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    音羽もか

    @otoha_moka

    書いたものとか描いたものを古いものから最近のものまで色々まとめてます。ジャンルは雑多になりますが、タグ分けをある程度細かくしているつもりなので、それで探していだければ。
    感想とか何かあれば是非こちらにお願いします!(返信はTwitterでさせていただきます。)→https://odaibako.net/u/otoha_moka

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    音羽もか

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    ビビバス一行が不思議な少年と1日遊ぶ話。距離感は原作意識でCP要素はないです。

    #ビビバス
    vivibus
    ##ビビバス

    花に入道雲やれサッカー部の誰それが告られた、だの、近所に最近不審者だかなんだかが現れた、だの、台風が近付いてるから学校休みにならないかなあ、だの、裏通りに幽霊が出るらしい、だの。
    そんな諸々の噂をBGMに彰人は真っ直ぐ図書室へと向かう。もちろん、本を借りにいくのではない。たまに彰人でも楽しめそうな本だから、と色々見繕ってくれる彼には悪いけれど、どうしてもあの活字の羅列は眠りを誘う呪文にしか見えないのだ。そんな彰人が図書室へ向かう理由はただひとつ、彰人にわざわざ本を見繕ってくれることもある相棒――青柳冬弥を迎えに行くためだった。
    「お、東雲か。毎回ご苦労なことで」
    「まあ、好きでしてるんで。冬弥は?」
    「青柳なら今返却分の本の整理をしてもらってるよ。それ終わったらもう帰らせるからちょっと待っててくれ」
    毎度恒例になっているためか、図書委員の先輩が彰人を発見すると、大抵は冬弥を呼ぶなり伝言を伝えるなりしてくれる。今回は後者だった。
    さて、とあとは時間が経つのを待つだけになった彰人はイヤホンを取り出す。これがあるから涼しい図書室への入室が許されていないのだが、本を読むわけでもない彰人にとっては、何もない時間を持て余す方が難しく、こうして図書室の冷気を僅かに感じながら音楽を聴くことが常だった。
    「すまない、待たせた」
    しばらく待っていると、待ち人の少し慌てた声が聞こえてくる。彰人は視線を声の方へと向けた。
    「別に待ってねえよ。それに仕事だろ」
    先程まで流していた音楽を止め、イヤホンをポケットに仕舞う。冬弥はもう仕事を終えたようで、置き勉を駆使する彰人のものよりも、恐らくはいくらか重いだろう鞄を持っていた。
    「じゃ、行くか」
    「ああ」
    今日の行先はいつもの公園。台風が近付いているらしいのに空は青く、暦の上では秋というのにまだまだ暑さが残っていた。

    ***

    「それにしても暑ぃな……」
    「そうだな、セカイへ行った方が良かったかもしれない」
    「杏とこはねが来たら移動すっか」
    とりあえず水でも買ってくるわ、と彰人が公園外の自販機に行き、冬弥は小さな藤棚になっている日陰のベンチに座った。放課後とはいえまだ日が高く、じめじめとした暑さが気持ち悪いほどだ。台風が来るらしいから、暑さごと海の向こうに運び去ってはくれないか、だなんて意味もないことを考える。
    (……ん?子供?)
    ふと隣を見ると、そこにはまだ10歳そこそこと思われる子供が座っていた。無論ここは公園なので、利用方法さえ守っていれば、誰がこの場所を利用しようとも問題はないのだが、問題はそこではなく。
    ――こんな子、先程までいただろうか?
    冬弥は耳がいい。それは音程を正確に聞き取れるだとか、そういう方向性のみに飽き足らず、単純な聴力も高く、遠くの小さな物音もよく聞き取れる。こちらは訓練の成果というよりは、持って生まれたもので、冬弥としては誇れるものでもなんでもないのだけれど。とにかくそんなわけだから、すぐ隣に子供が座ったのならば、どんなにそちらを注視していなくてもわかる。子供が座る気配だけでなく、近付く音だって目を瞑っていてもよくわかる、という自信はあった。
    しかも、よくよく子供見れば、なにやら泣いている。今の今までその嗚咽すら聞き取れなかったというのだろうか。さすがにそれは冬弥ほどの良い耳じゃなくても聞き取れるようなもののはず。
    「……あ、」
    じろじろと見てしまったため不審に思ったのだろう、子供は冬弥へと顔を上げ、視線を合わせてしまう。
    「……ひとり、か? 誰か一緒じゃ……」
    「……ひッ、……ぐ……」
    「どうした、何かあったのか……? ええと、とりあえずこれ、使ってくれ」
    何を言っても子供はしゃくりあげ泣き続けるばかりで、咄嗟に差し出したハンカチは子供の手には渡らないまま。幼い子供を相手にしたことなどないから、どうすれば泣き止んでくれるのかわからない。自身が幼い頃の記憶も必死にたどったけれど、やっぱりどうすればいいのか分からなかった。
    司先輩なら、彰人なら、白石なら、小豆沢なら、どうするだろうかと必死に考えるも、思いつくことといえば、何とかして笑わせるだとか、こちらから笑顔を作って接するだとか、自分には難しそうなことばかりで。
    「おい冬弥、水買って……って、何やってんだお前」
    「彰人……」
    おろおろとしているのがわかったのだろう。呆れたような彰人の声がして、思わず助けを求める。見れば、声色に違わない呆れ顔で、彰人は冬弥と冬弥の差し出しているハンカチと子供の間に視線を何度か行き来させていた。
    「ったく、お前が狼狽えてちゃ仕方ねーだろ」
    「すまない……勝手がわからなくて」
    「まあ、お前らしいっちゃらしいけど。これ持ってろ。……なあ、お前、名前はなんてーの?」
    彰人はミネラルウォーター2本を冬弥に持たせると、子供の前にしゃがんで覗き込むようにしながら優しく訊ねる。
    「……、こーた……」
    「そっか。オレは彰人、そっちのは冬弥ってんだ、よろしくな」
    泣きじゃくる子供、もとい『こーた』は彰人の対応には泣きながらも答えてくれる。いわく、彼は現在小学四年生だということ、今は学校が終わったところだということ、家はさほど離れていないということ。泣いていたのは、自分の行いが良くないと思ったからということも。
    「……さすがだな」
    「別に、んなことねーよ」
    2人分のベンチ。冬弥の隣には男の子を膝に乗せた彰人が座っている。ものの数十分もない時間であっという間に懐かれてしまったらしい。
    彰人の面倒見の良さが全面的に伝わったのだろう、と冬弥はその光景を微笑ましく思った。

    ***

    「待たせてごめーん!」
    「遅れてごめんね、大通り工事があって通行止めで……って、あれ?」
    「ん? なになに、どしたのその子?」
    それらか程なくして、杏とこはねが公園に到着した。当初の予定ではセカイへ行くことを提案することにしていたけれど、そういう状況ではなくなっている。
    ふたりはすぐに彰人の膝に乗っている少年の姿が目に入った。当然気にもなる。
    「こーた、という名前の子だ」
    「ふーん、親戚の子とか?」
    「いや、冬弥がなんか拾ってきた」
    「拾ってきたって……犬猫じゃないんだから」
    全く、と杏は呆れるようにじとりと彰人を見遣ると、少し腰をかがめて少年に目を合わせた。
    「こーたくん、私は杏、よろしくね! で、こっちは私の相棒のこはね!」
    「よ、よろしくね、こーたくん」
    「……あきとの知り合い?」
    「うん、そこの2人の仲間。一緒に歌ってるの!」
    少々内気なところのあるこはねは少し後ろの方から、窺うようにしつつも杏に続いて挨拶を交わす。
    少年はいきなり現れた女子二人に少なからず動揺したらしい。困ったような顔をしながら、彰人を見て問うのを、杏が返した。
    「で、拾ってきたって何、この子迷子なの?」
    「いや、プチ家出」
    「い、家出……?!」
    「そんなに驚くことでもねーだろ……」
    「なにいってんの、普通は驚くよ!」
    一般的にはそうそう家出なんてしません、と眉を顰める杏に、そうか?となんでもないように返す彰人、そんなふたりのやりとりを曖昧に笑いながら、こはねは少年に優しく問いかける。
    「どうしたの? お母さんと喧嘩しちゃった、とか?」
    「けんか……は、してない……ただ、本当は塾、行かないと、いけなくて……」
    「そっか、お勉強大変なんだね……」
    言われてみれば、少年の抱えている鞄は、有名な塾の専用鞄だった。通ったことはなくとも駅などでよく見かけるから、4人ともなんとなくそのロゴマークには覚えがある。
    「この前学校で球技大会があって、僕、点をいれたんだ、はじめて……でも、お母さんもお父さんも、毎日成績の話ばっかりで……ぼ、僕の話、なんて……」
    少年はそう言うと、また大きな瞳に涙をこれでもかとためて、やがては溢れさせてしまう。杏もこはねも、泣き出す子供を痛ましそうにみつめ、目を見合わせて次にかける言葉を選んでいるようだった。
    気まずい空気は、ぽつりと呟くような冬弥の言葉で、その形を変える。
    「……苦しい、か?」
    なぜかはわからないけれど、自然と出てきた言葉だった。冬弥の言葉に、少年は黙ったまま、けれど小さな嗚咽と共に少しだけ頷く。あるいは、それは冬弥にはそう見えたというだけで、頷いたのではなかったのかもしれないけれど。
    「……そうか」
    次の言葉が思いつかなくて、そう返事をするのがやっとだった。すぐ隣にいる彰人に名前を呼ばれ、同時に軽く小突かれて、はっと我に返る。暑さのせいか、別の理由か、何か思考の海に溺れかけていたらしい。
    「なんでお前がしょげてんだ」
    「……そんなつもりはなかったんだが」
    その言葉は、ぶっきらぼうではあるけれど、心配しているというのが痛いほど伝わって。
    「……言っとくけど、同じじゃねーからな」
    「ああ。……わかってる」
    大丈夫だと、彰人に、それから自分にも言い聞かせるように答えた。

    ***

    蝉の鳴き声ばかりがうるさく響く、短いような長いような沈黙を破ったのは杏だった。
    「じゃ、今日は私たちと遊ぼっか! 大丈夫、こーたくんのお母さんには私達からもごめんなさいするし、ね?」
    「え、いいの……?」
    「ちょ、おま……勝手に」
    「別にいいでしょ、ちょっと遊んであげるくらい。私達の練習なら後ろの時間延ばせばいいんだし」
    「俺はそれで構わない、どちらにせよ向こうに行く予定だったし、時間の方なら問題ないだろう」
    彰人の制止は杏と冬弥によって簡単に押し切られてしまう。杏がもう一度少年に向き直ると、少年は困ったような、けれど期待に満ちたような瞳をしていて。
    「息が詰まるほど頑張ってると、疲れすぎて心の方が風邪ひくっていうしね、たまにはお休みしようよ」
    「うん。あ、でも塾の先生にはお休みの連絡しようね、先生もこーたくんに何かあったんじゃないかって心配しちゃうから」
    杏の意見にこはねも賛同する。私から塾の先生に電話しようか? と尋ねると、長考の末に少年はふるふると首を横に振って、自分ですると答えた。
    鞄から子供用のスマホを取り出して4人から少し距離をとり、電話をかける。慣れていないのか、ぎこちない「用事があって」という嘘は、しどろもどろながら通じたらしい。しばらくすると4人の元に戻ってきて、こはねの服の袖をくい、と引っ張った。
    「どうだった?」
    「おやすみ、できた……でも、これでよかったのかな、僕……」
    「決めたんだろ、自分でそうしたい方に」
    彰人の言葉に、少年はこくりと頷く。ならそれでいい、と彰人はその頭をくしゃりと撫でた。
    「へえ、反対してたくせに随分優しいじゃん?」
    「うるせぇ。子供相手な上に三対一で文句言うほど心狭くねーよ」
    お互いにああ言えばこう言う関係が、少年には何か言い争いをしているように聞こえていたらしい。おろおろと二人を見ては止めようかと悩み出す。まるで少し前の自分を見ているようだ、なんて思いながら、こはねは「大丈夫だよ」と微笑んだ。
    「えっと、それじゃあ何して遊ぼうか」

    ***

    無難に鬼ごっことか? だとか、かくれんぼはどう? だとか、そんな案を出し合う話し合いは、彰人の「つーか、暑くね?」という一言でお開きとなった。
    自覚してしまうととにかく暑い。そもそも、暑いからセカイへいこうと話していたのだった、と冬弥は思い返す。うっかり案に出される遊びひとつひとつに興味がわいてしまっていた。が、その興味の全てが茹だるような熱気で霧散した。
    そういうわけで、向かった先は近くにあるゲームセンターだった。というのも、杏が「冬弥はクレーンゲーム得意なんだよ、あれはもはや芸術だから一度見ておくべき」とかなんとか言いだしたのだ。大したことじゃない、という冬弥の声は届かなかった。

    ガコン、と音がしたと思ったら、筐体から『おめでとう! ゲットだよ!』なんて高い声が響く。取り出し口に手を入れれば、さきほど落としたポッキーのセットが出てきた。様々な味のものが合計9つ並んで、袋に詰められている。
    「すごいすごーい! 冬弥お兄ちゃん、なんでも取れるんだね」
    「なんでもというわけでは……難しそうだが取れそうな景品の置き方をしているものを狙ってはいる」
    「なにあの奇跡的ななだれ方、ねえどうやったの?」
    「隅を押せばバランスを崩せるように……こう、斜めになるように運んだな」
    「え、じゃあ今の狙ってやってたの? うわあ、青柳くんすごいね!」
    「どうやってそのバランスを見極めるのかさっぱりわからねぇ……」
    彰人はクレーンが押した時に少しだけ凹んでしまった箱を見ながら呟いた。
    ぬいぐるみにお菓子、様々な景品を見ながらリクエストを受けるたびに冬弥は「取れると思う」か「難しい」か、あるいは「これは多分手順がいる」かを景品をじっと見つめて返していく。そのうちのいくつかに挑戦すると、そのたびに手荷物が増えていった。今や、こはねの手にはぬいぐるみが、杏の手にも色違いのそれが、彰人の手にはお菓子と小さめのぬいぐるみがある。それから、少年の手にも小さめのものが。
    そうしてある程度お菓子類が集まったところで、ゲームセンター3階にある休憩コーナーとプレイングルームが目に入った。
    「3階の休憩コーナー、飲食OKみたいだし、そこでこれ開けねぇ?」
    「ん、そうだね。これ以上あっても食べきれないし持ち帰りきれなさそう」
    「いっぱい取れたね」
    「こはねもなんだかどんどん上手くなってたよ」
    「えへへ、青柳くんが教えてくれたからだよ、重心の見方とかすごく参考になったし」
    「俺はたいしたことはしていない、小豆沢が上手いんだろう」
    景品を抱えて、二階にあるゲームセンターからワンフロア上の階まで、近くにあった狭い階段をあがっていく。階段を昇った先にある休憩コーナーは疎らながらも友人同士で座って会話を楽しむ姿が見え、それに倣って五人は空いているテーブルにお菓子を置いて、囲むようにして座った。
    「こっちがポッキーで、こっちがポテチ……と、小さいのは普通に山分けしよっか。あ、こはねが取ってくれた生キャラメルあけていい?」
    「うん、もちろんいいよ」
    杏とこはねは景品のお菓子を整理している。冬弥は4つほど並んだ自販機を見て立ち上がった。
    「それじゃあ、俺は飲み物を買ってくる。小豆沢と白石は何がいい?」
    「え、いいの? じゃあ私午後ティーのレモンでよろしく!」
    「えっと、私はアイスココアがいいな」
    「白石はレモンティー、小豆沢はココアだな、わかった。それと、こーたは?」
    「僕もいいの? ……えっと、じゃあサイダーが飲みたい」
    少し離れたところにある自販機を見ながら各々の注文を受ける。冬弥が彰人と目が合うか合わないかといったタイミングで、彰人もまた、「オレも行く」と立ち上がった。

    「レモンティーとココアとサイダーと……お前はコーヒーだよな」
    「そうだが……彰人は?」
    「オレはサイダー」
    レモンティー、ココア、サイダー、最後に自分用に無糖の缶コーヒー。唱えながらお金を入れて、まずはレモンティーのボタンを押す。ココアを買って、次にサイダー、とボタンを押そうとしたところで、となりでガコン、と音がして彰人がしゃがむのが見えた。
    「……なあ、あいつのこと、だけどさ」
    「どうした?」
    「いや……なんでもねぇ。サイダー買ったから買わなくていいぞ」
    「……? ああ、わかった」
    彰人が何を言いたかったのかはよくわからなかったが、とりあえずサイダーを押しそうになる手を止めて、自分用のコーヒーのボタンを押す。
    戻るぞ、と顔を見ずに告げる彰人の方をちらりと見ると、その手にあったのはサイダーではなくミネラルウォーターのように見えて、冬弥は首を傾げた。
    (彰人もサイダーと言っていた気がするが……勘違い、か?)
    先程の席まで戻ると、小分けにできるお菓子は全て分けられていて、持ち運びもしやすいよう景品用のビニール袋にまとめられていた。均等に分けられているかと思えば、冬弥の家庭事情のこともあってか、冬弥の分の荷物は小さなお菓子類が多めになっていたり、彰人の方に甘いお菓子が多めになっていたりする。彰人と冬弥は、買ってきた飲み物をそれぞれ手渡しながら、互いに礼を言い合って座った。

    ***

    ゲームセンターの三階には、有料のプレイルームが併設されている。簡単なフットサルコートなんかもあって、思いのほか広そうな場所だった。
    「ねえねえ、こーたくん、次あれ行かない? 食べたら運動ってね」
    休憩所から見える受付を指しながら、杏が提案をする。こーたはうん、と声を弾ませた。球技大会で点を取れたことが未だに嬉しい記憶なのだろう。
    「俺は構わない、あまりこういった場所に行く経験はないから興味がある」
    「私もいいよ、あんまり運動が得意なわけじゃないから、うまくできるか分からないけど……」
    「得意かどうかは関係ないよ、遊びなんだから楽しんだもん勝ちでしょ。で、彰人は?」
    「この流れでダメとか言えねぇだろ、別にオレも構わねぇよ」
    「じゃあ早速受付に行こ!」
    杏が勢いよく立ち上がって、先陣を切るように歩き出す。その後をついていこうとすると、後ろから袖を引っ張られたような感覚がして、振り返った。
    「……?」
    けれども、そこには誰もいない。
    「冬弥、どうした?」
    「あ、いや……なんでもないんだ」
    引っ掛かった違和感を振り払って、冬弥もあとを追いかける。受付は済んでいるようで、カウンターの女性に「お楽しみください」と微笑まれた。もう一度振り返ってみても、やっぱりそこには誰もいなかった。

    ***

    「あー楽しかった! 彰人とこはね、なかなかいいコンビネーションなんだもん」
    「ああ。彰人はサッカーの経験もあるからな、手強かった」
    「……そりゃどうも」
    「でも、青柳くんと杏ちゃんも本当に上手だったよ。私全然動けてなくて、東雲くんに頼りきりだったし」
    「こはねお姉ちゃんも慣れるのはやかったよ! 僕、自信あったんだけどなあ」
    「まあ、小学生と高校生ならしょうがねーだろ。それに……」
    彰人はそう言いかけて口をつぐむ。冬弥が不思議に思って首を傾げていると、彰人はなんでもないと首を振った。
    「あ、そろそろ時間だよね、帰ろっか」
    「そうだね、あまり遅くなるのはこーたくんにもよくないし」
    窓の外を見ると、日が傾き始める頃合いだった。高校生にはなんてことない時間だが、小学生なら帰り支度をした方がいいかもしれない。
    「あ、そういえば、うちの店今日は特に予約入ってないから使っていいって、さっき連絡きてたよ」
    「本当か?それはありがたいな」
    「この前機材直したんだっけ?」
    「そうそう、ついでにそれのテストもしてほしいって」
    そう言い合いながら荷物を纏めて立ち上がる。すると、受付の方から、「あの」と声を掛けられて、冬弥達は揃ってそちらを見た。
    「申し訳ありません。こちらの手違いで、どうやら一名多く受付をしてしまっていたようでして」
    「あー、返金手続きか。オレやっとくからお前ら先に出てろよ」
    「はーい。彰人よろしく」
    「悪いな彰人、助かる」
    「おー。すんません、会計に行けばいいんですよね?」
    「はい。大変申し訳ありませんでした」
    女性がぺこりと頭を下げて彰人を案内する。彰人が受付に向かうのを見て、四人は先にプレイルームを出た。

    こーたを家まで送ることになり、ゲームセンターを出て夕焼けに染まる公園までの道を歩いていく。
    「こーたくん、今日は楽しんでくれたかな?」
    「うん、あのね、僕全然誰とも遊んでもらえてなかったから、すごく嬉しかった」
    こはねの言葉に、こーたは笑顔で返す。その言葉を聞いて、杏はほっとしたように表情を和らげた。
    「よかったあ。そうだ、今度うちの店にも来てよ。私達の歌も聴いてほしいし」
    「うん、きっと行くよ!」
    元気よく返事をするこーたに、杏も笑いかけた。
    「大変なこともあるかもしれないが、応援している」
    「うん、うん……僕も、お兄ちゃんとお姉ちゃんのこと応援するね」
    「ふふ、それは嬉しいな。彰人、ファンが出来たぞ」
    「……」
    冬弥が呼びかけるも、彰人はこーたを見ては、なにか考え込んでいる。その表情は心なしか険しく見えた。
    「……彰人?」
    「あ、……ああいや、わりぃ、なんか言ってたか?」
    「いや……彰人、調子でも悪いのか?」
    「違ぇから、心配すんな」
    彰人の反応に、冬弥はそれ以上言及することはしなかった。いつもと様子が違うことは確かだったが、本人が言うつもりがない以上無理に聞き出すわけにもいかないだろう。
    「じゃあ、僕はここで」
    こーたが立ち止まり、夕日を背に振り返る。
    「え、でもおうちは」
    「もう、大丈夫だから」
    杏の疑問に、子供とは思えないほど大人びた、穏やかな表情で彼は答えた。けれど、それもまたすぐに無邪気な笑顔に変わって。
    「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、今日は本当にありがとう!」
    そして、その言葉と共に、今日一日を一緒に過ごしたその子供は、はじめからそこにいなかったかのように、ぱっと消えた。

    「え?」
    杏は驚きに目を見開き、こーたが立っていた場所を凝視する。こはねも呆然と立ち尽くしているし、冬弥もまた、驚きを隠せないでいた。
    「やあ、君たちかい」
    そうして戸惑っていると、突然背後から声がかかる。振り返ればそれは見知った人物で。
    「お前は……」
    「えっと、遠野さん、お久しぶりです」
    「……って、花? 誰かのお見舞い?」
    見れば彼は立派とは言えないが、小さなブーケを持っている。それは丁度、飲み物の空き缶や空き瓶に入りそうな大きさだった。
    「そこね、事故現場なんだよ。……交通事故のね」
    「……っ、すまない、無神経なこと」
    冬弥が謝罪すると、いいよいいよと笑ってみせる。
    「この事故は俺と……あいつとも関係ないしね、たまたま聞いただけだから」
    でも聞いちゃったからには、花くらい供えた方がいいかなって、と新は続ける。感傷的というよりは事務的に見えるが、知らない誰かの事故現場にわざわざ赴くということは、そうは見えないだけで思うところがあるのだろう。
    それから彼は、事故にあったのは10歳の男の子であり、塾に向かう途中だったみたいで、塾用の鞄を持っていたと事故の経緯を淡々と伝えてくれた。
    「そんなことが……」
    交差点近くにある空き缶に、少しの花、それから小さなぬいぐるみ。注目しなければ、もしかしたら気付くこともなかったかもしれないそれを見つめて、痛ましそうな表情でこはねが呟く。それにつられるように、杏は顔を俯かせた。
    「――航太くんにも、未来があったろうにね」
    ぽつりと、新がこぼす。その名前を、四人は知っていた。そして、理解してしまった。
    「まあ、元々ここって見通し悪いから、君達も気をつけてね」
    それじゃあね、とひらりと手を振って、新は去っていく。残された四人は、しばらくその場から動けずにいた。

    ***

    「あ、そういえば杏、知ってる?公園に出るお化けの話」
    「なんで久しぶりに登校してきたと思ったら怪談話も持ってきちゃうわけ……?」
    久方ぶりに顔を見たと思えば、なんて話を振ってくるのだろうか。そういえば、以前もミステリーツアーで心霊スポットを巡るとかなんとか言っていたような。どこから仕入れてくるのやら、と杏は内心泣きそうになっていた。
    「あはは、むしろこの話を杏に伝えたくて登校したくらいだからね」
    「もー……。やめてって言っても話すんでしょ?」
    「もっちろん。なんでも、うちの学校から近いとこにあるあの公園に子供の幽霊が出るらしくてさ、その子が公園を訪れた人に『遊ぼう』って言ってくるらしいんだ。でも、それに応えてあげないと……あれ、杏?」
    こういうとき、杏は強がりながらも怖がるものなのだが、今回はそうではなかった。様子のおかしな杏に、瑞希は名前を呼び掛けて様子を窺う。
    「ねえ瑞希、その公園の幽霊って今も出るの?」
    ところが、杏からはひどく真剣な声で、そんな問いが返ってきた。一体どうしたのだろうか、と瑞希は首を傾げる。
    「んーん、ここ最近は聞かないようになったらしいよ。誰かが遊んでくれて、満足したって噂。だから、怖がりな杏にも話していいかなって思って。ほら、杏はよく公園とかで練習してるし、使えなくなるのはまずいかなあって、あはは、ボクってば優し……って、え、え?」
    「……そっか、そうなんだ」
    杏は何か考え込むように俯いて呟いた後、ついにぽたりと瞳から雫を落とした。まさか泣かれるとは思わず、瑞希はぎょっとする。慌ててポケットからハンカチを取り出した。
    「ま、ちょ、杏、ボク何か言った? 杏ー!?」
    瑞希の焦るような声が、教室の隅っこに響いたのだった。
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