あけましておめでとう 元日。夜更けのバー・ルパンにて。
太宰は一人、カウンターでビールを飲んでいる。店内には相変わらずほの明るい照明に、居心地の良い音楽が流れていた。今日は正月にも関わらず開いていたので、期待を込めて立ち寄ったのだ。
太宰がビールをちびちびやっていると、カランカランとドアベルが鳴った。振り返った太宰は顔を輝かせる。
「やあ織田作! あけましておめでとう!」
「嗚呼。あけましておめでとう、太宰」
手招きする太宰に誘われるまま、織田作は店主に「何時もの」と告げ、太宰の隣に腰を下ろした。
「此処に居たら会えると思ってた」
太宰が嬉しそうに笑うと、織田作も相好を崩す。
「俺もだ。きっとそのうち安吾も来るだろうな」
「そうだね」
織田作の前にウイスキーが出されると、またドアベルが鳴った。安吾だ。彼は振り返った二人の顔を見て眼鏡を押さえた。口元は微笑んでいる。
「不思議ですね。此処に来る時はいつもお二人が揃っている」
「お前だって、俺たちが居ると思って来たんだろ」
「……まあ、そんなところです」
安吾はカウンターに腰を下ろすと店主に言う。
「ゴールデンフィズを」
安吾のお気に入りの酒だ。店主はひとつ頷いて黙ってカクテルを作り始める。三人がこのバーを気に入っている理由の中に、店主が寡黙であるということが入っている。
「嗚呼、遅れましたが、あけましておめでとうございます」
その言葉に太宰と織田作もおめでとうを返す。
やがて安吾の前にゴールデンフィズが置かれると、三人はグラスを鳴らして乾杯した。
「去年は色々ありましたが、今年もよろしくお願いします」
「どうしたの安吾~。何時になく畏まって」
安吾の言葉に太宰が茶化すように笑う。酒がすでに入っているので気分もいいのだ。
「こういうのは言葉にしないと伝わらないところもありますから」
「それもそうだな」
織田作は一人うなずく。
「じゃあ、二人とも。今年はどんな年にしたい?」
太宰がカウンターに肘をついて頬杖をする。子供のような無邪気な笑顔で二人に問う。
織田作はウイスキーを一口飲んでグラスを置くと、静かに言った。
「俺は……子供たちが元気ならそれでいい」
「僕はなるべく残業が少なくなるといいですね……織田作さんの後に言うと霞んでしまいますが」
そして安吾は「そういう貴方は?」と太宰に水を向ける。太宰は待ってましたとばかりに笑った。
「特製堅豆腐の完成を目指すよ! 目標、角に頭をぶつけて死ねるまで!
――あ、あと不発弾の処理もしてみたいな~」
それを聞いて二人は苦笑しながら酒に口をつける。
何時もの三人の穏やかで緩やかな時間が、今この時、此処にはあった。