「あたしのことは"ママ"って呼んで」
女は言った。
「そういう気分なんです?」
実家という設定の寿司屋に立ち寄ると、少し茶色がかった長い髪を後ろで束ねた女が出迎えてきた。
「この前までの人はどうしたんですか」
「え?死んだわよ。たぶん」
天気の話でもするように軽く話す様子からして、さして興味もないらしい。
気付けばコロコロ変わる"母"や"父"に、"息子"の自分は毎回その日の気分でおもちゃにされている。いつでもそうだった。
でもそれはきっとその場かぎりの"母"や"父"も同じで、誰かのおもちゃにされている。
さらに元を辿ればオレたちは使い捨てできる駒であり、例えるならば手軽に買われてはすぐに捨てられる、100円ショップのモノ達とさして価値は変わらないのだろうなと思う。
また別の日に寿司屋に立ち寄ると別の女が居た。
「"母さん"って呼んでくれないかしら?」
"昔からある寿司屋"ってことになっているから見た目は毎回だいたい同じにしているようだが、この前とはまた別の女が言う。
「いいですよ」
オレはこの異常な状況にはとうに慣れてしまっているので、二つ返事で答えた。
「貴方も気の毒に」
今日の女は"可哀想な子供"を慰めて遊びたい気分らしい。
「そっちこそ、母親ごっこなんてグロいことさせられててお気の毒様です」
「私は割と楽しんでるからいいのよ」
自分と同じような胡散臭い笑顔で"母さん"は言う。
「こんなシゴトじゃ子育てなんてしたくてもほぼ無理だし、何よりこんな親じゃ子供が可哀想じゃない?だから"もう大きくなっていて手のかからない子供"で親のごっこ遊びが出来るのはちょっと楽しいのよ」
はあ、そうですか、と気の無い相槌を打つ。
元より向こうもこちらに気はない。
家の人間は皆同じだった。
それまで自分達が周囲から扱われてきたように、おもちゃを得たら自分達もそれで遊んでいるだけだ。
個人として尊重されず、皆ひとつの道を出口の無い終わりに向かって歩いており、抜けられない道筋から外れることはない。
寿司屋のカウンター奥に置かれた生け簀を見る。この魚たちと同じだと思った。進んでいるつもりでぐるぐる巡っているだけだ。時が来たら捌かれて、骨も残らないだろう。
「そうだ、今朝活きの良い鯛が入ったのよ~。食べてく?」
「いや、だいじょーぶです」
なんとなく気分が悪くなって、足早に"実家"から立ち去った。
あの陽気でやかましい空気を纏った寮に直接戻ることがなんとなく憚られ、酒でも飲んで無理やり気分転換しようと適当な店を探してぶらぶらしていると、見慣れた人物がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「礼光さん、ちょうど良い所に」
「俺はお前に用事は無いが」
いつもこちらから声をかけに行くと決まって面倒そうにあしらわれるが、邪険に扱われる事すらも自分に対する感情に裏表がない事の証明のようで気分が良い。家の人間とは全く違う。
「まあそう言わずに。お昼まだです?良かったら一緒にどっか行きません?」
「……中華で良いか」
「だいじょーぶでーす」
この人と一緒じゃ酒は飲めそうに無いが、
まあ気分転換にはなるだろうから良しとしよう。
「美味しい店教えて下さーい」
「4区の店はどこも美味い」
自分の足取りが軽くなるのを感じる。
確かにオレはまだガキかもねと思いながら、こちらを振り返りもせず足早に歩き始めた礼光の後を追いかけた。