夏休みの名物。渋谷中のどこからも望める大輪の花火。五人は一つの家族のように、咲いては消える花を見上げていた
「やっぱデカい方が派手で良いよな!」
「明るいし色いっぱいあるもんな」
縁側でスイカの種の飛距離を競いながら、花火を見上げる二人。その種が縁側の下で線香花火を灯すエマの目の前を通り過ぎ、火の粉が落ちると落胆の声色が二人に刺さった。
「も~! 今すっごく長くついてたのに、場地のせいだよ!」
「今のオレの種じゃねえし! オレはもっと遠くまで飛せるから」
「マイキーだったのね! 最後の一本だったのになぁ……」
「エマ、体幹」
悪びれることなく、スイカで口元を汚しながら呟く万次郎の隣に、ムッとしながらも座ったエマは、二人みたく強くなりたいわけじゃないからいいのと呟いた。
手元の花火が全てバケツのトゲになった頃、最後の連続花火に向けて、ひと時だけ空が静かになる。言い争いを続けていた三人を、大詰めを見届けるために縁側へ出て来た真一郎が諫めてやれば、東京でも珍しいほどに力強い蝉の声が響いた。
束の間、その声をかき消すほどの轟音で大輪の花が次々に打ちあがる。白い筋を描いて赤や青に炸裂していく中、一際大きく黄色の一輪が咲いた。これが今晩の主役なのだろうか、次々に打ちあがる中でも一際大きく何度も打ちあがる。夜であることも忘れさせるほど明るい空に目を奪われながらも、万次郎の敏い耳は、隣人の小さな一言を聞き逃さなかった。
「佐野のいろだ」
エマが家族になってから聞かなくなった呼び名で、喉の手前からこっそりと顔を出したように小さく場地が呟く。「オレの?」
「あ、黄色だからマイキーとエマの色だと思ってさ」
「ウチとマイキーの? それじゃあ場地と真兄の色は――」
「黒かぁ。黒の花火は……流石にねえよなぁ」
「う~ん、エマは場地と真兄とも一緒が良いのになぁ」
いつもは気丈に振舞っているエマが、今日は素直に寂しがるのを見て、真一郎は本物はずっと傍にいると言うように頭を撫でる。
「黒、空の色じゃん」
今まで聞き流しながらぼんやり空を見上げていた万次郎が、視線をずらさないまま呟く。「場地とシンイチロー、空じゃね?」
「お、いいな。俺達空だってさ、圭介」
「じゃあ、花火よりデカいし消えないし、マイキーより強いじゃん!」
「おー、そうだな。しかもマイキーもエマも俺達がいないと輝けないぜ」
俺たちの勝ちだな。にやけながら二人で万次郎へ顔を向けると、頬を膨らませて俺のほうが強いと呟いた。
「空なら、オレ達より先に居なくなっちゃダメだからな」
自分から言った手前、言葉を曲げることも出来ない。花火に消えそうな一言を、隣にいた場地だけがしっかりと聞き届けていた。
――※――
春先でも墓石は冷たい。湯切りをしたばかりのペヤングの湯気を眺めながら、その先の墓石に刻まれた文字を眺めた。
三月十九日。十二年後に向けたタイムカプセルを埋めた帰りの足で、万次郎は場地圭介へ近況報告をしに向かった。梵天との関東事変のこと、エマの死のこと、そして東京卍會の解散のこと。どれもこれも、自分の口からきっちり説明したい事ばかりだった。
「ガキの頃の夏、いつもの花火大会の時さ、そんなこと話してたの。お前なら覚えてるだろ。場地」
挑発するように笑いかけ、不良少年たちの上に立つには細く白い手で墓石を撫でる。
「じいちゃんだって元気に生きてんのにさ、シンイチローもエマも、お前も、みんないなくなってどうすんだよ」
空がないと花火は輝けないんじゃないのか。細い声が登って行った空は、白んで見えるほどの痛い快晴だった。