憧憬を纏いしチャンピオン「あと少しだ、歩けるかライト?」
「平気、っす…」
ビリーに支えられながら歩を進めるライトは残された気力で意識を保つ。
重い足取りのライトに怪我らしきものは無いがサングラスのその下は蒼白となり、平気だと言ったものの精神はかなり追い詰められていた。
「楽にしとけ」
ビリーの部屋へ辿り着きベッドに座らせられたライトは、憧れの先輩の前で情けない姿を見せたことに萎縮する。
一週間前、カリュドーンの子に再び面倒事を持ち込もうとする輩がいることを突き止めた。
探りを入れ少々手間が掛かりそうだと踏んだライトは、気を使うことなく共闘できるビリーを助っ人に連れ出した。
拠点に突如現れた新旧チャンピオンによりその場は混沌化した。
数多の荒くれ者どもを薙ぎ倒す2人に焦りを覚えた首謀者の大男は、あろうことかライトの拳を受け崩れ落ちかけた下っ端を邪魔だとばかりに刃物で切り捨てた。
その瞬間ライトの目前で鮮血が飛び散り降りかかった。
息が詰まり視界が揺らぐ。
「ライト!!」
鼓膜を震わせた声により手放しかけた意識を引き戻し猛威を振るう。
「ハァァァアッ!!!」
大振りで刃物を振りかざす大男に燃え上がる拳を見舞った。
野太い悲鳴と共に男の体は宙を舞い地面に叩きつけられる。
それを目の当たりにした生き残りの残党は慌てふためき逃げ去っていった。
「クッ…」
崩れかけた体を駆け寄ったビリーに支えられる。
「ライト!大丈夫か⁈」
「っ…すんません、大丈夫っす…」
乱れる呼吸を整え、脱力する脚に鞭を入れ踏みとどまった。
こうしてホロウから脱した2人はなんとか無事にビリーの拠点まで帰り着いた。
(やっちまったな…)
手渡された水を口に含みながら肩を落とすライト。
ビリーはそんな萎びた後輩の頭をわしゃりと撫で、声をかける。
「動けそうならシャワー浴びてこいよ」
「はい…」
先輩の言葉に甘え重い足取りで浴室へと向かう。
ビリーはそんなライトを見届けて何かしてやれないかと頭を捻る、が特別何も思いつかなかった。
まぁ、してやれることはひとつか…とライトの着替えを用意し静かに待った。
ライトは熱い湯を浴び自省する。
似たようなことは以前にもあった。
カリュドーンの子に馴染み始めた頃、鮮血を目の当たりにし気をやってしまった。
(あの時からなんも変わんねぇな…)
項垂れながら全身くまなく清め、ビリーが用意してくれたラフなシャツに袖を通す。
「ライト」
シャワーから戻れば腕を広げて待つ恋人がいた。
「ん…」
ライトが素直に身を寄せれば、心地よい力加減で抱きしめられる。
「よく頑張ったな気ぃ失わなかったじゃねぇか」
「…はい…でも」
「成長したな」
ビリーはライトの言葉を遮り髪をわしゃわしゃと撫でくりまわす。
愛する人の抱擁と憧れの人からの暖かな言葉により熱いものが込み上げきたライトは、硬い肩に顔を埋め溢れ出そうになるものを堪えた。
「なんか…あの時みてぇだな…」
ぼそりと呟いたビリーの言葉で2人して同じ時を思い出す。
それはライトが初めてビリーの目前で気を失い、慌てて抱え連れ帰った時のこと。
目を覚したライトは極限まで精神を追い詰められており、どうしたらいいか分からず抱きしめ慰め続けた。
自分が情けない、申し訳ないと涙を堪え鼻を鳴らすライトに大丈夫だ、気にするなと慣れない手つきで頭を撫でた。
「俺は…アンタに憧れて…アンタが、好きで…」
憧れ慕う相手に慰められ感情が昂ったライトの口から思わず溢れ出た告白。
その言葉にビリーは驚き、意味を取り違えていないか慎重に尋ねようとした。
「そいつぁ、つまり…」
「アンタに抱かれてもいい…」
その瞬間ビリーはボディの熱が上昇するのを感じた。
肩に埋められたライトの表情は見れなかったが泣いているのが分かった。
「こんな貧弱で汚い欲まみれの奴…いらないっすよね」
「いらないわけねぇだろ」
ライトの肩を掴みジッと赤く腫れた目を見つめる。
「っ、同情なら…」
反撥しようとしたライトだったが、突如ベッドに押し倒され目を丸くする。
「こんなこと、同情でしねぇよ」
「パイ、セン…ッ!」
服の中に温もりのある手が滑り込み肌を撫でる。
「オマエはいらねない奴じゃねぇって、パイセンが教えてやるよ…」
「なんかしてほしいこと、あるか?」
ビリーは過去に思いを馳せるライトの耳元で囁く。
「……ひとつ、ワガママいいっすか」
「お、なんだ?」
あの時は突然のことで自分だけが身ぐるみ剥がされ、硬く熱を持った剛鉄の手で全身を愛でられ慰められた。
また同じように、この身に思い知らせてほしい。
「昔の服で、あの時みたいに…いや、あれ以上にアンタが欲しい…」
意外なお強請りに少々驚き、黄色いアイライトがスゥと細められる。
「昔のか?」
「ダメっすか?」
「いや…いいぜ、ちょっと待ってろ」
可愛い後輩兼恋人のためならばとクローゼットへと向かい、取り出した真っ赤なロングジャケットを羽織る。
「これでいいか?」
「…イイっすね」
それはライトがかつて憧れを抱いたチャンピオンそのものだった。
「で?あの時よりもたっぷり愛されたいって?」
二言は無しだぜ、と肩を掴かまれライトの身体に熱が増す。
はい…と小さく頷きけばどちらからともなくベッドに倒れ込んだ。
「ライト、覚悟しろよ?」
かつてと変わらぬ赤いチャンピオンに覆われ胸が高鳴る。
「ハッ、上等…!」
憧れ愛する恋人の赤い背に腕を回し口付けるのを合図に、2人の身体は深く深く交わっていった。
「なぁライト」
「ん…?」
心地よい怠さに満たされ、うつらうつらとするライトの髪を愛でるように指で梳かす。
「いつか何もかも克服したらよ、こいつも継いでくれねぇか」
「!」
ライトの手を握りそれに触れさせれば、落ちかけていた瞼が見開かれる。
ビリーの様子を伺い、冗談ではないことを確信したライトは覚悟を決めて応える。
「……分かりました、必ずソイツも俺が貰い受けますんで」
「ハハ、楽しみにしてるぜ」
*
どれだけ時が経とうと郊外を仕切るカリュードーンの子を貶めようとする輩は現れる。
だがそれを成し遂げられた者は未だ一人もいなかった。
必ずその者の前にチャンピオンが立ちはだかるからだ。
「ウチを潰したきゃ俺に勝て、シンプルでいいだろう?」
今やただのトレードマークとなったサングラスを指で軽く押し上げ、挑発的な笑みを見せる男。
その身を染める赤により、それが無敗のチャンピオン・ライトであることは誰の目にも明らかだった。
「さぁ始めようぜ、全員まとめてかかってこい」
憧れの先代、そして愛する人との約束を果たしたライトはかつてのチャンピオンと同じ赤を纏い、護るべき者の為に灼熱の拳を振るった。
無謀者に鉄槌を下した無敗無敵のチャンピオンは愛車に跨り颯爽と走り出す。
赤いマフラーと赤いロングジャケットを靡かせ、愛する人の元へと向かうためために。