アキイト馴れ初め(未完成)1
いつからか、そんなことを言い出すと初めて見たその瞬間。
一際目立つ炎、風に靡く赤いマフラー、挑発的な笑みを浮かべた横顔、全てが鮮明に思い出せる。
一目惚れだった。人目見た瞬間、雷に打たれたような衝撃…なんて映画でよく聞く台詞を頭の中で反復させた。
「プロキ…店長、聞いてるか?」
ぼんやりとそんなことを考えていると一目惚れの相手、元言いライトさんが訝しげに声をかけてきた。
「ああ、もちろん。所でライトさん、こんな所でその言い間違えは頂けないな」
「悪い…」
ニコリと笑って返せば申し訳なさそうに目を逸らすのがサングラス越しに伺える。
関わってから分かったことだがライトさんは割と表情に出やすいらしい。
ただよく見ないとサングラスと長い髪で半分隠されたそれに気づくのは難しい。
(まぁ1度その事に気づけば簡単なのだけれど)
「今度から気をつけて貰えれば大丈夫さ、ライトさんだってわざとじゃないだろう?
ああでも、普段から名前で呼んでもらえばそんな心配いらないね」
「…悪かったよ」
『名前で呼んで』というのは僕の希望が大半だったのだけれどどうやらライトさんは怒ってると捉えたようだった。
しょんぼりとしている彼も可愛らしいがそんな事で怒る小さい人間だと思われるのも嫌だ。
「別に怒っているわけじゃないさ、ただ前に名前で呼んでくれただろう?
その時ライトさんと親密になれたようで嬉しかったんだ。」
そう困ったように笑えばライトさんは一瞬呆気に取られたような顔をしてからサングラスを直す仕草をする。
「俺と仲良くしたって別段利益もなかろうに…まぁアンタがそう言うなら今度から名前で呼ぶさ」
「本当かい?ライトさんに名前で呼んでもらえるなんて光栄だな」
「…名前呼びなんて大したことじゃないだろ?」
「そんなことないさ、凄く嬉しい。」
本当に嬉しかったのでにこにこと返せばバツが悪そうにライトさんの視線が泳いだあとゴホン、とライトさんが咳払いをした。
「所で…ぁ、アキラ、この前借りたビデオなんだが続きはあるのか?」
「もちろん、今から取ってくるよ。ここで観ていくかい?」
「いや、今日は他に用事があるんでね、持ち帰らせてもらう」
「了解、準備するからそこで少し待っていて」
ライトさんに貸し出す準備をしつつ残念に思う。せっかくならもっと一緒にいたかった。
ライトさんと会える頻度はそう多くない。そうは言っても彼は優しいから声をかければ大体時間を作ってくれる。
仕方がない、今日は諦めて後日ご飯でも誘おう。
「なんだ、そんなにこの映画が見たかったのか?」
しょんぼりしてる理由を映画が見れなかったからと勘違いしたらしいライトさんがそう問いかけてくる。
「なら借りるのは今度でも大丈夫だが…」
「僕はライトさんと一緒に観たかったんだよ」
お門違いなことを言うライトさんに被せるようにそういえばキョトンとした顔をした。何故?と顔に書いてある。この人は本当にわかってないのだ。
まぁ、眼中に無いということだろうか。
つまりこんな遠回しでは一生気づいて貰えないということだ。
「ライトさんこの後の用事って何かな」
「え、ああ…と、お嬢様とバーニスに頼まれた物が…」
「それは急ぎの物?」
「それは分からんが、」
「ちょっと待って連絡してみるよ」
「は、何で」
「ライトさん」
二人にメッセージを送りライトさんを見る。
明らかに戸惑っているライトさんの手を掴んで引っ張る。
「は??ちょ、プ…アキラ!」
「ははっ、ちゃんと言い直せて偉いねライトさん」
「いや、それはいいだろ…急にどうしたんだ」
ライトさんの手を引いて二階の自室まで向かう。
大人しく着いてきてくれるライトさんに何だか胸の辺りがムズムズする。
なんと言うか、ほんとにこの人は…
ガチャリと部屋にライトさんを入れてからドアを閉める。
「ねぇライトさん」
戸惑っている様子のライトさんの手を離してそのままライトさんの頬に手を添える。
ピクリと僅かに肩が揺れた。けれどそれ以上は動かない。
それをいいことに顔を近づければサングラス越しに揺れる瞳が映る。
「あ、きら」
「ライトさん、好きだよ…愛してる」
ひゅ、と小さく息を飲む音がした。
ぎゅっと、瞼を閉じるとライトさんの眉間に皺が寄る。
そして瞼を開くとふい、と目線が下がる。
「……俺は…アンタをそういった目で見てない」
「……」
「悪いが諦めてくれ」
「………」
「………」
お互いに無言になる。振られてしまった。悲しいな。
頬に添えた手を離す。ズレたサングラスから覗くライトさんの瞳がゆらりと僅かに揺れた。
「分かったよ。」
離れたあとも喋らないライトさんに苦笑いをする。
「突然こんな事を言ってしまってごめんライトさん、迷惑だったね。今のことは忘れてまた仲良くして欲しいって言うのは我儘かな…?」
「いや…、問題ない。今日の事はお互いなかったことにしよう」
サングラスを掛け直してからそう言うとライトさんはドアを開けて出ていった。
最後の表情はサングラスと前髪で隠れて分からなかった。
2
「待たせてしまったかな」
待ち合わせをした公園でぼんやりしていると後ろから声をかけられる。
「いや、俺もさっき来たところさ」
「その台詞は待っていた人が言うものだよ」
ははっ、可笑しそうに笑う店長につられて笑う。
まぁたしかにそうかもしれない。
「でも実際ついさっき来たところなんだがな」
「それならいいのだけれど…そうだな、じゃあ今日は僕の奢りでいこう」
「何でそうなるんだ?」
「何だか今日は奢りたい気分なんだ」
楽しそう言うとじゃあ行こう、と手を差し伸べられ握られる…と思いきやすんでのところでピタリと止まり戻っていく。
「予約したお店はこっちの方なんだ」
戻した手を使い目指す方向を指さす。それに従い1歩踏み出せば安心したように少し息を吐いた気配がした。
それに気付かないふりをして歩みを進める。
これはお互いに気づくべきじゃない。
前に店長…アキラから好きだと言われたことがある。聞いた時は驚いたしまさか、と思った。
アキラは聡明な奴だ。それに人脈も広い優しく穏やかな雰囲気もあってか人望も厚い。『いいひと』なんてそれこそ引く手数多だろう。
その『いいひと』に俺を入れるなんて間違いがあってはいけない。
コイツにはもっと見合った人と未来を添い遂げて欲しい。間違っても俺みたいな人間ではなく。
だから断った。
これは正しい選択だ。
そうだろ?
「ライトさんはどうなの?」
「は」
その問いに思わず動揺した。
「好き?」
「な、に」
まるで心を読まれたようでドクドクと心臓が忙しなくなる。
「何って…火鍋の辛さだよ」
不思議そうな顔をする店長にふと無意識に力んでいたらしい身体の力が抜ける。
「あ、ああ…そうだな、あまり辛すぎなければ…大丈夫さ」
誤魔化すようにグラサンを掛け直すとじゃあ普通位でたのもうかと店長の声がした。
忘れろと言ったのは俺なのに、
アキラは約束を守ろうとしてくれている。
それなのに俺の方が意識してしまってる。情けない限りだ。
思考を切り替えるために軽く息を吐くと店長との会話に集中することにした。
「美味しかったね」
満足気な様子で話しかけてくる店長に無言を貫く。
口の中がヒリヒリする。
「あれ、もしかして美味しくなかったかい?」
「…いや、少し…俺には辛過ぎただけさ…」
バツが悪そうにそう言えば店長は可笑しそうに笑う。
「あははっ、ライトさんって辛いのが苦手なのかい?じゃあ先に言ってくれればよかったのに…あ、そうだ」
散々笑った後に思い出したかのようにポケットを探る。
「あった、はいこれあげるよ」
どうぞ、と渡されたそれはブドウ味の飴だった。
「前にブドウ味が好きだって言っていたから残しておいたんだ」
口直しになるといいけど、
そう気遣ってくれる言葉と自分の手の中にある好きな味の飴にチクリと胸が痛む。
「有難く頂くよ」
封を切って口の中に放り込む。
コロりと転がすとじんわりと甘みが口の中に広がった。
「…美味いな」
「今度行く時は甘味でも食べに行こうか」
飴を食べる俺に微笑む。
今度があるのか、その事に安心してしまった自分に気付かないふりをする。
だって本当は分かっている。
アキラの表情や態度から、まだ俺を好いていてくれてるんだと。
それに対して安心している自分がいる。
自分で断っておいて。
「そうだな、次はパフェでも食べに行くか」
2.5
「お兄ちゃん、最近どう?」
「ん?何がだい?」
「も〜分かってるくせにぃ」
頬を膨らませて拗ねるリンに思わず笑みがこぼれる。
「そうだな…まあまあかな」
「あれ、順調じゃないんだ?」
「うん、今回は本気だからね。確実に捕まえられるまでは油断しないさ」
「ふーん」
「そう言えばリン、今度の予定だけれど」
「バッチリだよ〜!みんな集めてパァーと盛り上がろ〜!」
「フフっ、そうだね…みんなで、ね」
「うわ〜、お兄ちゃん悪い顔!」
「酷いな、こんなに楽しそうな顔してるのに」
「そんなこと言って、まぁ私はお兄ちゃんの味方だから〜」
ニヤッといたずらっ子のように笑ったリンに返事として笑みを返した。