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    milouC1006

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    milouC1006

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    先生の人助けがいつの間にか「御慈悲」に変わるって話なんですけど……う~ん……うまく出力できていない気がする……

    「ゆびわ、おとしちゃったの」

    守護のある日。厩舎と市場の間、よく猫がたむろしている所で、一人泣いていた少女に何があったのかを尋ねた。通りすがっただけだが困った人を放っておくことのできない性分である上、涙にぬれたまま寒空に冷やされたその手を見て、無視できる道理はなかった。
     いろいろと聞けば、ルミール村の騒動で亡くした彼女の母の形見の指輪を落としてしまったらしい。心当たりが無いかと聞いてみると、この辺りで落としたはずだから探していたと言う。しかし指輪となれば、この快晴で輝かないはずがない。この辺りにはなさそうだが。

    「俺も探してみる。大切な指輪だ」

     そう伝えて少女の頭を軽く撫でたはいいが、しかし心当たりは無くてひとまず予定通りの市場へと向かった。きっと彼女はあそこで探し続けているだろうから、早く見つけてやらなければならない。修繕する武器を鍛冶屋に任せながらそう考えていると、らしくない天啓が降って来た。

    『おぬしの大好きな落とし物探しでは無いか。見つけてやらんで良いのか?』

     ある日、突然ベレトの頭の中に姿を表した少女、ソティス。先日初めて聞いた女神の真名と同じ名を持つ彼女は、時に天啓のようなものを授けてくれたりもした。慈悲深い女神と言うよりは天真爛漫な少女と言う印象まで受けるが。

    『いや、心当たりが無くて。まずどこから探そうかと』
    『傭兵をやっておったときも、流石に探し物の依頼は来なかったであろう。なれば、推理の一つでも見せてもらわねばの』
    『推理……』

     敵の位置を足跡や木の枝から推測する技は持ち合わせているが、動かないはずの指輪を探すのに応用できるようなものではない。

    「ちょっとあんた? 何つっ立ってんのさ。火釜の熱にやられちまったかい?」
    「あ、いや……すまない。考え事を」

     店の前にずっと立たれては、営業妨害も甚だしい。そう言うかのように鍛冶師の彼女が言う。いつも男勝りで語気の強い彼女だが、今日はいつもより強く感じられて、思わず足早にそこを去るベレト。
     次の目的地は温室だが、指輪の事が気がかりで足が重い。形見の指輪とは、とても大切なものだ。そんなことを考えているベレトに、再び天啓。

    『ま、あの小娘を寒空の下に長く置いておくのも気が引けよう』
    『心当たりが?』
    『無きにしも非ず、じゃの。ほれ、わしの示す方へ進むとのじゃ』

     そう言って彼女は、次は右だ、そのまま真っすぐだと俺の行く先を指示する。その指示に寄って辿り着いたのは、食堂の台所側の出口から出てまっすぐ進んだ所の低木。厩舎の方とはかなり距離があるし、人通りの少ないここに落ちているとは到底思えない。

    『その下じゃ、覗いてみよ』

     半ば疑いながら、地に頬を付けるように覗き込めば、確かにその低木の下にはいくつもの光物が落ちていた。

    「本当にあった……」
    『あの小娘の居たところは猫のたまり場。大方光物の好きな者がここに隠しておったのじゃろう』

     いくつもあるそれを、低木の下から掻き出せば、指輪をはじめとして、ヒルダが無くしたと言っていた腕飾りや、穴がふさがってしまうとクロードが嘆いていた替えの耳飾りも出て来た。『大漁じゃの』

    「ああ、猫には申し訳ないけれど」

     土をほろっていると帰ってきた猫がこちらを威嚇している。宝物を奪われたのだから仕方が無いか。引っかかれるのも覚悟で手を伸ばし、広い額を指先で掻く。

    「魚が釣れたら、君に一番にあげる」

     言葉が通じたのか、撫でたのが功を奏したのか、彼女はすぐそこへごろりと転がった。



     見つけた指輪を届けると、少女は泣き止むどころかまた一層泣いてしまった。以前のベレトであれば泣かせてしまったと焦っていただろうが、今の彼ならそれがうれし泣きであると分かる。

    「もう、なくさないようにね」
    「うん! ありがとうお兄ちゃん!」

     そう言って彼女は駆け足でその場を去る。転んで落としたりしないだろうか。

    『良かったのお』
    「君のおかげだ」
    『感謝せよ。小娘にはわしの姿が見えぬのだから、小娘分も感謝するとよいぞ』
    「女神ソティスのご慈悲か?」
    『……おぬし、冗談が上手くなったの』

     初めて聞いた女神の真名と同じ名を持つ彼女だが、欠片も女神らしくない。だから、本当に冗談であるつもりで聞いてみたのだが、ふと彼女の声色が暗くなった気がした。

    「大丈夫?」
    『……いや、少々考え込んでいての。何、おぬしに心配されるようなわしではない。ただ……わしはやはり女神と言う大それた存在であるのかと、ふと思っただけよ』
    「女神……分からないけど、君は優しい人だと思うよ。だから女神だというのも本当かも知れない」

     今は見えないが、目を丸くさせている姿が目に浮かぶ。おぬしも言うようになったのぉ、と慈しみの声で言う彼女は、確かに女神らしかった。

    『まあ、わしが女神であろうとそうで無かろうと、ただおぬしと同じものを見聞きし、おぬしと同じものを好きになってしもうた存在にすぎぬ』
    「同じもの?」
    『おぬしも好きであろう。人助け』



    「今思えば、あれも本当に少女に対する女神のご慈悲と言うものだったのかも知れない」

     ガルグ=マク大修道院の三階。主が変わった大司教の部屋に仕事を持ってきたセテスに向けて、そう話しかける。
     本当に女神だった彼女と一つになって、いつの間にかこんな大役を負うようになっていた。今までのように街中を駆け回って落とし物を拾い集めたりは出来なくなったが、その分持てた力を使って多くの人を助けられるようになった。例えば先ほどセテスが渡してくれた書面にあるように、一人一人と言葉を交わして何か力を貸したりもできる。

    「しかし、君と神祖は本当にそう気軽に言葉を交わしていたのだな」
    「気軽も気軽だ。騒がしい程に、楽しかった」

     そんなことを言うと、わしはまだおぬしの中にいるのじゃぞと怒られそうだ。それはセテスも例外ではないようで、少しばつの悪そうな顔をしている。しかしそこは人生経験の長い彼だ、一つ咳払いで切り替えた。

    「それで、先ほど渡した面談者の一覧だが、一番手前にある者が急を要する話でな」
    「もう来ているのか?」
    「昨日の深夜にはもう大修道院に入っていた。一応部屋を用意させたが……」
    「それを昨日のうちに教えて欲しかった」

     軽く書面に目を通し、一番上の外套は羽織らずに部屋を飛び出す。後ろで「かつての君の部屋だ」と言う声を聞き、階段を駆け下りた。
     一刻も争う話だ、これは。



    「大司教様!」
    「すまない、一晩も待たせて。不安だったろう」

     平民の中でも身なりの良い方では無い夫婦。その妻の腕の中には高熱にうなされる娘の姿があった。聞けば、原因の分からないままいたずらに薬を買う余裕も無ければ、医者も取り合ってくれないという。二日も意識が朦朧としたままと聞けば、命の危険は明白だった。

    「一先ず医者に掛かれるよう手配しよう」

     もう殆ど使われずに埃の被った机から、紙とペンを取り出して、旧帝国領のある場所を書く。大司教の署名と印を押し、やつれた顔の夫婦に差し出した。

    「ここの医者に掛かると良い。貴方たちの住まいとも近く通いやすい。それに、彼女は金銭の多寡で人を量らない人だから。あとは、私の名前も一緒に見せてやると融通してくれるかもしれない」

     消えきっていない涙痕をなぞって、また大粒の涙が彼女の目から流れて来た。これは、うれし涙。

    「ここからは距離があるから、馬車も貸そう。厩舎で適当な御者を捕まえて、この紙を見せたら連れて行ってくれる」
    「ああ、本当に……なんとお礼をしたらいいか」
    「お礼などは構わない。早く連れて行ってあげてくれ。それが一番嬉しいし、私も安心する」

     少女を女性の細腕では辛いからと、一度抱えて旦那に戻す。どうか無事で、いつか元気な顔を見せてくれると嬉しいなんて考えつつ。
     この御恩は忘れません、と何度も頭を下げながら部屋を出ていく夫婦。厩舎は反対側だが迷わず行けるだろうかと少し不安に思いながら、その後ろ姿を見ていると、紙を握りしめた妻の方が言った。

    「なんと慈悲深いお方なのでしょう!」

     偶然を目の当たりにした信徒の声だった。甘くて、優しくて、心酔しきっている声だった。
     その声が向けられてやっと気づいた。これは慈悲だったのかも知れない。今まで人助けだと思っていたこれは、いつの間にか慈悲なんて大それたものになっていたのかも知れない。

    「……今なら、君の気持がよくわかるかも」

     あの時本当に、君は人助けのつもりであの指輪を見つけ出したんだ。それが、ただの人間から見たら、慈悲のように見えただけで。
     締め切った部屋の窓を開ける。随分長く開けていなかったから、埃が舞って日差しに輝く。見渡せば、すっかり物が無くなって無機質な部屋になっていた。全て移したのだから当然だとは思うが、もう、自分の部屋だという感じはしなくなってしまった。あの三階と言う格上の、大司教の部屋がお似合いになってしまったらしい。

    「俺も、いつの間にかそちら側の人間になってしまったんだな」

     嫌だな、まだ人であるつもりだったのに。
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