第60回お題告知【春眠暁を覚えず】【蒲公英 (たんぽぽ)】【潜入】「解せぬ」
「なにがだ?」
「なーんで“柱”になってまで遊郭に潜入しなきゃならんわけ しかも女装して! さすがに無理があるでしょうが!」
「「…………」」
と、叫ぶ鳴柱を見て、日柱と獣柱はその姿を上から下まで見て、元の位置、顔に戻す。
上等な着物と帯。施された化粧。整えられた髪と、それを飾る簪や櫛。
十五の時に当時の柱、音柱に連れられて潜入した時とは違う、女そのものに化けた姿は一言に美しい。
「心配すんな。今の鬼殺隊でお前より女装が似合う奴はいねぇよ」
「お前にだけは言われたくないわ!」
「う、うーん」
確かに、と口にしそうになって、それを飲み込む。
獣柱、嘴平伊之助も十分に女装の才能はあるだろう。
ただ、鳴柱、我妻善逸に比べると肩幅がありすぎる。
上背もここ五年ばかりでさらに伸び、三人の中では頭ひとつ飛び抜けていた。
今はもう、玄弥と目線が同じくらいだ。
この背丈で女装は難しい。
かと言って日柱、竈門炭治郎は額に大きなあざがある。
体躯もがっちりしていて嘘も苦手。十五の時の潜入も、いの一番に男とバレた。
対して善逸は、最後まで女装がバレなかった実績と、現在では長く伸びた金の髪が美しく、色白で小柄。
彼の呼吸は脚が要であり、女装すれば着物で隠すことが可能。
女にしては肩幅もあるが、「歌舞伎で女形をやってるひとの真似〜」などと言って肩幅をごまかすやり方を習得。
酒の席でのおふざけのつもりが、無駄な器用さで完全に化けた。
化粧映えもするので、適任者にどハマりしたのだ。
「でも、遊郭には上弦が潜んでいたこともあるし……やはり柱の善逸が一番適任じゃないか? 女の隊士にやらせるのも、な?」
「まあね! こんなところへ女の子を潜入させるくらいなら俺がやりますけどね!」
「それに、とても似合っている」
「う」
うっとりと顳顬の横に流された髪を一房手に取って、口づける炭治郎。
鬼が潜むと情報を受けて、しばらく客として色々な店を探った結果、この楼閣が一番怪しい。
だから内側から、調べることにした。
炭治郎とて、愛しい恋人を楼閣になど入れたくない。
けれど任務だ。仕方ない。
「今夜は俺が朝まで買うよ」
「うう……」
「んじゃあ俺は外回り行ってくるわ」
「すまない、頼むよ伊之助」
潜入から三日。毎夜こうして善逸を指名して、夕飯を食べる。
酒を少し嗜み、朝まで一緒に過ごす。
他の客に買われれば、男とバレてしまうから仕方ない。
とはいえ柱三人がここに数日泊まり込みなどと、と思うが、炭治郎が善逸を遊郭に潜入させる条件がそれだった。
善逸を絶対に他の男に触れさせてなるものか。——という、強い独占欲。
「蒲公英ちゃん、蒲公英ちゃん」
「ひえ。あ、は、はい。なんでしょうか」
「お酒、足りる?」
「はい、追加のご注文はいただいてません、けど……」
廊下から聞こえてきた声に立ち上がり、ほんの少し襖を開けて先輩女郎に答える。
三日目ともなると、新人がこんなふうに上客に毎夜指名されるのを不審がられるだろう。
そう思っていたのだが、廊下にいた四人ばかしの姐さんたちに、善逸は肩が落ちた。
瞳をキラキラさせて、部屋の中を覗いている。
「あーん、いい男」
「額の痣がもったいないけどねぇ」
「ねぇねぇ、さっきの男前は?」
「あ、あー、もう、今日は食事も終わったからと……」
「あっちの色男に明日はあたいも呼んでって頼んでおくれよ」
「あ、えーと、はい、聞いておきますね」
「よろしく」
「絶対よ」
「今夜こそ決めな」
「ど、どうも」
……世話を焼きにきてくれたらしい。
最後に手渡されたのはいちぶのり。
(なんだかなぁ)
完全に恋仲であることはバレている。その上で、善逸がなんらかの事情で遊郭に売られ、恋人が売られたその日から人目を忍んで会いに来ている——と。
あながち間違いではないので、都合がいいといえばいいのだが。
「なんだったんだ?」
「伊之助にももっと長居して、金を落としていけとさ」
「なるほど。じゃあ明日は夕飯を奮発しようか」
「板前さん呼んでみる? それともなにか出前でも取ろうか?」
「板前さんを呼ぶこともできるのか?」
「できるねぇ。聞いておこうか?」
はいよ、と炭治郎のおちょこに酒を注ぐ。
その仕草は完璧な遊女そのもの。
指一本一本、瞬きして、顔を上げる。ただそれだけでさえ、色艶を漂わす。
「そうだな、じゃあ、明日の夜は……そうしようか」
「りょーかい。って、まあ、今夜決着がつけばそのままドロンできるんだけどなぁ」
「……ところで、蒲公英ちゃんってなんだ?」
「今? 偽名よ偽名」
善子、では以前と同じ。金の髪は目立つ故、あえて別な名前にすることにしたのだ。
そういえば十六の頃は禰󠄀豆子に「珍妙なたんぽぽ」と思われていた善逸だ。
「でも呼びにくくないか?」
「姐さんたちに気に入られてねぇ……」
実際入って三日で連日通う上客がついたのだ。
嫉妬も含まれていることだろう。まだまだ人の悪意に疎い炭治郎は、そこに思い至ることはあるまい。
「でも、いい人も多いし、働きやすいっちゃ働きやすいかねぇ」
「そうか。確かにもう春だものな。……でも」
「う」
手を掴まれる。ぐい、と引き寄せられて、肩を抱かれる。
肉刺の潰れた指先が、顎を撫でて上向かす。
「他の客に呼ばせるのは許さないぞ」
「……明日も買ってくれるんだろう?」
「もちろん」
「ん」
そのまま、用意されていた布団の上に落ちる。
口づけが離れると、蝋燭の薄明かりの中舌舐めずりする男が見下ろしていた。
酒の匂いが濃い。任務中だというのに珍しく酔っている。
「あの、炭——」
「伊之助が見回りしているから大丈夫だ」
「えー……」
「春の夜は短いから」
「……それは……」
などと言い訳をしながら、甘くて熱い夜を過ごす。
空が暁色になっても脚を絡めたまま起きられず、伊之助には呆れた顔をされるのだが——。
「あさ」
「もうすこし」
「ん……」
気持ちがいいから、仕方ない。