SS(アスキラ)吸血鬼パロお腹がとても空いたのに相方がいない。
キラはため息をつきながら途方に暮れる。今はまだ大丈夫だけれど、そろそろ自我が怪しくなる頃だ。
しかも今は外である。
「アスラン、どこまで行ったんだろ……」
キラがそろそろお腹が空く頃なのは分かっているはずだ。けれど相方は……だからこそ、なのだがキラを置いて街中へ買い出しに行ってしまった。
かれこれ結構経つ。
落ちてゆく陽と同じようにキラの自我も少しずつ落ちていく。
先程まで太陽に照らされきらきらしていたアメジストのような瞳に翳りがさす。
「ん……だめだ、どうしよう」
キラとて無闇矢鱈と襲いたいわけでもない。
けれど。やはり人間三大欲求には勝てないのだ。それがキラにも当てはまるのかは謎だが、キラだからこそ勝てない気もした。
ここまで空腹にさせるアスランが悪い。
そうキラは結論づけるとゆるりと立ち上がる。
ほとんど落ちた夕日が長い影をつくりーーーその先にたどり着いた。
(あ、いいかも)
パッと見た感じキラのような旅人に見える。
まだ10代だろうか。
少し癖のある黒い髪を方々に散らして、向こうへ真っ直ぐ歩いていた。
その歩き方が潔くて、キラはふふ、と笑いゆっくりと後を追った。
けれど追いつくより早く、少年が振り返った。
「……影で分かるんだよ」
なるほど。
夕日に作られた伸びたそれが、キラの訪れを少年に告げていたようだ。
振り向いた少年の瞳は真っ赤なルビーのよう。
やはりキラの外見より少し、下くらいに見える。
幼さが垣間見えるが、けれどキラを射抜くような目はその歩き方と同じで真っ直ぐだ。
(わ、すごくいいーーー)
空腹に耐えかねていたことに加えて、少年の容貌はとてもキラの好みであった。
ぞくり、と背筋に何かが走る。
「俺に何か用か?」
「うん、少しだけ」
「金ならないぞ」
「僕もない」
「はぁ?」
キラの見た目から確かに追い剥ぎには見えない。
シンプルだが小綺麗で、薄い外套を羽織っている。
歩く時に揺れるサラサラの髪はブラウンで、何の変哲もないけれど、少年を見つめる瞳は逆光で見えにくいが紫、か。けれど、光は見えない。
それでも彼がとても美しいのは分かった。
それは顔の造形かその雰囲気か。
あるいは両方か。
少年が考えを巡らせていると、気がつけば目の前に立たれていた。
やはり瞳は紫色だった。
(いつの間にーーー)
身長はさほど変わらない。
だが纏う雰囲気は自分より遥かに大人びていて、キレイで、魅入られる。
「名前聞いてもいい?僕はキラだよ」
「キラ……」
「うん。君は?」
「……シン。シン・アスカ」
迂闊に名前を言うんじゃない。
もし言えば魔物に取り憑かれるよ。
そう母国で口が酸っぱくなるほど言われたというのに。
少年ーーーシンは請われるままその名を口にした。
「シン!素敵ななまえだ」
美味しそうだね
音にはならなかった、キラの声がその紡ぐ唇から聞こえてくるようだった。
肌は特段白いわけでもない。どちらかというとシンよりも健康的な、けれど陶器のような。
その唇は、日が落ちても分かるほど赤く感じた。
相変わらず光のない紫色の瞳が細められーーーーーー
「ーーーー?!」
シンの唇が塞がれていた。
驚き薄く開いていた口内に、すぐにぬるり、と入り込むなにか。
上顎をなぞられ思わず奥に引っ込んでいたシンの舌を絡めとってくる。
熱を帯びそうになったその時ーーーそれはすぐに離された。
キラの体が、シンの目の前から引き剥がされていたのだ。
「……ありゃ」
「ありゃ、じゃ、な、、、いっっ」
残念そうな声を出すキラに対して、シンからキラを引き剥がした人物が肩でぜーはーと息をしながら彼をそのまま腕に抱き直した。
「アスランが遅いから」
「それは、済まなかったが」
はー、とアスランと呼ばれた青年が深く息を吐ききって、シンの方を見た。
今日はなんて日だろうか。
落ちた日に紛れそうな程の暗い髪色に対して、シンを見る瞳は透き通るような翠。
一日に二人もこれだけの美青年をみることになるとは。
固まりかけた思考は思わずまったく違うことを考えてしまっていた。
アスランの腕の中にいるキラに視線をやれば、キラのアメジストには少し光が入っていた。
(……?)
けれどそれを疑問に思うより早く、アスランが口を開く。
「君、大丈夫か?」
「え、あ、はい」
大丈夫とはなんのことか。
「ーーーーー!!」
漸くここで思考が戻り、今キラと名乗った彼にされたことを思い出した。
キス、だった。
柔らかく、冷たいものが間違いなくシンのそれに触れていたのだ。
そしてとても熱いものが、シンを絡めとっていた。
「その、済まなかったな、俺の連れが……」
行為だけ思い返せば、突然後を追われ、振り返ればキスをされた。それも同じ男に。救いなのは相手がそれはそれはキレイな男だったことか。
いや、れっきとした痴漢行為なのでは。
「あ、いや、その……」
驚きはしたが気持ちよかった。
そんなことは決して言えないが。
見ればキラは妖艶に微笑んでいる。
ぺろり、と自分の唇を舐めるその仕草が、先程キラにされたことを思い出してシンはカッと頬に熱がさしこんだ。
それにあからさまにアスランと呼ばれた青年は眉根を寄せ、もう一度「済まなかった」と言ってキラを抱いたまま踵を返す。
忘れてくれ、と背中越しに言われ、キラは呑気に手を振っている。
シンは何かの魔法にかかったかのようにそこを動けず、二人の背中を見送った。
※
「っ……んっ……」
甘い声が漏れる。
目的を持ってキラの腹から背中にかけて動く腕に心地良さそうにしながら、キラは目の前のアスランを見つめた。
「……ここで?」
「腹、減ってるんだろ」
それにアスランは淡々と返す。
東屋のテーブルに押し倒したキラの首筋に顔を埋める。
「ぁ、んっ」
お腹は空いている。
けれど。
これを言ったらアスランはもっと激しく求めてくれるだろうか。
キラはアスランに気づかれるよう笑った。
「さっき少し補給したから、ね」
美味しかったよ、と付け足して。
すると案の定アスランが強引にキラの服をまくった。
カリっと薄い胸の頂きを指でかく。
「っ……はっん……やきもち?」
「ちがう……」
そう言いながらアスランは引っ掻いたキラの突起を口に含み、転がした。
「被害者を増やしたくないだけだ」
ヴァンパイアの。
そう紡いだ声は、キラの甘い声にかき消された。