SS(コノキラ)「彼氏に入り浸れて困ってる」
食堂にいると、ふと耳に入ってきた会話になんとなく意識を向けた。
ざわついた中で、特に大きな声でもないのになぜか聞こえてくる声があるが、そんな感じでキラとて聞こうとして聞いたわけではない。
「どーゆーこと?」
「雑誌の特集なんだけど、彼氏が部屋に入り浸ってて帰ってくれないんだって」
「うっわ、迷惑……プライベートだって欲しいじゃん」
「ねー?」
青い服に身を包んだ二人の女性クルーに恐らく他意はない。端末をみているから、雑誌のデジタル配信を見ながらのただの雑談だ。
けれど。
(…………僕)
ふと我に返った。
勤務が終わりーーー正確に言えば総指揮官のキラは特に勤務時間は決まってないので自身のさじ加減なのだが、不足してきたなぁ、と思ったらキリのいいところで仕事を切り上げ、コノエの部屋に行く。
いなければソファに座って待ってて、大抵そのまま寝てしまうのだが、戻ってきたコノエが寝る前の習慣である筋トレか読書をしていて、キラが起きたことに気がついたらそのままシーツに沈められーー朝になっている。
先にコノエが部屋に戻っていれば、キラの為にいつも甘いものを置いてくれているのでそれを食べてシャワーを浴びて、やはりシーツに沈められて朝になっている。
朝になれば出勤、といっても同じ艦内だが二人で出て、そのままその日のミーティングを行い…………以下繰り返しだ。
(僕、艦長の部屋に入り浸ってる…………?!!)
そう言えば最後に自室に戻ったのはいつだろうか。
確か3日前くらいにはヤマト隊の話し合いがあったから、自室にいた。
けれどそれ以外はどうだろうか。
「め、迷惑……」
クルーの言葉がぐるぐると回った。
コノエはよく読書をしているが、キラがいる時は?
あれ?どうだろうか?
キラは立ち上がるとふらり、と食堂を後にした。
あくまでも女性たちが話していたのは世間一般の話で、彼女たちの感想だ。それは分かっている。
分かっている、が。
最初こそコノエに行ってもいいか聞いていたキラだったが、この最近はそれもしていなかった。
コノエからはいつでもどうぞ、とパスコードも聞いているし、IDも登録してもらっている。
とはいえ。
これは入り浸っているといっても過言ではないだろう。
フラフラと半無重力の通路を通っていると、ふと腕を掴まれた。
噂ではないが、考えていれば、だ。
コノエがキラの細い腕を掴んでいる。
「どうされました?准将」
ふらついてます、と言われ体調が悪いわけではないことを伝え。
キラよりも高い位置にある瞳を見つめた。
「ーーーキラ?」
優しい低い声が鼓膜を震わせる。
通路であるがこのままその腕に身を寄せそうになってーーすんでのところで留まった。
「キラ、今日ですが」
それに気づいているのかいないのか。
コノエが続けようとした言葉を遮った。
「あぁっあの、やることあって!」
ごめんなさい!と何に謝ったのか分からないまま、キラは頭を下げてそのまま勢いよく去っていった。
あまりの勢いにコノエは「え?」と言いつつ立ちすくんだまま。
たまに突飛なことをするのでこれもその類いかと思い直し、数日後コノエはそれを後悔した。
今日で5日。
たかが5日、されど5日。
キラが、部屋に来なくなってそれだけの日付が経過していた。
(あの時からか)
通路でたまたま会った時。
確かにキラの様子はおかしかった。
あの夜は予定があったので遅くなる旨を伝えようとしたのだが、キラは慌てた様子で、そして来なかった。
部屋できちんと休んでいるのなら構わない。
ーーーいや。
(構わなくない、な)
キラのいない部屋はひどく広く感じるし、寒い気がする。毎日顔は合わせているが、これが寂しいという感情なのだと気づくのに時間はそうかからなかった。
声をかければ話はするし、いつものように柔らかく微笑んでくれる。
堪らず通路の端で口付けを落とせば驚きつつも受け入れてくれた。
だから嫌われたわけではないだろう。
けれど。
「…………足りない」
あの存在を、この腕に思う存分かき抱きたいというのに。
その欲求は高まるばかりで本人はするりとかいくぐってしまう。
それに毎日コノエの部屋にいたのに、急にどうしたというのだろうか。
何かやらかしただろうかと振り返るが、特に思いつかない。ベッドシーツは決められた日以外にも変えているし、シャワーとてそうだ。
むしろキラはいつも抱き締めれば艦長の匂いだ、と嬉しそうに笑っているのだが。
(……いかん)
思わず熱が集まりそうになって首を振ってやり過ごす。
5日キラが来ていないということは、5日キラを抱いていない。
そこでふと思い当たる。
……毎日はさすがに抱きすぎたのだろうか、と。
けれどいつも1回でガマンしている。たまに、ほんとにたまに2回シたりもするが。
(いや、しかしあれはキラも悪い)
無自覚に誘うあの色香をどうかして欲しい。
四十路にもなる男を夢中にさせるなど。
ついキラ不足から思考が逸れてしまうが、そもそも何故キラが来なくなったか、だ。
ワーホリが基本スペックな恋人ではあるが、それでも必ずコノエの所に帰ってきていたのに。
そんなにいそぐような開発物もないはずだ。
たまにハインラインと趣味の範疇を超えた趣味のものを作っているようだが。
その相方を見る限りそんな様子もない。
だからますます謎だった。
やはり何かしだかしたのか?と最初の問に戻る。
だが考えたところで仕方ない。
答えは本人にしか分からないのだから。
コノエは立ち上がるとブリッジを後にした。
時刻はプラント標準時間夜の8時すぎ。
もうよいだろうと。
「准将」
ここだろうと当たりをつけて格納庫に向かえば、すぐにその亜麻色の髪を見つけた。
呼べば振り返り、ふわりと微笑う。
(ああ、本当に)
そんな風に嬉しそうな顔を向けてくれるのに。
なぜ、とコノエは逡巡しながら部屋に来て欲しいと言った。
それに明らかに固まるキラ。
どうも部屋がダメらしい。
「今度の作戦のことで確認したいことがありますので」
かまいませんね?と少し有無を言わさぬ声音で言い、キラからの返事を待たずに格納庫を後にした。
どうしようーーー……
艦長に迷惑をかけていたかもしれない。
そう思って彼の部屋に行かないようにして5日。
キラもそろそろ限界だった。
なぜかたまに連れ込まれてはキスをされて、好きですよ、なんて言われて。
ますます行きたくなってしまっていたのだが、ぐっと我慢していた。無理矢理仕事を押し込んでは考えないようにしていたのだが。
先程部屋に来るように言われた。
もちろん階級としてはキラの方が上だが、それは『階級上』のことである。
実際はコノエの方が年上であるし、指揮官としての実務経験が雲泥の差なのでコノエに頼ることの方が多い。
だから作戦のことで話があると言われれば行かざるを得ない。
行けば泊まりたくなってしまう。
(……たまになら、いいのかな?)
その頻度がいまいち分からないのだが。
入り浸るから迷惑ならば。
じゃぁいいかもしれない。
なにせもう5日だ。
よし、とキラは意気込むとコノエの部屋の前に立つ。
(……あれ?)
けれどふと思い出した。
次の作戦ってなんだろう。
大規模なものはなかったはずだし、なんなら今ミレニアムはプラントに戻っている途中だ。
けれどそれを思いつくより早く、部屋のドアが開いた。
「あーー」
そして開いたと同時に引きずり込まれ、閉まる音を背に抱きしめられていた。
「艦長ーー……?」
「……一つお聞きしたいのですが」
「?はい」
「キラは私に飽きましたか?」
「はっ?!」
思いがけないコノエの言葉に、これがそうかと思うくらいの素っ頓狂な声をあげるキラ。
「あぁ、違うか。私の部屋がいやですか?」
「え?ちが、ちがいますっ」
ブンブンと首を振る。
何故そうなるのか。
むしろ来たくて仕方がなかったのに。
この腕に、どれだけ抱きしめられて眠りたかったか。
「……隈が」
「あ」
コノエがいなければ眠りは浅いし、仕事を詰め込んだためそもそもの睡眠時間が少ない。
紫を縁取る長いまつ毛の下、影になったそこにできた隈をコノエはそっとなぜた。
「キラ、ではなぜ部屋に来なかったのですか?」
「え、だっ、て、僕ちょっといすぎかな、って」
「居すぎ?」
「入り浸ってるっていうか」
その、と口ごもるキラに漸く合点がいった。
数日前にブリッジクルーの女性二人がそんな話をしていて、勤務中だった為窘めた記憶がある。
あそこにキラはいなかったはずだが、どこかで耳にしたのだろう。
理解したコノエは細いキラの肩に腕をのせたまま、はーと息を吐いて項垂れた。
「かん、ちょう?」
「私が迷惑だと言いましたか?」
「それは……艦長優しいから……」
「嫌なものも、して欲しいこともちゃんとお伝えしているはずです」
例えば服のままベッドに入るな。
例えば隊服はきちんとハンガーにかける。
食事はきちんと摂る。
1日1回は必ずキスをする、など。
けれどそれはたまにコノエ自身が破っている。
どういうタイミングか分からないが、そのままキラを押し倒すこともあるし、そうすれば隊服はハンガーにかけられないし、食事は一緒なら摂るが毎回は難しいし、キスは……何度もする。
「僕、いてもいいんですか?」
「いてください。むしろいないと困る。キラ、貴方が足りない」
「ーーー!!!!」
そっと手をとられ、キスを落とされる。
その表情が全てを物語っていて、自分の我慢はなんだったのだろうと落ち込んだ。
「キラ、5日だ」
「?はい」
「今日は寝られないと思ってください」
「な、え、えぇっ?!」
作戦は?!と聞けばそんな任務はありません、とあっさり返された。
そう、コノエはとうにルームウェアになっている。
普段なら隠された、隆起したしなやかな筋肉が惜しげも無く晒されて、キラを包んでいるのだ。
「ぼく、も」
ちゅ、ちゅ、と顔中に落とされる唇にくすぐったく思いながら、ちゃんと伝えなくては、と目を閉じた。