春の夜は兎の尻尾「お花見楽しかったね〜♪」
Yokazenohorizonのメンバー揃っての夜桜見物の帰り、愛用のギターを担いだジャロップが上機嫌で弾むように歩くのを、リカオは隣に並んで歩きながら眺めている。
クースカが見つけてきた桜の綺麗な公園は、意外な穴場らしく花見客もまばらで、4人でゆっくりと公園の閉園時間まで夜桜を楽しむことができた。
今夜のために人気の和菓子屋で買ってきた甘味も、ウララギが用意してくれた花見弁当も、桜の木の下で味わうと一段と美味しく感じられた。
ウララギがその場で作るカクテルも皆で楽しみ、リカオもついいつも以上に飲み過ぎてしまった。
春になったとはいえ夜はまだ肌寒いが、アルコールと宴会で火照った体にはむしろその涼しさが心地よい。
今は「二次会がやりたい」とジャロップが言い出したのをきっかけに、BAR夜風で花見の続きをすることとなり、全員で移動をしている所だ。
リカオ達の少し先を、クースカとウララギが歩いている。
二人の背中を追いながらリカオは隣へ視線をやると、楽しそうなジャロップの揺れる尻尾が目に入った。
「ジャロップ」
「ウェ?なーに、リカオちん」
「『春の夜は兎の尻尾』とは、どういう意味か知ってるか?……です」
リカオは隣を歩いていたジャロップに、不意に質問した。
ジャロップが歩くたびに弾む丸い尻尾を見て思い出したそのことわざは、先日担当したクライアントから世間話のついでに教えられたものだった。
「うさぎのしっぽ……?」
足を止めたジャロップは、首を傾げて呟きながら自分の尻尾に手を伸ばして、ふかふかとしたその手触りを確かめる。
それから、ジャロップ達の少し前をクースカと一緒を歩いていたウララギに声を掛ける。
「ウララギちん、尻尾貸して!」
「? はい、どうぞ」
ウララギは理由はわからない様子だったが、駆け寄ってきたジャロップに抵抗なく尻尾を差し出す。
「ありがとー!」
礼を言うなりジャロップは、ウララギの尻尾に手を伸ばした。
ジャロップが毎回丁寧にカットとトリートメントを施しているウララギの尻尾は、見るからにふわふわで最高の触り心地をしているのがわかる。
遠慮なく尻尾を揉み倒すジャロップに、ウララギは笑顔でされるがままになっている。
むしろウララギの隣にいたクースカのほうが「ちょっと触りすぎじゃないの」と抗議の声をあげていた。
「リカオちん、わかったよ……!」
自らの尻尾とウララギの尻尾の感触を確かめたジャロップが、確信したように頷くと笑顔でリカオに向き直る。
「春の夜は、オレィ達の尻尾みたいに気持ち良くって幸せ〜!ってコトでしょ!」
「不正解だ……です」
「ええ~!?」
ジャロップはドヤ顔で胸を張っていたが、リカオにあっさりと否定をされて驚愕の表情で信じられないと言わんばかりの声をあげる。
「ユー達、さっきから何やってるのさ」
突然ウララギの尻尾を触りだしたかと思えば、訳のわからない話をするリカオとジャロップに、クースカが呆れたような表情で話しかけてくる。
「ジャロップに、春の夜はうさぎの尻尾の意味を質問していた……です」
リカオは手短に、ジャロップにしたのと同じ質問をクースカに伝える。
「それって外国のことわざだっけ?確か『春の夜はうさぎの尻尾と同じくらい短い』みたいな意味だよね」
話をきいてすぐに、クースカはあっさりと正解を答える。
リカオはさすがだと頷いたが、その答えを聞いたジャロップは拍子抜けした様子だった。
「なんか、普通すぎてつまんなくない?気持ち良くって幸せ〜!のほうが、今のオレィ達にピッタリだよね!」
そう言ってジャロップは、両手を広げてくるくると回転すると、リカオに背を向けて停止する。
リカオの目の前で、ジャロップの尻尾が回転を止めた反動でぽわんと揺れた。
確かにその柔らかな尻尾の感触は、今夜のような気持ちのいい夜によく似ているのかもしれない、と思えてきてしまう。
「そういう事にしておくか……です」
諦めと納得が混ざった呟きが、リカオの口から漏れる。
せっかくだから、うさぎの尻尾のような、短くて気持ちの良い幸せなこの夜を楽しもう。
そう考えたのは、リカオだけではなかったようだ。
「はやく行こうよ!」
急かし始めたジャロップに促され、4人は夜風に向かって歩き出した。