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    麦茶丸

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    麦茶丸

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    先日の続きです。次回はぐだ視点に戻ります。

    内面ぐちゃぐちゃカドぐだが好きです。
    この二人が順当に手順を踏んで付き合えば、ここまで立香がウブになることはなかったです。この無理やり焚きつけた、恋心にぐだはまだ片思い延長線でカドックを見てます。付き合う前の両片思いはあっても、付き合った状態の両片思いは見た事がなかったので書いてみました。まだまだ続きます、ハグもキスもさせます。

    #カドぐだ

    週1回の関係へ(カドック視点)翌朝、食堂で軽い朝食を食べ終え、部屋に戻ろうとした時だった。前からの視線を感じた。白いブラウスに青いスカート。誰かと思った。

    あんな恰好した奴なんていたか。そう考え、顔を見る。するとパチっとその人と目があった。

    ――藤丸だ。

    珍しい恰好だった。何があっても礼装を着ている彼女の性格からして、その恰好も礼装なんだろう。

    近づいて声をかけようとした時、藤丸はすぐに踵を返した。勢いよく走る姿は逃げる姿に、手を伸ばそうとして、諦める。

    今まで何度も死地をかいくぐってきた逃げ足は、自分が思った以上に早かった。

    それでも、ちらっと見えた藤丸の顔が脳裏に焼き付いた。その表情は何か後ろめたいことがあって、逃げるような表情。見覚えのあるものだった。記憶を漁れば昨日のタブレットを拾った時の表情に近いと気づく。

    「……はあ」

    思わず出るため息。

    (藤丸が何を考えているのか分からない)

    今までだってわかった試しはなかったが、それでいいと思える関係ではもうなくなった。昨日決心したように、藤丸のとの時間を無理やりにでも作らないと、先には進めない

    そう思えば今日やらなければならないタスクが思い浮かぶ。

    (早めに終わらせよう。ここで走って遠くなる藤丸の姿を見ていても、何も変わらない)

    藤丸の走った方向と逆方向へ踵を返し、部屋へと戻ることにした。


    ***

    ――カドックには任された仕事がある。それは記録の改竄。全てが終わった時に、カルデアにとって都合のいい記録を残さなくてはならない。その辻褄合わせに記録を残して、もっともらしい証拠をつける作業。もちろん、これはカドックだけがやっている仕事ではない。

    元々、多忙な技術顧問に頼まれて、ある程度記録の形を作って欲しいと頼まれたのだ。
    今を生きるのに必死なこの状況。そんな時に技術顧問が後の事など考えている暇は確かにない。来るその日に動けるよう、そのベースを作る。それがカドックの仕事だ。




    「こんなもんだろう」

    パタンとパソコンを閉じて、今日の分をやり終える。時刻を見れば8時。
    (藤丸は、何をしてるんだろう)
    そう思えば、体が動いた。昨日の今日で行くのもと一瞬はよぎったが、今朝の藤丸の逃亡が気になった。

    あまり行かない藤丸の部屋へと足を動かす。考えことをしていれば、すぐにつく距離だった。目の前のドアに少し緊張しつつ、ノックをすれば藤丸のなんでもない返事が聞こえてくる。

    「僕だ」

    しかしその名乗りに明らかな動揺を感じた。部屋の中から何かが倒れる音が聞こえてくる。

    「どうしたの」

    「いや……普通に来ただけだが」

    恋人という枠をつけたのだから、部屋を訪ねることなど何もおかしなことではない。

    (もし、断っていきたら大人しく帰るか)

    そんな考え事をしていても、藤丸からは返事がこない。肯定でも否定でもない沈黙は、気まずさを生み出すのに十分な間だった。藤丸の部屋はサーヴァント達も来ることもあるだろう。そんな部屋の前でずっと待つのは、耐えられない。返事を催促するように、声がでた。

    「藤丸?」

    その声に応えるようにドアがすぐに開いた。

    「な、なに」

    普段なら自動ドアで全部開くだろうドアを、藤丸が押さえている。少ししか開かない隙間から、覗くように顔が出た。発する声は、警戒心に染まってる。それはどう見たって、歓迎された出迎えではなかった。

    そんな姿に、ただ会いにきただけ言えず、言葉を飲み込んだ。きっと何かしら用事を伝えないと、また逃げられる気がする。


    「あーいや、今後の方針を決めようと思って……」

    間違ってはいない。確かに決めないといけないことだと思った。それが例え今思い浮かんだことだとしても。

    藤丸を見れば、返事もせずに顔も見ない。俯きながら首をかしげる姿からして、怪しんでいるようだった。

    (なんでそんなに警戒心が強んだよ)

    以前までの藤丸を例えるなら、誰にでもなつく犬みたいな奴だった。それが今目の前にいるのはどうだ。捕まえた野生動物のように、警戒して怯えの混じった雰囲気を出している。

    「なんか変じゃないか、朝も無視しただろ」

    「してないよ、ちょっと目が合っただけじゃん」

    「普通恋人と目があったら……いや、恋人じゃなくてもだ、挨拶くらいするだろ」

    注意すれば、藤丸の肩がピクリと動く。一体何を思って無視をしたのか気になったが、無理やり聞くのは気が引けた。藤丸がうつむいているせいで、今どんな顔をしているのか分からない。それを催促せずにそのまま返事を待つ。

    「それは、ごめんなさい。でも夜に女の子の部屋に来るのは、だめだと思うよ? 」

    「はぁ? 」

    思わず声がでた。

    (それを藤丸がいうのはおかしいだろ)

    思い浮かぶ、散々な行動。藤丸は今よりも遅い時間に、それこそ寝る間際に、部屋を訪ねてきたことがある。

    その日はレポートのデータが消えたと泣きつかれて、たまったもんじゃなかった。徹夜で手伝わされた挙句、藤丸はベッドで寝落ちした。仕方なく代わりに提出はしたものの、なぜかゴルドルフから叱られた。『甘やかすな、起こしなさい!』と。

    (起こせるわけないだろう、ベッドで寝てる藤丸に触れるなんて事案だ。……思い出したら腹立ってきた)

    顔を上げる藤丸は驚いた表情をしている。なんでそんなことをいうのかという顔までされれば、文句が喉元まであがってきた。

    「おかしくないか」

    その声に藤丸は困った顔をして一歩下がる。それによって閉まりかけるドアに手をかけた。

    (逃がすもんか)

    ぐっと足を部屋に突っ込み、覗き込んだドアの隙間に身を挟む。すると藤丸が躊躇いがちに手を伸ばしてきた。

    「ちょっ、ちょっと!悪徳訪問営業マンみたいなことしないでよ!」

    「なんだそれ、いいからここに入れろ!」

    「やだ、来ないで!」

    そんな押し問答に意味があるのか。簡単に藤丸の部屋に入る。

    「よし」

    「よしじゃない!」

    顔を赤くして、藤丸は手を伸ばす。その先には明らかに緊急用のボタンがあった。

    (こいつ……っ!)

    押せば何が起こるのかは分からないが、明らかに緊急用だ。押されるのはまずいと思った。誰かにこの状況を見られたら八つ裂きにされるだろう。肝を冷やす思いをしながら、急いで背後に回り、藤丸を羽交い締めにした。

    「待て待て待て、僕が殺されるからそれは待ってくれ」

    「離してっ、死ぬっ、私が死んじゃう」

    いやいや、と首を振られても、この拘束を離したら自分が危ない。

    「なんでだよ、誰も殺さないって」

    「うるさい! なんでそんな平気なの!? 私はこんなにもドキドキしてるのにっ! 」

    ブンっと首を振って藤丸の真っ赤な耳が見えた。それに加えてその言動。

    (もしかして……)

    前を向いて、見えない顔を想像する。思い浮かぶのは照れた昨日の藤丸の顔。

    (ウブすぎないか)

    このくらいの接触など、何度だって経験しているはずだ。それがなぜダメなのか。考えると期待してしまう。それを確かめたくて、行動に移した。

    「離してっ!」

    「わかった、わかった」

    何をするにしても、ひとまずボタンから離さないとけない。ぐっと体を押して、部屋の奥へと無理やり連れ込む。ある程度ボタンから離れたところで腕を放せば、飛んで逃げるように一歩藤丸が踏み出す。

    (させるか)

    逃げる藤丸の腕を掴んで、胸に押し込んだ。自分と比べれば小さな体。抱きしめれば腰が折れてしまいそうなくらいに細い。見える赤い耳が愛おしかった。あんな羽交い絞めで照れるくらいなら、がっつり後ろから抱き着いてみればどうなるのか。その行動には好奇心も含まれた。

    「落ち着け、藤丸。できるな」

    頭を撫でれば、藤丸は全く暴れることなく大人しくなる。羽交い絞めで暴れて文句をいってきた姿とは正反対だ。今はピタリ止まって動かない。その様子に違和感すら感じる。呼吸しているかも怪しい硬直は心配になるものだった。

    一体どんな顔をしているか、気になって顔を覗けば思わず体を離す。

    「えっ……」

    涙に揺れる目。その目を見た瞬間、自分の中に巣くう熱が、冷水をかけたように冷え切った。

    「わ、悪い!そこまで嫌がるとは思ってなかった」

    言い訳しても藤丸の目は放心状態。真っ赤な顔で微動だにしない。大丈夫か、と肩を揺すろうとして手を止めた。

    (僕が抱き着いたから、こんなことになったんだ。なら触れない方がいいだろう)

    ただ行き場を失った手が藤丸の前で泳いだ。

    「み、水飲むか」

    何をするにしても、この放心状態から早急に戻さなければならない。出した提案に藤丸はうなずいてくれた。慌ててコップに水を入れ、差し出せばごくごくりと喉を鳴らす。

    しかしすぐに空っぽになるコップに、お代わりを聞けばいらないと首を振る。いらなくなったコップを片付ければ、今度こそ困った。次は何をすればいいかわからない。

    やりすぎた自分の行為に後悔しても、堂々巡りで解決しない。ただ嫌われたくなくて藤丸をじっと見た。解決への糸口を見つけられない手は、情けなくもまた泳ぐ。

    「ど、どうしたらいいっ?」

    その言葉にようやく藤丸が僕を見た。その目は目が合った瞬間に驚きへと変わる。

    (どうしたんだ)

    一体何に驚いてるのか。そう思った次の瞬間。

    「ふっ……」

    漏れ出るような笑いだった。

    「ふふっ……もう、そんなっ、顔、しなくても……ふふっ」

    藤丸が耐えられないように笑いだす。クスクスと笑う目にもう涙は浮かんでいない。

    (なんで笑ってるんだ)

    頭がおかしくなったのかと心配にもなる。さっきと表情が変わりすぎてついていけない。

    「大丈夫なのか」

    「うん、大丈夫」

    へらっと笑う顔はいつもの顔。

    (やっぱり藤丸の考えてることはわからない……)

    それでもやっと目の前の思い人が笑ってくれたのだ。そう思えば心底安心するようなため息が漏れ出る。

    「ため息つきたいのはこっちなんだから」

    「なんでだよ」

    ベッドに腰掛る藤丸についていくように動けば、藤丸が指をさす。『ベッドには座るな』といいたいらしい。

    (自分は人のベッドに寝るくせに)

    悪態をつきたくなる気持ちをぐっと抑えた。さっき泣いていた藤丸の顔が頭にこびりついて離れない。また泣かせるのは嫌だった。いわれた通り、大人しくデスクの椅子に腰かける。

    そこから見る藤丸は、今までよりもずっと遠く感じた。

    「気になることがあるんだが」

    「ん?」

    何とも思ってない藤丸が首をかしげる。

    「付き合ってからの方が距離感、遠くないか」

    デスクの椅子から眺める藤丸は、一昨日までの距離と比べて随分遠いものだった。なんなら、ひと月前は肩を並べて1日休みを過ごした仲だ。それが今は何歩も離れた距離を強要させられて、不満の一つも言いたくなる。

    「まぁ、うん。そうだね」

    「いや、なんでだよ」

    「男女だし?」

    「むしろ逆だろ、付き合ってからなんで距離取るんだよ」

    文句をいえば藤丸は顔を背けて、下を向く。そんな状態をずっと観察していると一つの仮説が立った。

    ――藤丸はかなりのウブだということ。近づくと警戒し、一定のキャパを超えると逃げる。それに加えてさらに刺激を与えると、さっきみたいなキャパオーバー状態になるのだろう。

    (そう考えると朝の逃亡は?)

    めぐる思考が、朝の風景を蘇らせる。――確かあの時、目があってから藤丸は逃げた。

    (ということは……まさか、目が合っただけで?)

    そんなわけない。そう思ってもこの部屋に来た時、藤丸は顔を見てこなかった。

    「まだ、私には刺激が強いっていうか……」

    恥ずかし気にする藤丸の主張が、自分の仮説を補強した。

    「ならどのくらいならいいんだ」

    もし、その仮説が正しいならせめてセーフのラインを知りたかった。今のところ隣に座ることすら許されていない。これが恋人というにはあんまりだ。

    「うーん……。このくらいの距離で見つめるとかなら……」

    悩みに悩んで出た答え。その答えに顔をしかめる。

    (どういうことだ、目は見れるのか)

    検証するようにじっと藤丸を見れば、どんどん顔が赤くなってふっと視線を反らす。

    (マジか……)

    そう考えるとさっきした羽交い絞めと抱き着きが、藤丸にとって暴力的なものだと自覚する。あのオーバーヒートにも納得だ。

    「だ、ダメ……?」

    狼狽える藤丸に反応できなかった。

    「……。日本人ってこんなに奥手なのか」

    恋愛には奥手とは聞いたことはあったが、まさかここまでとは思わなかった。それとも藤丸個人の問題なのか。色々考えたところでわからない。

    さっきの自分の行動にため息が漏れる。自分をいくら責めたところで、泣かせてしまった事実は変わらない。

    (今後は気をつけないと)

    こびりついた泣き顔が浮かんで、後悔が後を引く。また自分本位に接触して泣かせるのは、なんとしても避けたかった。

    「ごめん……」

    謝る立香の声に思わず顔を上げる。謝らないといけないのは自分であるはずなのに、なぜ謝られているのかわからない。しかし口から言葉が出ることはなかった。

    「カドックが嫌ならいいんだよ。こんな関係」

    小刻みに揺れる肩。声は平然を装っていても、泣くを我慢しているのは一目でわかる。

    (なんで藤丸がそんなに辛そうなんだよ)

    もし藤丸が望むならこんな関係、昨日の時点でやめていただろう。

    (でも……藤丸の言い方はいつも僕が中心だ。藤丸が嫌だっていってくれればすぐにやめるのに。なんでいつも僕のことを気にするんだよ)

    それではまるで、藤丸がこの関係がいいと言っているようだった。そのことを補強するように、今の藤丸はどうみても別れを嫌がるように見える。

    (期待して、いいのか)

    何度も裏切られた気持ちが疑心暗鬼を繰り返す。それでも淡い気持ちは捨て切れず、確認するために椅子から立ちあがる。そしてうつむく藤丸に近づいた。

    「……あのな、勘違いしてないか。こういう風にお互いのことを知っていって、折り合いつけてくのが恋人ってもんだろ。1つ合わなかっただけで、別れましょっていうのはあまりにも薄情じゃないか」

    バッと音が立ちそうなほどの勢いで藤丸が顔を上げる。その顔は別れたいという顔ではなかった。むしろ、伝えた言葉に驚く顔。

    ポロっと落ちていく涙を見ると、不思議とさっきよりも胸は辛くなかった。

    (この涙の意味が、もしそうだというなら――)

    一歩近づいて頬に手を伸ばす。振り払われるかと思ったが、藤丸は大人しくしていた。むしろ身を任せてくるから、少し困った。

    「意外と泣き虫なんだな」

    涙の跡を指で擦り、落ち着かせるために頭を撫でる。すると瞳が揺れ、歯を食いしばったのだろう。顎の線がぐっと盛り上がる。

    そんな顔をみせられれば胸が苦しくてたまらない。見たくないと思った。感情を押さえて、我慢する姿は自分のことのように辛い。
    どんな思いでもいいから、藤丸の気持ちをぶつけて欲しい。そう願っても、ストレートには言えず、ありきたりな言葉が口をつく。

    「いくらでも拭いてやるから、僕の前で我慢なんかしないでくれ」

    藤丸の顔は歪んだ。火がついたがごとく、むせび泣く。その泣き方はさっき抱きしめた時のような泣き方ではない。溢れた自分の気持ちに従って泣くようだった。

    ボロボロと落ちる大粒の涙は指ですくっても、すくっても、止まらない。ハンカチで拭いてやれば、その涙はシミとなってハンカチを濡らしていった。

    「ごめん、なさいっ。我慢させちゃうけど、やっぱり一緒に、いたいっ」

    身を震わせ、吐き出すような声に、涙を拭く手が止まった。

    ――一緒にいたい

    藤丸のその言葉を噛み砕くように心の中で復唱する。一緒にいたい。その気持ちが本当というのなら、この関係は?

    (――責任感じゃ、ない)

    確信めいた気持ちを検証するように、ゆっくりと藤丸の隣に腰掛ける。すると嫌がらない。むしろ体を傾けてくる。恐る恐る背に手を回せば藤丸は嫌がらずに身を任せた。そのまま頭を撫でると、甘えるように手に頭を寄せる。

    脈がどんどん速くなる。自分の口元を押さえた。今こうやって泣いている藤丸が何よりの証拠となっている。今までわからなかった藤丸の気持ちがわかった気がした。

    ――それは昨日から探していた確証。しかしもう一押し確信が欲しいと思う。

    それを確かめるべく、藤丸の泣き方が落ち着いたのを見計らって口にした。

    「……聞いていいか」

    「な、に」

    酷く泣いたせいで言葉が詰まってる。その姿にもう胸を痛めやしない。

    「そんなに泣くのは……僕と別れるのが泣くほど嫌ってことで、自惚れていいんだよな」

    藤丸の髪が揺れる。明らかに動揺しているのが手にとるようにわかった。逃げようとする動きを察知して、頭の手を肩に回した。仮説が当たっているなら、今藤丸は恥ずかしがって逃げようとしている。

    顔が、熱い。じんわりと染みでるような、愛おしさと嬉しさが混じって熱い。今すぐ抱きしめたい。そう思うも、その気持ちに従えばさっきの過ちを繰り返す。ぐっと堪えて、代わりに口を動かした。

    「……行動って、言葉より伝わると思うんだ。今それを実感してる」

    藤丸の髪を耳にかけた。見える顔は真っ赤な顔。泣いて赤いのもあるかもしれないが、それを差し引いても耳まで真っ赤だ。ふるふると震える唇がそれを証明している。

    ちらっとこちらを見た顔は涙でぐしゃぐしゃになっていて、それがまた可愛くて仕方なかった。
    誰がどう見ても、藤丸の顔は恋をしてる顔。そう思うと胸の中の不安がとれていく。

    (……僕ら両想いだったんだな)

    仕方なく恋人になったのではなく、藤丸が望んで恋人という枠がついた。それだけで嬉しくてたまらない。

    「私は、言葉が、ほしいっ」

    抗議するように藤丸がいう。その表情に何を言って欲しいのか、なんとなく察した。好きや愛しているという単語を欲しがるのは、わからなくもなかった。

    「……日本人の告白の文化ならそうなるな」

    藤丸の気持ちは、僕の気持ちと似てる。確証が欲しいと思うのに、近いのだろう。

    「悪いが僕らの文化じゃ、告白なんてまだしないんだ」

    あまりにも期待するような藤丸の目に、からかうように笑った。

    「なんでっっ!?」

    その驚いた声に笑みが零れる。言葉が欲しいという顔に、キスができればどれだけよかったか。

    あえて言わないのは、軽い気持ちでいいたくなかったからだ。
    藤丸と重ねた日々は、同じ戦場に立つ仲間としては長いだろう。それでも男女という括りで見るとしたら、あまりにも短い。

    まだまだお互いに知らないことだらけだ。――藤丸がウブすぎることも、知らなかったことの一つだ。そんな関係で『愛している』というのはあまりにも無責任だと思った。

    「そこはい、う流れじゃっ、ないの?」

    藤丸の目がまた揺れる。不安で染まる顔色をみていると、それはそれで罪悪感が湧き出てきた。確かにこのまま何もいわないというのは酷な話だろう。

    「そうだな。なら安心材料に聞いてくれ」

    手を離せば、距離を取るかと思ったが、藤丸は大人しくしていた。むしろ食い入るように言葉を待っていて笑ってしまいそうだった。

    (そうだよな、藤丸からすれば僕の好意なんて気づいてるわけないもんな。ならちゃんとそれは伝えるべきだろう)

    「――僕は、藤丸を好ましく思ってる。見たことない顔をこう何度もされれば、己惚れるし期待してる」

    混乱するように藤丸の眉が寄った。そんな顔すら愛おしくてたまらない。

    (今度は僕が行動で示そう。不安なんかにもうさせないくらいに)

    そのためには二人で重ねる時間が必要だった。

    「もっと時間をかけよう。もっと藤丸を知りたい。こんな泣かせたいわけじゃないし、なるべくなら笑ってて欲しい」

    「なに、それ。口説いてる?」

    「そうかもな。別にいいだろ。藤丸も、逃げないでもっと僕のことを知って欲しい。月に1回じゃなくてもう少し一緒にいる時間をくれないか」

    藤丸の手を握った。今度は逃げずに握り返してくれる。伝わる熱が胸を熱くする。

    「……変なの、それって付き合う前にすることじゃない」

    「恋人になるっていったのは藤丸だろ。なら、僕の気持ちに付き合ってくれ。ちゃんと知ってから僕の気持ちを伝えたいんだ」

    これは文化の違い。互いに寄り添っていかないと、埋まらないものだってある。

    (藤丸が言葉が欲しいというように、僕にだって時間が欲しい)

    その気持ちを汲んでくれたように、藤丸は黙った。黙ってしばらく考えたのちに頷いてくれる。

    「わかった」

    納得のいく藤丸の顔に安心した。しかし藤丸の顔は少し悩まし気な顔に変わっていく。

    「あの、さ……ちなみに確認したいんだけど……。その一緒に過ごす時間に、変なことは……しないよね?」

    躊躇いがちに聞くその内容に困惑した。その変なことはどのことを示すのか。一瞬でよぎる様々なアレソレ。しかしそれは自分の妄想に違いない。

    きっと藤丸はこのウブ具合からして、自分の思い描くどんな行為でも変な行為といいそうだった。

    「する」

    「なっ……!」

    「そりゃまぁ、普通だろ」

    今だってキスしたいし、ハグもしたい。それをオーバーヒートされては困るから我慢しているだけ。

    「私の文化じゃ普通じゃない!告白もしない曖昧な関係で体を許すとか無理!」

    ぐっと体を押されるも、恥ずかし気に押される力は可愛いものでびくともしない。

    「いや、大事なことだろ」

    「体より心でしょ!」

    「はあ? どっちも大事なコミュニケーションだろ」

    藤丸が恥ずかしさを紛らわせるように叩いてくる。

    (なるほど、こういうパターンもあるのか)

    逃げないだけいい。離れないならその叩く手など可愛いものだった。
    ――ただ、このままじゃ本当に見つめるだけしか許されなさそうで困る。そんなつもりは毛頭ない。時間をかけていいから、藤丸に触れたかった。

    「内気な気質だとは知ってたが、まさかここまでとはな……。もう少し僕も日本の文化について調べないと」

    藤丸について知るのと同じくらい、その文化を知るのは大事なことだろう。幸い文化については資料を見ればいい。調べて分かることなら楽な話だ。今までの苦労を考えれば造作もない。

    「互いに折り合いつけてく、そういっただろ。二人で納得のいく答えを出そう」

    ぎゅっと藤丸の手を握れば困ったような顔をした。絆されるようなその表情は、振り上げた手をゆっくり下ろしていて、思わず笑みが零れる。

    「……絶対しないんだから」

    頬を染めて目を反らす姿も、もう見慣れたものだった。
    歯切れの悪い唇に触れられたらどれだけよかったか。代わりに握った手を味わいたくて、指で撫でれば、それに気づいた藤丸が居心地悪そうに手を引っ張った。

    「離して」

    その言葉に素直に従うか心が揺れる。

    「……そういえば、今後のこと決めてなかったな」

    話を変えることにした。

    その誤魔化しが気に食わないと、躍起になって藤丸が手を引っ張る。
    聞いてもらえないなら、無理やりにでも引っこ抜くつもりらしい。

    ぎゅっと力を籠めれば抜けない手を体を傾けて引っ張ろうとするので笑ってしまいそうだった。

    「恋人になったこと、どうする。皆に説明するか、内緒にするか」

    「あっ……そっか」

    忘れていたのだろう。ハっとした顔になって、力のこもった腕が緩んだ。

    「そうだよね、どうしよう」

    個人の感情で恋人になるなど許されるのか。立場の問題がどうしてもちらついた。

    藤丸は人類最後のマスター。僕は元クリプターの捕虜。
    その事実は変わらず、気持ちやそういった問題ではないだろう。考えてしまうと、ほの暗い感情が後ろ髪を掴んだ。

    「……内緒にしよう」

    先に口を開いたのは藤丸だった。

    「絶対冷やかされる……。それはちょっとヤダ」

    何かを想像したのか口でぎゅっと一本の線を作る。そんな姿に思わず声が漏れた。

    「えっ」

    なぜそうなるのか。もっと立場とかそういうのを考えているのだと思った。しかし藤丸はキョトンとしていて、先程いった言葉以外は考えてもいないようにも見える。

    思わずため息が零れた。そんな姿を見て、藤丸は不思議そうに小首をかしげてくる。全くわかってないのだろう。頭が少し痛くなった。

    「もうちょっと考えることあるだろ。いや、僕がいえたことじゃないが……」

    「何が?カドックこそわかってないでしょ。絶対面倒なことになるからね?メイブちゃん辺りにばれたら部屋一緒にしなさいっていわれるからね」

    「別にそれはいいだろ。あの女王のことを考えたら、それが応援みたいな声かけだろうし」

    「私が!嫌なの!カドックと一緒の部屋で生活とか無理だからっ」

    藤丸の言葉がこだまするように胸の中で響いた。

    (僕は……僕達は……両思いなんだよな? )

    頭痛と不安を拭いたくて、片手で頭を押さえる。ちらっとみる藤丸を見れば、ムッする顔が赤くて照れ隠しなんだと察した。

    (やめてくれ、本当にたちが悪い)

    そんな気持ちも露知らず、ブンブンと思い出したかのように手を抜こうとする姿を見せてくる。

    ――離さないからな。絶対離すもんか。
    その意思の元、手に力を込めた。

    「まぁ、僕としては藤丸に手を出したって知られたら殺されるかもしれないからな。隠すことは賛成だ」

    「なら、そういうことで」

    遊び半分の気持ちがあるのかと思うくらい、藤丸は繋いだ手にご執心だった。
    こうも力づくでなんとかしようとするなら、考えが浮かぶもの。昨日のように少し手を撫でた。

    「っ……」

    すっと弱まる力。顔を見れば昨日見たような顔をする。

    「いっておくが、部屋を出るまでは離さないからな。もう暴れないならこれはやめるけど」

    スリっと指を絡め、手首の内側を線を書くようになぞれば藤丸の肩が揺れた。
    反抗的な目が少しずつ、困った顔に変化する。その表情の変化を見ると悪い気を起こしそうだった。

    「……会う頻度は」

    話を変えよう。手の悪戯もここまで。藤丸の返事の前に話を戻す。
    そうでもしなければ自分の歯止めが効かなくなりそうだった。

    「つ、月1回じゃダメなんだよね」

    「まぁ」

    さっきの言葉をちゃんと考え、藤丸は思考する。なぜそこまで悩むのかと思うほどの間に不満を感じるも、ひとまず意見を聞くことにした。

    「2週間に1回、とか……?」

    ピシっと胸に亀裂が入るようだった。
    2週間に1回。その頻度はあまりにも遠い。会っている今でさえ、明日も会いたいと思うほどなのに、それはあまりにも遠すぎる。

    「1週間に1回」

    今度は藤丸の顔がピシッと衝撃を受けたようだった。
    しかしこれが現実的な落としどころだろう。それくらいなら恐らく藤丸も自分もスケジュールを調節できる頻度のはずだ。

    「えぇっ、多いよ。そんなに会って何するの? 何もすることないよ! 」

    藤丸の意見がまた頭痛を呼んでくる。

    「ほら、あるだろ。恋人っぽいこと」

    ふんわりとした意見は抽象的で藤丸の心に響かない。かといって具体的なことを考えたところで、恋愛経験のなさが想像の行き止まりを教えてくれた。

    恋人と会って、一体何を話すのか。互いのことを知ろうと話したばかりだが、何をどう話せばいいのか分からない。
    ちらっと藤丸を見れば怪訝そうに眉をひそめていた。

    (なんでだよ。僕と会うのがそんなに嫌なのか)

    照れているということがわかっていても、その表情にムカついた。本当に信じられない話だ。藤丸は恋人である僕と会うのが恥ずかしくて会いたくないと、その表情が確固たる意志を示してくる。

    「藤丸のこと、教えてくれ」

    「……人類最後のマスターやってます」

    不貞腐れたその表情に今日何度目かのため息が出た。

    「違う、わかってるだろ。そうだな……なら新しく来たサーヴァントをマイルームに呼んだらどんな話をしてるんだ」

    「えっ、そんなのでいいの」

    藤丸の目が変わった。

    「まぁ、参考に」

    「簡単だよ、決めてるもん。好きなものと嫌いなもの、聖杯について」

    何も思っていないように藤丸はいう。万物の願いを叶えるような聖杯がこの船内には沢山ある。その願いを来たばかりのサーヴァントに聞いていたのかと思うと、些か不用心な気がした。

    ただ今はの話は置いておく。ヒントとしては得るものがあったから。

    「なら好きなこと、好きなもの。嫌なこと、嫌なもの。なんでもいい、次の議題にするぞ」

    「議題って……。なんか会議っぽいね」

    「なら、そう思ってくれて構わない。その方が週に1回会うには気持ちが楽なんじゃないか」

    恋人と密室で会うこと。それが照れの原因なら、その意識を反らせばいい。これはデートではなく会議。そう思い込ませれば、変わるんじゃないかという算段だ。

    「んー」

    藤丸の表情が考え込むように変わる。
    無理があったかと思うも、これ以上いい案は浮かばない。

    「会議ってそんなかしこまったものじゃないよね。立案書とレポートはやだよ」

    「いらない、なんだよそれ」

    ふっと笑いが零れた。確かに本物の会議というなら事前準備も事後のレポートも必要になってくる。

    (なるほど。それなら会議という名目は嫌か)

    「ならブリーフィングでどうだ。議題に関しての意見交換」

    「あっ、それならいいかも」

    ぱぁっと藤丸の顔が明るくなる。納得のいく顔に、ようやく今後の方針が確定した。

    (大きな一歩だよな)

    これから毎週こうして会えるという事実に、嬉しさを噛みしめた。月一の関係から、週一の関係。
    藤丸の顔を見れば、ん?と首をかしげていて、そのままじっと視線を送ればさっと目を反らした。

    (がっつき過ぎないようにしよう)

    この照れている藤丸に、自分がどう見られているか意識したかった。情けない姿ではなく、少しでも恰好よく、余裕のある先輩でいたい。

    (もっと僕を好きになって欲しい)

    淡い期待はもう裏切られない。確信があるのだから、次は攻めるだけ。じわじわと湧き出る自分の気持ちを落ち着かせるように、また一つため息をついた。

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    麦茶丸

    PROGRESSタイトルがまだ決まらないので仮案でウブ立香でいきます。ポイピクには一章ずつ上げれたらなって思ってます。好意関係は最初はこんな感じです↓
    カド(→→→)→(←?)ぐだ
    恋一歩手前の立香が恋仲になってから恋をしていることに気づいて、両想いって感じです。でも異性としてみるカドに、馬鹿みたいにウブな立香。あと立香の恋愛経験が浅い設定なので、若干女々しくしています。
    恋人宣言 立香視点カルデアでは月に1度、サーヴァントの霊基メンテナンスが行われる日がある。マシュもその日は定期メンテナンスが組まれており、マスターである立香には月に1度の平穏な休みが明け渡されていた。

    ゆっくりと羽を伸ばすといい。そのお達しに立香はいつも困ってしまう。
     
     誰も来ない静かな自室で、一人で過ごすのはあまりにも寂しいのだ。しかし厚意を無碍にもできず、困った末に同じく休みであるカドックを頼ることにした。

    月に一度の貴重な休み。その休みの日に毎回訪れるのは気が引けたが、回数を重ねていけば当たり前になってしまった。カドックもそれに慣れたようで、立香の端末に連絡が入る。

    『コーヒー豆がないから、もし食堂寄るならついでにもらってくれないか』
    19548

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