これからもずっと 十二月。師走。年の瀬。年末。
この時期の事を日本ではいろいろな言い方で表現する。
一年の終わりの月だからこそ、その一年間の事を考えて色んな表現をしたくなるのは、まぁ、分からなくもない。
大和とて、二十二歳の時にアイドルとして芸能界入りを果たし忙しい毎日を過ごしているからこそ、この時期が忙しい事は十分すぎるほど理解している。
特にこの時期は特番が組まれる事が多く、俳優としても活躍している大和はその出演にと声が掛かる事が多い。
今日も年始特番に組まれたドラマの番宣の為に、朝早くから幾つかの情報番組を梯子したものだ。
そのせいか、身体はじんわりと疲労を訴えて来ており、立ち上がるのも億劫だと思うぐらいにはなっていた。
その事実に自分ももう若く無い事を実感した。
「〜〜♪」
ふと、大和の耳にご機嫌な鼻声が聞こえてくる。
その鼻歌を頼りにキッチンへと視線を向ければ其処には楽しそうに料理をー、年越し蕎麦を作っている男がいて。
昔から蕎麦が大好きなその男は、毎年この時期になると自分が打った蕎麦を振る舞う為にと、数ヶ月前からからスケジュール調整をしているほどだった。
デビューしたての頃はそんな事は言っていられなかったらしいが、ある時から事前にマネージャーに時間が取れる様、相談する様になったらしい。
その事を聞いた時、大和は大層呆れたものだ。
「大和〜。そろそろ出来るから、準備してもらって良いか?」
「お〜、分かった」
どうやら準備が終わった様で、大和は座っていたソファから腰を上げると、キッチンに向かった。
棚からいつも使っている箸やランチョンマットを取り出し、リビングにあるテーブルへとセッティングしていく。
この家の何処に何があるかを、大和はもう知り尽くしている。
それぐらい大和はこの家で多くの時間を過ごしてきた。
IDOLiSH7としてデビューしてから五年ぐらいが経った頃に、メンバー達は小鳥遊寮を出て、それぞれの生活拠点を別の場所へと移した。
それは大和も同様で、暫くは自由気ままな一人暮らしをしていたものだ。
同時に、それ以前から恋人同士だった楽からは一緒に暮らしたいと言われていた。
その誘いに対し、大和はなかなか踏ん切りがつけれなかったが、気付けばほぼ恋人である八乙女宅に入り浸っており、その事実を自覚した時、これじゃあもうほぼ一緒に暮らしているのと変わらないじゃないか、と思った。
不安が無かったわけじゃ無い。
自分達はアイドル同士で、しかも男同士だ。
メンバー達や事務所がこの関係を認めてくれても、いつかこの関係が世間にバレて糾弾されたらと思うと如何しても怖かった。
けれど楽は諦めなかった。
粘り強く、大和に自分の気持ちを伝えてくれた。
性別なんて関係ない。ずっと一緒にいたいのはお前だけだ。なんなら自分達の関係を公表だってしたって良い。天と龍にはもう言ってある。
初めてその話をされた時、何言ってるんだって思った。
そんな事を言われて、素直にうん、って言える性格じゃない事ぐらい、大和は自分でも自覚していたから、当時、それはもう今までにないほどの大喧嘩になったものだ。
けれど大喧嘩をしたって、楽の気持ちは変わらなかった。
そしてそれは大和も一緒で。
メンバー達も、事務所も巻き込んでの大喧嘩は、最終的には顔を涙でぐしゃぐしゃにした大和が折れる形で収まったのだけれど。
あの時の事を思い出すと、今でも穴に入りたいぐらい恥ずかしくて堪らないし、今でもメンバー達に揶揄われる事もある。
「大和?どうした?」
「…、いや、別になんでも無い」
思わず当時の事を思い出してしまった大和は頭を軽く振りながら、準備を進めていく。当時はまだお互い苗字呼びだったけれど、今ではもう、名前で呼び合う事に躊躇も恥ずかしさも感じなくなった。
それぐらい、大和は楽と時間を共に過ごしてきた。
あの時の言葉通り、楽はずっと、大和一人だけを愛し続けていてくれる。
その事実が少しだけくすぐったく、とても嬉しかった。
その事を実感しながら、大和は冷やししておいた上物の酒も忘れずに冷蔵庫から引き上げた。明日は有難い事に二人とも休みにしてもらえたから、今日は無理のない範囲で飲み明かしたい気分だった。
「お、その酒、気になってた奴じゃねーか。良く手に入ったな」
「親父ん家にあったからもらって来た」
蕎麦と天麩羅が盛り付けられた丼を手にした楽の言葉にそう返せば、彼は少し驚いたように目を丸くしながら大和を見つめていた。
ことり、と丼が机の上に置かれる。
「…実家、帰ったのか」
「まぁ…。ちょうど時間あったし」
「そうか。今度、俺も一緒に行って良いか?」
「…、うん」
大和を見つめる楽の瞳が、なんだか優しくて、それが少しだけ気恥ずかしい。
自分でも以前に比べればだいぶ素直になったものだと思う。
本当は帰るつもりなんて無かったけれど、近くを通りかかる用事もあったし、時間もあったしで、気が付けば足が向いていたのだ。
連絡も無しに訪問したにも関わらず、父も母も大和を快く迎え入れてくれた。
彼らに自分の胸の内を吐き出した時の事は、もうだいぶ前の事になるけれど、今では良い思い出だ。両親との関係はすごく良好と言えるほどでは無いけれど、悪くは無かった。
とはいえ、その時は食事をするほどの時間は無かったから近況を軽く話して終わっただけだけれど。
先ほどの酒はその実家からの帰り掛けに見掛けたのだ。
珍しい酒で、いつか楽と二人で飲んでみたいな、と話していた事を思い出し、思わず足を止めた結果、父親が欲しいのだと勘違いした様だ。
持って帰っても良いと言う父親に少しだけ躊躇したが、大和はそのままそれを受け取った。その瞬間、脳裏に浮かんだのは楽の嬉しそうな顔だ。
それが表情にも現れたのか、母親に楽くんの事を考えているの?なんて揶揄われてしまって、途轍もなく恥ずかしかったのを覚えている。
両親には楽との関係を既に伝えているし、何度か顔を合わせているせいで、こうやってたまに揶揄われるのだ。
まぁ、そのほとんどは母親で、父親は楽との話をすると、何故か寂しそうな顔をするのだけれど。
その時の事を思い出して、大和は恥ずかしさから思わず楽を睨みつけてしまう。
「…?なんだよ、その顔」
「別に」
楽は何も悪くないという事はわかっているが、あの時の恥ずかしさを思えばこのぐらいは別に良いだろう。
そう思って、大和は持っていた酒瓶を傾け、用意していたコップへと注ぐ。
「ほら、早く食べようぜ。お前さんの蕎麦、毎年楽しみにしてるんだからさ」
「…そうだな」
大和の反応に楽は少しだけ不満そうな顔をしていたが、短息を零した後、いつもの椅子へと腰を下ろす。
大和もそれに倣い、その前の椅子に座る。
二人で手を合わせていただきます、と言いながらそれぞれ箸を手に取り、目の前の蕎麦へと視線を向けた。
母方の実家が蕎麦屋という事もあり、楽の蕎麦に対する思い入れは大和が知る人の中でも誰よりも強い。それに比例するように楽自身が作る蕎麦もかなりのもので、蕎麦はもちろん、汁や天麩羅も楽のこだわりを元に作られている。
「…美味い」
「だろ」
口の中に広がる出汁の旨みと、鼻を抜けていく蕎麦の香りに思わずほっと息を吐き出す。大和のその様子を見て楽も嬉しそうに頬を緩ませた。
「ほんっとお前さんの蕎麦への情熱は凄いよな」
「好きなもんだからな。妥協したくないんだよ」
そう言って楽も蕎麦を啜る。
うん、美味い。満足そうなその顔を見て、大和もなんだか嬉しくなった。
「まぁ、今は蕎麦よりも、お前の方が好きだけど」
「…ッ、何、言って…」
「いや、なんか伝えたくなって。蕎麦にヤキモチ妬かれても困るし」
「………!」
照れもせず、そんな事を飄々と言う楽に、大和は思わず顔を真っ赤にしてしまう。そんな大和の反応に楽は苦笑しながら言葉を続けた。
「今年も一年、お疲れ」
「…そっちもな」
有難い事に今年もそれなりに忙しい年だった。
来年もその先も、スケジュールはある程度決まっている。お互い、年始からいくつかの仕事が組まれていた。
それは楽も同じで、一緒に過ごせる時間が少なくなる事に寂しさを感じる事もある。
けれど、それぞれの仕事の成果を見ては、その感想を言い合ってお互いを鼓舞してきた。
八乙女楽は大和にとって恋人であると同時に、好敵手だった。
だからこそ、大和にとっては他にはない、唯一無二の存在で、大切な存在になったのだけれど。
その関係も、もう二十年以上経っているのだから、驚きだ。
「なぁ、来年も一緒に居てくれるんだろ?」
「そんなの、今更聞くなよ…」
「ちゃんとお前のー、大和の言葉で聞きたいんだよ」
わかるだろ?
そう言われれてしまえば、大和はもう何も言えない。
この男は何年経っても変わらず、真っ直ぐ、嘘がない。建前なんて関係なく、本音で大和の言葉を欲しがっているのだ。
年末の忙しいこの時期にこうやって時間を取ってわざわざ蕎麦を一から作っているのも、大和と一緒に暮らす様になってからだと聞いた時は、本当に驚いたものだ。
どう足掻いたって、大和はこの男にー、八乙女楽に敵わない。
それぐらい、大和は楽の事を愛しているのだけれど。
「…、来年も一緒に居ろよ。今更、俺を一人にさせる気か?」
素直になったと思っていたのに、肝心な所でうまく伝えられない。
そんな自分が嫌になると思いつつも、皮肉めいたその言葉は、けれども楽にはきちんと届いたようだ。
彼は一瞬目を丸くした後、笑った。
その瞬間、目尻には確かに小さな皺が浮かび上がり、彼もまた年齢を重ねているのだと大和は実感した。
けれどその笑みは、四十を超える男とは思えないほど、無邪気で嬉しそうなもので。
そんな楽の表情が嬉しくて、大和もまた、目尻に皺を浮かべながら笑ったのである。
END