あの日の花火静かな山荘の奥、薄紅の灯が揺れる病の間。
四季山荘を建て直し、江湖の平穏の為に奮闘し、誰からも敬れ愛される盟主となった成嶺も、いまはもう、まるで白い薄氷のように弱々しく、肩で細く浅い呼吸を繰り返していた。
「師匠……師叔……」
弟子たちが、遠く山の奥に暮らす二人の剣仙に急ぎの使いを立てたのは、三日前のこと。
もはや起き上がることも叶わぬ主を見て、山荘の者たちは静かに最後の時を待っていた。
その夜。
遠雷のように鈴の音が響き、薄氷を割るようにそっと戸が開く。
「……成嶺」
長い黒髪に、変わらぬ穏やかな微笑を湛えた阿絮。
その傍らには、雪のように白い髪を揺らし、静かな目で成嶺を見つめる老温。
成嶺は、目を細めた。
四季山荘の、あの冬の夜が瞼の裏に蘇る。
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