空が白んできた。ロナルドはドラウスが焼けてしまわないよう、遮光カーテンを閉める。吸血鬼向けのホテルは、日を避ける設備があったり、夜〜昼にかけて泊まれるプランがあるから便利だ。
「もう寝る?」
「ああ、寝ようかな」
シャワーを浴びたロナルドは、ソファに腰掛けた。
ドラルクもそうだが、人間と吸血鬼の生活リズムは合わない。我々が活動を始めるこの時間、ロナルドを1人置いて眠ることを心優しいこの人は申し訳なく思うらしいが、俺からしてみればそんなことはない。
普段は少し高い位置にある睫毛の本数を、誰にも邪魔されず、じっくりゆっくり数えることが許されるのだから。
白いシーツに包まる彼の寝息が深くなるのを、そわそわと心待ちにする。
「パパ、寝た……?」
耳元でそう囁く、返答はなかった。もう眠りについたのだろう。ロナルドは口角をあげた。今だけはこの人は俺だけのものだと、そんな小さな、自分でも気づかないような独占欲を抱いて。ロナルドはドラウスが起きないよう、静かにその頬を啄んだ。
1回。ちゅ、と音を立てて、離れて。
その端正な顔に変化がないことを確かめてから、抑えきれなかった笑みが口の端から零れた。
2回、3回。その瞳が開いてしまわないかと恐る恐る。でもこればっかりは止められないのだ。何度同じような朝を重ねようとも、いつだって瑞々しく心を満たしてくれる。
ねぇ、パパ。ねぇ、ねぇ、起きないよな。いつも、頬へのキスでは目を覚まさないよな。
「じゃあ、唇にち、ちゅーしたっていいのでは……?」
ぽつり、と呟く。ドラウスの瞼が少し動いたような、動かなかったような。頭の中が、唇にキスしたいって気持ちでいっぱいになっていたロナルドが、それに気づくことは無かったが。真っ赤な顔で、ん、と唇を尖らせ、その距離を詰める。唇が触れる寸前、ロナルドは恥ずかしさのあまり瞼を伏せた。
ふにと感触が伝わったのは唇の端。ほんの一瞬で離してしまったそこに、目測を誤ったのだと理解が追いついてしまえば勢いで顔を覆った。
は、恥ずかしい……!誰も見ていないからと調子に乗ってしまったらしい。のたうち回る内心を沈めようとベッドの脇で膝を抱えた。
ふ、ふ、と荒くなってしまった息を整える。俺、寝てるパパにまで弄ばれてる、と。別にそんなことは無いのだが。自己嫌悪を振り払うように、丸まった体を大きく仰け反らせる。ごん!と壁に頭をぶつけ、大きな音がした。
「大丈夫か、ロナルド」
思わず声をかけたであろうドラウスは、あっという顔をして目を逸らす。
「い、つから起きてたんだよ」
「い、まさっきだよ、ごんって音がしたから目が覚めて……」
釈然としない。俺はこんなに振り回されているというのに!
から回った自分の八つ当たりではあるのだが、打ち付けた後頭部をさすりながら、むむと柔く下唇を食む。
どうにかこの男の調子を狂わせたい。そう思い立ってしまえば悪戯心がわいて治まらない。なにか、ひと泡吹かせられる方法は。
ロナルドはえいやっとドラウスにタックルする。ドラウスはその力に流されるまま、ベッドに押し倒された。
「ロナルド、なにを」
ロナルドは、目を見開いて、今度は外さないぞとその唇に食らいついた。もう、こんなことだってしてやる、あんたもすこしはびっくりすればいいんだ、と舌をねじ込んだ。しかし、今までロナルドから能動的にディープなキスをしたことなんてない。ここからどうすればいいんだ?とロナルドは硬直した。
いつもパパにされてる気持ちいいキス……どんなんだっけと思い出そうとするが、それは全くの逆効果であった。長い舌、ざらついた感触、殊更に冷たく感じる体温。その全てからもたらされる快感が、この瞬間の重なる唇とリンクする。
昨晩の残り香にゾクリと背筋が震えるが、負けてなるものか。ロナルドは懸命に舌を動かし、はふはふとドラウスの口内を貪る。
ドラウスの手が背中と後頭部にまわり、ぎゅうと抱きしめられる。もう、身体中余すところなく密着して、お互いの鼓動が感じられるほどだった。やがて、息が出来なくなったロナルドが口を離す。どうだ、俺だってやるんだぞ、とドラウスを見やると、その目は微笑ましそうに細められていた。
「お手本をしてやるから、よぉく覚えなさい」
ロナルドの息が整う前に、唇が奪われる。蹂躙、という言葉がふさわしい舌使い。舌で押し返そうとするささやかな抵抗すら許さない。ロナルドの体から力が抜けていった。
容赦なく口の中を責め立てられ、すっかりとろとろになったロナルドはドラウスの胸板に倒れ伏す。
荒い呼吸に混ざる唾液が彼の服を汚すのも仕方ないだろう。せめてものお返しだ……という意図があったわけではないが、また負けてしまったと内心悔し泣くロナルドに、気を回す余裕などなかった。
大きく息をついたら、次いで眠気が襲ってきた。ええいもうこのまま寝てしまえ。さぞ得意気な顔をしているだろうドラウスを、まるで敷布団の如く扱う。ホテルの柔らかなシーツよりも、何倍も心地よく安心できるその体躯が愛おしく恨めしい。昇る朝日に背を向けて、ロナルドはゆっくりと瞳を閉じた。
[完]