわかんないんだよね」
斎藤は予め用意されていたスケッチブックを手に取り、白紙の上に黒いマジックを滑らせる。
キュッキュッと少し掠れた音が暫く鳴った後、くるりとこちらに向けられたスケッチブックに書かれた文字。
『僕と一緒に部屋に戻ろうね』
整った文字の傍には、同じ者が描いたとは思えない歪な線で角の生えた何かが描かれている。この鬼のようなものは、もしや土方の似顔絵であろうか?
「斎藤さん、その端の絵はなんですか?」
スケッチブックを覗き込み、沖田がなにやら斎藤に話し掛けている。
「猫だよ。どっかの人斬りさんがレイシフト先でホワイトボードに軽く絵を載せてたらしいからね! 僕だって負けてらんないよ!」
「なんかこの猫、桃太郎の絵本に出てくる鬼ヶ島を見様見真似で子供が描いたみたいな形ですね」
「そんな……」
斎藤は項垂れた様子を見せたが、やがて永倉の背中を軽く叩いて医務室の出口へと歩き出した。その黒い背に続き、永倉も医務室を後にする。
「なにかあったら気軽に呼んでくださいねー!」
元気な声に、とりあえず手を振り返して応えた。
自室に着くまで、多くのサーヴァントと擦れ違った。
「今日のランチは……デザートにプリン!?」
「マスターが足りないって言ってた素材ってなんだっけ」
「図書館で借りた本、返却期限が三日前だったの」
「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょ」
日頃は聞き流していた自分とは無縁の話し声が今はどうも一つ一つが気に掛かる。
沖田と斎藤の会話を聞いている時とは比較にならない程の負担が脳に掛かっているのを感じた。
近未来的な作りの船内。通路を抜けて自室の扉を開き、慣れた和室を見た途端に、肩にどっと疲労が伸し掛る感覚に襲われる。足元がふらつき、斎藤が慌てた様子で永倉の背中を手を回して支えた。
「大丈夫? 身体の方に異常はないって聞いてたんだけど」
こちらを心配しているのだろうことだけはわかった。
「悪ぃ、思ったより疲れてたみてぇだ。軽い目眩だから気にするな」
「ならいいけど」
永倉の異常を聞いて既に用意していたのか、畳の上には朝片付けた筈の布団が敷かれていて、そこに寝かされた。
『喉は乾いてる?』
「いや、医務室で水を貰ったから大丈夫だ」
『お腹は? ご飯、貰ってこようか?』
「それも問題ない」
『じゃ、他に必要なものがあったら教えてね』
「おう」
甲斐甲斐しく世話を焼く斎藤が新鮮で思わず笑いを零すと、元々目付きが良いと言えない斎藤の目が据わる。
『なにがおかしいの?』
「テメェに世話を焼かれるってのが妙に擽ったくてよ」
「……こんな時くらい」
「なんだよ。もう文字は書いてくれねぇのか」
「そりゃ、京都にいた頃はもう少し薄情者だったかもだけども」
「斎藤?」
「というか僕だって息子がいたんだしさ。爺さんの姿ならまだしも、今みたいな若い頃の姿なら気に掛けてやるのも吝かではないっていうか」
「おい、斎藤」
「まぁ老人って労ってやるべきもんだから、おまえがそうしてほしいって言うならそっちの姿のときもそれなり気にかけてやっても良いけど……でもなんか沖田ちゃんから老々介護って言われそうでちょっと嫌かも……それにおまえに優しくしてるのを見られる度に副長と総長が生暖かい目で……」
「斎藤!」
「っおぉ!?」
強く呼びかければ、相当に驚いたのか比喩でなく奴の身体がビクリと跳ねた気がする。斎藤は心臓の辺りを抑えながら永倉を見つめ数秒固まり、それからにわかに手元のスケッチブックに文字を書いた。
『自分の世界に没頭してた』
「あぁ、うん……だろうな」
それからも幾らか会話はあったものの、スケッチブックさえ介せばなんとかなるとはいえ、何分テンポが悪い。そのうち会話は途切れ、室内に沈黙が満ちる。そうなると俄に睡魔もやってきて、永倉は欠伸を零した。
「しばらく寝る」
キュ、とマジックの音が短く響いたが、それは直ぐに止んだ。代わりというように髪を掻き混ぜるような感触。前々から思っていたが、この男は人の頭を撫でるのが下手で、本当に撫でるというより混ぜるという感じなのだ。当時は珍しいことではなかったとはいえ、産まれて間もない第一子を妻と共に残して戦場に向かった男であるから、仕事に忙しく子供に関わって来なかったのではないかと、そのように予想していたが……ふむ。
「なんか、本格的に眠くなって……きた」
これはこれで悪くない。
だから、誰もコイツに頭を撫でるのが下手だと指摘してやらなかったのかも……なんて思いながら、意識は眠りの中へ。
「おやすみ、きっと目が覚めたら変な状態異常も治ってるさ」
深くなる微睡みの中、斎藤の声が僅かに聞こえる。
いつに増して低い声で、やけに緩慢に紡がれる言葉。
「ま、仮に暫く治らなくたって僕が面倒見てあげるけど」
それはまるで、異国の子守唄のようだった。
「もう寝ちゃった? せっかく優しいこと言ってやったのに聞こえてないか……それじゃ、良い夢を」