あの男の横顔ほど目をひくものはなかった。額の前で揺れる二筋の前髪が、風に揺らされ鼻梁を撫でる。薄笑いを潜めた口元はどきりとするほど冷淡で、裏腹に瞳は穏やかそのもの。じっと座して時を待つその姿を見るたび、ブロリーは彼を殺してやりたくなる。
ベジットを元の二人に戻すため、雑魚どもがボール集めにいそしんでいることは知っている。サタンから聞いた。不思議なボールの存在自体も、父親が地球を調査しているときに大喜びで教えに来た――ような記憶がある。要は知っている。だから彼らの人為的に起こす奇跡が確実にカカロットたちを呼び戻すこともブロリーは分かっていた。ベジットを訪ねたのに、深い理由はない。守ろうとした存在に抹消されるのはどんな気分か聞いてやろうと思っただけだ。結論としては、聞くまでもなかった。
自ら山奥に引っ込んだその男は、驚くほど落ち着いていた。ブロリーを認めると「よう」と暢気に挨拶までしてきた。恨みも怒りもない、一種純粋な瞳に当てられて、ブロリーは大いに困惑した。死の宣告にも等しいことを言い渡されたというのに、なぜこんな顔でいられるのだろう。
「まあ、バグみたいなものらしいからな」
「ばぐ」
ベジットは鉄瓶を火にかけながら、「失敗ってこと」と付け加えた。ブロリーに向き直るとイヤリングを差して、
「実を言うと、一時間で合体は解けるはずだったんだ。だが、俺の力が強すぎたせいか、はたまた神様も同然とポタラに認められちまったせいか、一向に解除される気配がない」
鉄瓶の中で対流が起き、ごろごろと、少しずつ、地の底から呻くような音が響き出す。
「道具がおかしくなったなら、どうにか修理しなくちゃ」
「それがドラゴンボールか」
「よく知ってるな」
鉄瓶の口が湿りだし、じきに白い湯気が立ち始める。
「もう六つ集まってるが、最後の一つがどうしても見つからないらしい。レーダーもあるのにな」
「レーダーにかからないのか」
「不思議なことに」ベジットは肩をすくめた。相変わらず胡散臭い仕草だった。「でも珍しいことじゃない。生き物が飲み込んだか、ボールの電波がレーダーにかからないよう、誰かが隠しているのかも」
「誰だ?」
「さあ?」と言ってからベジットは鉄瓶の取っ手に布巾をかぶせた。背中越しに見える彼の顔の、冷淡にゆがんだ唇の先が動く。「『わるもの』かな」
ベジットは湯飲みに白湯を注ぐと、ブロリーにそれを突き出した。咄嗟に払い落としにかかったブロリーの手を、ベジットは腕を上げて危なげなく躱す。
「オモテナシだ。受け取れよ」
「誰が受け取るか」
「じゃあお前、何のためにこんなとこ来たわけ?」ベジットはするりと白湯を飲んで微笑んだ。「俺はてっきり、俺となかよくお茶飲んでおしゃべりするためかと思ったぜ」
ブロリーが睨むと、ベジットはむしろ逸るように距離を詰めた。
「おしゃべりじゃないなら、何のためだよ? 俺と仲良くするんじゃないなら、何がお望みだ?」
ブロリーはそのニヤケ面に拳を突き出した。破裂音と共に拳はベジットの手の平に収まる。ブロリーは歯を食いしばった。
「貴様は、気に入らん」
「そりゃ結構」ベジットは笑みを消さない。
「だが、安心したぜ」
「何?」
「借りてきた猫みたいに大人しいから、サタンのところでチンチン切っちまったのかと思った」
ブロリーは元々怒りやすい。幼い頃悲しみを怒りに変える方法を知ってしまってからは、なお堪忍袋の緒は短くなった。怒るのは慣れている。とはいえブロリー自身も意外だった。まさか自分が、他人のことで怒り狂うとは。
「サタンを侮辱するな!」
冷静さを欠いたパンチは相手の頬を掠めて空を切り、それどころかベジットをノーガードの懐に招き入れることとなった。過たず飛び込んできたベジットがみぞおちに肘を叩き込む。ぐっと息が詰まった隙を突いて今度は拳が、右脇腹にえぐりこむように打ち込まれる。ブロリーは背を丸めてえずいた。胃が絞られ、内容物がぶちまけられる。その地面に落ち行く反吐にさっと手を突っ込んで、ベジットは胃液にまみれたボールをキャッチした。
「七つ目だ」
言って、四つの星が光るボールを目の前に掲げる。その時ですら、もう片方の手にある白湯は一滴もこぼれてはいなかった。
「最初から、お前が遠くからコソコソ俺を見てるのは気づいてたよ。猫に睨まれてるようなものだと思って無視してたけどな。だが、七つ目が見つからないと聞いてピンときたぜ。お前はカカロットもベジータも大嫌いだからな。帰ってきてもらっちゃ困るってわけだ」
勝ち誇ったような声に唸ることもできない。ブロリーは幾度もせき込み、口元の反吐をぬぐうと、「見くびるな」とようやく反駁した。
「そんな下らぬ理由で隠すものか」
「じゃ、なんなわけよ?」
ベジットは怒っていなかった。むしろあきれた様子だった。いくらなんでも、腹の中に隠すことないじゃないかと言いたげだった。
「言っただろう。貴様が気に食わん」
最初からそうだった。カカロットという生きがいにも似た敵をあっさりと消し去って見せたベジットがブロリーは誰より嫌いだった。おまけに自分より強く、性格は生意気で、反面変に物分かりがいい。それこそ仲間のために粛々と死を待つ程度には。
どこにでも行ける力を持っているのに、誰よりも自由になれるはずなのに、進んで縛られている彼のさまがブロリーは大嫌いだった。
「カカロットもベジータも知ったことか。貴様にこのまま消えられては俺の心によくないものを残す。それだけだ」
「へえ」
ベジットの真っ黒な瞳が、一瞬丸くなる。それからすぐに不敵に細まって、ブロリーの間近に迫ってきた。
「ぐっ!?」
下から強烈な力が顎を掴む。親指と人差し指で挟まれた顎がきしみ、ブロリーはたまらず口を開けた。そこに今しがた吐き出したばかりのボールがねじ込まれる。
「オレのこと、そんなふうに言うのはお前くらいだぜ」
胃液でぬれたボールが力任せに口内へ、喉へ、押し込まれていく。ブロリーは目の前の瞳を見た。自分とそっくりな、黒く、狡猾で、諦念を帯びた瞳。そこに一抹の寂しささえ感じ取ってしまうのだから、自分は重症だ。ブロリーは抵抗しなかった。乱暴に詰め込まれたボールを、こちらも力任せに嚥下する。喉にぽこりと浮き出た、異様なふくらみが上下し、消えるのを確認すると、ベジットは笑った。いっそ無邪気にも見える笑みだった。
「これで共犯だな」
「……最悪だ」
言葉とは裏腹に、ブロリーの心は彩度を上げる。まだまだ目の前の男が生きていけるのだと思うと狂暴な期待が胸の内を熱く染めた。