銀高ss養父が開いている塾は学校にあわせて休みになっている。つまり本日は日曜なので学校も塾も休みだ。今日は全てから解き放たれた自由の日。朝のヒーロー番組を観たあとは二度寝を繰り返して9時まで寝た。あくびをしながら小腹でも満たそうかと台所へ向かうと、外着に着替えた松陽が何やらガサゴソと紙の束を鞄に詰めていた。
「おや、ねぼすけさん」
「何してんの」
「出かけますよ。早く顔を洗って着替えておいで」
「今日はゲームの予定あるからパス。いってらー」
「いいからさっさとしなさい」
ぴしゃりと松陽は言って、拳をチラつかせた。
有無を言わさない笑顔に自分の頬が引き攣って、トボトボと洗面所へ向かった。
*
「何ここ」
車に揺られること15分。爆睡していたらいつの間にか着いていて肩を叩いて起こされた。
連れて来られたのは、ぐるりと周りが高いフェンスで囲まれた大きな白い建物。高さは三階建てくらいだろうか。入り口であろう扉からフェンスまで庭があって、花壇やらオブジェやらがあって、よく手入れされているのが分かる。
どうやって中に入るんだよと松陽を見上げれば、フェンスにインターフォンが付いていたらしく、松陽がボタンを押し込むとピンポン、とありふれた呼び鈴の音がスピーカーから鳴った。
少ししてどちら様でしょうかと女の声が聞こえた。松陽が塾の名を名乗ればかしゃんと鍵の開く音。さあ行きますよと先に進む松陽の背中の後を追いかけた。
外が白ければ中も白かった。窓口があってそこに声の主だろう女が座っている。きっちり纏めた髪に白い白衣。学校の教頭こんな顔だったかも。
「今日はよろしくお願いします」
「子供たち、いつも先生が来るのを楽しみに待ってるんです。こちらこそよろしくお願いしますね」
いつも?松陽はここに来るの初めてじゃないのか。松陽を見上げれば、いつもの涼しい顔で微笑まれた。説明する気ねえな。
さっきよりは表情の柔らかくなった女から許可証と書かれた二人分の札を受け取って、白い廊下の先を見渡した。
特に喋る事なくピカピカに磨かれた廊下を歩く。壁には折り紙やクレヨンで描かれた絵が飾られているのを眺めながら足を進めた。『廊下は走らない』と書かれた張り紙もあって、益々学校のイメージが強くなった。
やがて開けた大きな部屋に辿り着き、そこには自分より小さな子供たちが行儀良く椅子に座っている。全員揃いのジャージを着ている。
「なにこれ」
「青空教室。頼まれて月2くらいでやってるんです」
松陽は持っていた紙の束を取り出すと、配るの手伝ってくださいとこちらに寄越した。
低学年向けの国語のプリント。ああ確かに偶に休日なのに色々持ってどっか出かけてたなと合点がいった。
しかし何故松陽は突然俺をここへ連れて来たのだろうか。気まぐれか、何か意味があるのか。考えていたのに、白髪のおじいちゃんみたい!とガキに叫ばれて色々とムカつきながらプリントを一番前から手渡してやった。
*
松陽が何やら問いかけて、わあわあとガキ共が手を上げて騒ぎ出す。騒音から離れようと辺りを見回していると、ガキ共の輪から少し離れた所、柱に身を隠すようにこちらを見つめる者を見つけた。
背丈は自分と同じくらい。周りと同じジャージを着ているが、袖周りが少し余っている。
丸くて、形のいい頭。さらさらと流れる深紫は糸みたいに艶めいている。基本は屋内生活をしているせいだからなのか、肌の色は白い。小さな面積に乗っている目鼻もいい形だ。夏の新緑みたいな色を吸い寄せられるように見つめた。
どきんと心臓が鳴る。なんだこれ。走った後見たいにバクバクしてる。てか、この施設冷房効いてる?すげー暑いんだけど。
ぱちり。余りにも見すぎたのだろうか。視線が合ってしまった。ちょっと釣り上がりのアーモンド型の、宝石みたいな目が俺を見つけた。あ、睫毛長い。
きゅっとそいつの眉間にシワが寄った。それから薄紅色の唇を開いて、鈴みたいな声。
「何見てんだコノヤロー」
あ、そういう感じ……?挑発的なのね。いや、でも……いいな。なぜかそんなところもいいじゃないかと思ってしまった。他のヤローだったら多分険悪になってたかも。
きゅん、と酸っぱいものでも食べたみたいに胸の奥が騒いだ。
なんだこれ。こんなの、初めてだ。
ちょっとの間お互い見つめあって、とうとう我慢できなくなり自分から口を開いた。
「な、名前、なんていうの」
「あ?」
「名前、知りたいなーって……」
訝しげな顔。じっとこちらを見る瞳は真っ直ぐで吸い込まれそうだなと思った。
「知りたきゃ、テメーから名乗りな」
俺をずっとドキドキさせているそいつはべっと小さく舌を出して、可愛らしく、意地悪そうに笑った。