後天性女体化子作りおねだりリリシル「親父殿。俺と子作りをしてください」
「……………………ん?」
夜半。消灯時間を過ぎた寮の廊下は薄暗く、人里を離れた森の中のように静かだった。そこに響いた凛とした声は、男子校には……いや、神聖なる学舎にはあまりに似つかわしくない音を象った。
聞き間違いだろうか。それはきっと、プレイしていた携帯ゲーム機をベッドに放り、なんじゃこんな時間に、と突然の訪問者に扉を開けたリリアのそうであってほしいという願いに他ならない。
しかし、現実とはいつも無情なもので。たっぷりの間の後で首を傾げた父に、「聞き取れなかったのだろう」と解釈したらしい素直な子どもはまた口を動かした。
「俺と子作りをしてください、と言いました」
「聞き間違いじゃないんかーい!」
「……?はい」
今度は子が、不思議そうに首を傾げる番だった。
まあ、とにかく中に入れ。そこは冷えるし、何より子作りだなんだと妙な噂が立つぞ。
そう部屋へと招いたのは、間違いなくファインプレー。ちょこんとベッドに座ったシルバーの手元には、温かなホットミルクの注がれた深緑のマグカップがあった。ちょっと待っておれ、と寮のキッチンで淹れてきたものである。
自身も隣に腰掛けて、黒いマグカップを傾ける。
「どうしたんじゃ、一体。寝惚けとるのか?」
「……俺は寝惚けてなどいません」
「そうか。なら、熱でも……」
「熱もありません、親父殿」
「うん、平熱じゃな。健康なのは良いことじゃ!」
ベッド脇、宝箱を模したケースの上にカップを置いて額に手のひらを当ててみたけれど、特に熱すぎるということはない。至って通常のヒトの子の体温。ならば、何がどうしてそうなった。柄にもなく動揺してしまったわ、なんて永きを生きた妖精は心の内でぼやいてみる。
白い水面にうつくしい色の瞳の先を向けたまま、顔を上げないシルバーになるべくいつも通りの声音を作り、リリアは言った。
「シルバー。まだお主には早かろうとこういった話を避けてきたわしが悪かった。知らなかったかもしれんが、妖精も人間も異性同士でしか子作りはできぬ。あと、子どもはキスをすると空から降ってくるのでもない」
「知っています、親父殿」
「何じゃと!?」
「男女がまぐわうことで子どもが、ふたりの間に命が出来るのでしょう」
「まぐわ……合ってはいるが、DKのくせに言い方が渋いのう」
知っているのであれば、話が早い。『息子』と『父』では無理じゃ、と笑おうとしたときだった。
「親父殿」
「うん?」
不意にリリアの手を掴み、シルバーがそれを己の胸元へと持っていく。そして、ぐ、と押し当てられて初めてそれの……そこに、彼にあるはずのないものの存在に気がついた。
「これなら、俺と子作りできますよね」
真剣な顔つきでそう告げたシルバーのからだは、正しく娘のものだった。