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    milouC1006

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    milouC1006

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    概念の煮凝り死別レク

     翠の茶器が割れた。白い法衣が紅茶色に染まる。大きないくつかの欠片と細かい土くれに戻ってしまったその茶器は、壊れてもなお美しかった。
     国交を樹立した記念としてパルミラ王から贈られたそれは、遥か東方の陶磁器で独特の彩色を施されていた。親愛の証として、後世の歴史資料として、恐らくあと百年も、五百年もずっと長くあり続けるはずだったが、もはや古代の遺跡から採掘されたものと同じ姿だ。こんなところで壊れるはずがなかった物の虚を突く様な衝撃が、覚悟していた凶報よりもずっと大きくフォドラ統一王の耳に響く。カリード王の訃報よりも、ずっと。

      ――※――

     喉元山脈の陸路が開通してからは、飛竜で単身山を越えるよりも、駿馬を走らせるほうが早く越えられるようになった。それでも愛竜との旅の時間を尊んで大迂回をしながらフォドラへ通っていた彼の事を思いだしながら、ベレトは統一王国きっての駿馬を全速力で走らせる。
     パルミラへ着いた頃には、全ての国民が宵町の薄暗さにも目立つ真っ白な衣装に身を包み、大規模な国葬が行われた後なのだと伺えた。仔細を聞けば明日の明朝、王はここを発つらしい。目立つ髪色を通行券に王宮へ入れてもらい、最後の面会の時間を与えてもらう。
     本人の望みで、遺体は自室の寝台に眠っていた。いつも通り彼の好きな香が焚かれて、部屋も好き勝手に荒れ放題のままだった。ただ、部屋の主だけが似合わない沈黙を貫いている。
    「君は、本当に死んでしまうんだな」
     殺しても死ななさそうなのに。自分も何度も共に乗った頃のある寝台の横に腰かける。肌艶も、薄橙の唇も、最後にあったその生前と変わらず輝いている。刻まれたしわの一つ一つは、生きた証としてかえって生き生きとして見せてくれる。出会ってから今まで、常に魅力的に変わり続ける彼は、その死顔さえ穏やかな微笑だった。出会ったすぐの頃、楽に死ねないだろうなどと笑っていた人間の終わりでは無かった。「水葬と聞いた」
    「どちらかの地に根付くことなく、広いものの中に沈み遠くを見たいのだと、そう言っていたらしいな」
     君らしい。前に会った時には無かったしわを一筋撫でる。口の端から首へ伸びるそれは、普段ならくすぐったいと笑ってくれていた場所だった、
    「こんなに綺麗な姿のまま海に沈む君はきっと美しいだろう。だけど、目に見えない生物や海の獣に食われてしまうのだと思うと、悔しいな」
     試しに俺が食べてみるのはどうだろう、と冗談を投げかけてみる。あんたは毎晩食ってたくせに、と小言を期待したがやはり帰ってこなかった。
     戦場から身を引いて少しだけ柔らかくなったが、変わらず固い万年だこが残る手を取る。指を絡めながら他愛ない話を一人繰り返すベレトは、元々得意では無かったその口を閉じた。
    「返事がなければ、俺はやはりまだ長く話せないな」
     最後にその一言を呟いて、同じく動かなくなった彼の胸元に額を預けた。

     人が死んで涙を流すのは後悔があるからだと、ここ数年よくクロードは口にしていたと思いだす。ベレトにも、自分にも言い聞かせるように。
     君を見送るときは泣くまいと、この数年は毎日のように覚悟を決め続けていた。後悔は残さないように、出来ることは全てしてきた。毎日どんなことで死んでしまうのかを考えて、苦しくなっては君に会いに行って元気を貰って、これから数千年の人生で一番の愛情を注ぎ続けた。
    「それでも、やはり君が死ぬというのは、寂しいものなんだ」
     平原の大国に注ぐ雨は嫌に静かで、黒雲は僅かな月明りも漏らさずに空を埋め尽くしていた。
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